39話 ガチ勢の勧誘は強引すぎる(1)
休日が明けた最初の放課後。
俺は南に呼び出されて本校舎から少し離れた別校舎へ向かっていた。
なんでも今日、eスポーツ部の部室で話し合いがあるらしく、南の後輩も同席することになっているとのこと。
そういうわけで、事情を把握するために俺も参加してくれと南から頼まれてしまった。
そんなところに完全部外者の俺が参加したところで何の意味も無いと思うんだが……。
とにもかくにも、あの河原に脅され――、もとい、お願いされてしまったので拒否するわけにもいかないのだ。
どうも、河原の言いなりの俺は今日も元気です。
別校舎に到着すると、ホームルーム終了から少し時間が経っていることもあり各部室から賑やかな声が聞こえてくる。
ここに集まっているのは主に文化系の部活動で、鉄道研究会や写真同好会やら個性的な看板が並んでいる。ピンポーンと子気味良い電子音が聞こえてきたのはクイズ研究会の部室だろう。
さらに階段をテクテク登り、呼び出されたフロアに到着した。
さっきと打って変わって閑散とした廊下の先。
部屋の扉の横で談笑している女子ふたりの姿を認めると、ちょうどその一方の女子、――南がこちらに気づいて手をこまねいた。
南の横に立っている女の子が例の後輩なのだろう。
eスポーツ部から勧誘されてるって聞いて、勝手に男だと思い込んでたわ……。ちょっと緊張する。
「悪い、ちょっと遅かったか?」
「ううん、大丈夫。まだ部室開いてないからふたりで待ってたところ」
南は一歩横にずれて、後輩の女の子の肩をポンと叩く。
「さっそく紹介するね。この子が昨日話してた私の後輩。
「はじめまして〜。1年の
南の後輩の女の子、唐橋さんがヒラヒラと手を振ってふわふわ軽いノリで挨拶する。
第一印象で判断するのは失礼だとは思うが、言ってみれば唐橋さんはザ・ギャルの子だ。
色素の薄い栗色の髪は胸元まで伸びていて、顔立ちは初々しく幼気な雰囲気は残っているものの、二重まぶたで瞳はパッチリ、長いまつげが色気を醸し出している。
そのうえシャツの第一ボタンは豪快に開けられていて、たるんと伸びたカーディガンの袖から細い指がちょこんと伸びている。たしか萌え袖とかいうやつだ。
正直、見てくれだけで言えばゲームに縁もゆかりもなさそうな雰囲気だからこれまた驚きだ。
「ども、桃山と同じクラスの鳥羽です」
どうにも苦手そうなタイプだなと内心に不安を抱きながら挨拶すると、南がふふっと一笑する。
「なんだよ」
「だって急に私のこと苗字呼びに変えるんだもん。もしかして緊張してる?」
「初対面の相手だから気を遣ったんだよ! 変な関係だと思われても嫌だろ」
「へーふーん? 鳥羽氏は私と変な関係だと思ってるんだ?」
「言葉の綾だ」
「……ふたりって仲いいんですねー」
ある意味いつも通りの掛け合いをしていると、唐橋さんがジトっとした目を向けてくる。
ほーらこうなるから嫌なんだ……ってこの場合は俺の自業自得か。
「まあでも、信頼できそうなので安心しました。よろしくお願いしますね〜」
「う、うん。こちらこそ」
反射的にそう相槌は打ったものの、これからよろしくってなに?
何も聞いてないぞと南に視線を送るが、あっけなく黙殺された。こいつめ……。
唐橋さんがちょんちょんと南の肩をつつく。
「それでこの人が例のガチゲーマーの先輩ですか?」
「いやあ、それは別の子なんだけど、鳥羽氏はその子の下僕というか……愛の奴隷?」
「違うからね? せめて代理人って言ってくれない?」
なんだよ愛の奴隷って。こいつのボキャブラリー変な方向に偏りすぎだろ。
唐橋さんは俺のツッコミに構う余裕もない様子で、肩をしょんぼり下げてため息をつく。
「じゃあ、そのゲーマーさんはやっぱりNGって感じですかぁ」
「誠に遺憾ながら……」
「あっ、いやいや! 先輩が謝ることじゃないです! もともと私の問題ですし!」
申し訳なさそうに眉を下げる南を見て、唐橋さんが本気で焦ったようにワタワタと手を振る。
おーい南のそれはただの演技だぞ。こいつ本心では申し訳ないとか1ミリも思ってないぞー。
などと悪い先輩に振り回されている1年生に陰ながら同情していると、唐橋さんはまた顔を曇らせてため息を吐いた。
「まーでも、マジでどうしよーって感じです。せっかく高校入ってからこの手の話題は上手く遠ざけてたのに……」
「そうだよね。唐橋ちゃんの事情は分かってるつもり」
「でも絶対今日も勧誘されるじゃないですかー」
察するに唐橋さんは勧誘を受けることになってしまったこと自体が不本意らしい。
これまでどんなアプローチを受けてきたかわからないが、既にけっこう滅入っているみたいだ。
「一応確認しておきたいんだけど、唐橋さんはなんで勧誘されることになったの? ゲームしてること隠してたって言ってたけど」
「あーそれなんですけど、eスポーツ部に同中の子が入ってるみたいで、なんか勝手にバラされた感じなんですよぉ」
「それは笑えねぇな……」
たまにいるんだよなー、人の隠してる趣味を周りに言いふらしちゃう口が軽いやつ。
しかもそういう人に限って本人には悪気がないからたちが悪い。
苦い顔をしている唐橋さんに、南が明るく声をかける。
「とにかく今日はちゃんと断って、勧誘を諦めてもらうように話そ!」
「でもそれが簡単にできたらこんなに苦労してないですよぉ」
「大丈夫! 今日は鳥羽氏もいるから!」
「おい待て、なんか変な過信されてないか?」
今日はとりあえず事情把握のために来ただけだ。
勝手に説得の頭数に入れられても何もできないんだが?
というか変な期待をされると単純にめっちゃ困る。
俺が不服を申し出ると、南はちょいちょいと唐橋さんの耳を寄せてゴニョゴニョと何かを告げる。
すると唐橋さんはニコパーッと表情を明るくして「それマジですかッ!」と口にした。
あーもう、すーっごい不安しか感じない。
「そういうわけで私と鳥羽氏がバックにいるから! 自信もっていこー!」
「はいっ、めっちゃ助かりますー!」
唐橋さんが胸元でガッツリ握り拳をつくる。
……いちいちオーバーリアクションなのもギャルの特性なんだろうか。
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