38話 貸しを残すのは危なすぎる(1)
河原万智は生徒の校則違反を取り締まる風紀委員でした!
「え、それマジ?」
「なにか文句でも?」
「あ、いや別に。すみません……」
驚きのあまり俺のお気持ちがするりと口から漏れ出てしまった。
文句はないです。文句はないですけど、あっさり納得できるわけないじゃん⁉
だって河原の身なりを思い起こしてみろ?
緩いリボン、スカート丈はギリギリ、顔にはうっすら化粧というアンチ校則三拍子。
模範生どころか、むしろ校則に喧嘩売っていくスタイルじゃねえか!
……なんて。思ったことをベラベラ口にすると命がいくつあっても足りやしない。
思いの丈はぐっと胸にこらえ、俺は南にバトンを返すべく目配せした。南にご依頼された河原の事情聴取は完遂できたはずだ。
「だってよ、南。委員会があるなら仕方がないんじゃないか?」
「でもさっきの言いぶりだとeスポーツには興味ないわけじゃないんだよね?」
「まぁ興味ないって言ったら嘘になるけど」
「じゃあとりあえず兼部してみるとかは? 委員会ってめちゃめちゃ忙しいわけじゃないんでしょ?」
戦略的撤退のつもりでパスしたのに、なぜか南はなおも河原に特攻を仕掛けていく。
たしかに部活と委員会の両方への参加は禁止されていないし、両立させている生徒もいるらしいから南の提案は別におかしな話じゃない。
けれど、そもそもどうして河原を部活に入れたがるんだ?
俺と同じく、何か裏があるに違いないと勘ぐったらしい河原が南に探る様な目を向ける。
「ねえ南、なんでそんなに入部を勧めるわけ?」
「それは……、eスポーツ部が人不足で廃部の危機って聞いたから、ゲーム好きの河原ちゃんが入ればWin-Winかなーと思って」
「うん、だからなんで南が私に勧めるわけ? あなたeスポーツ部の部員じゃないし、何か事情があるんじゃないの?」
そのひと言を最後に沈黙が生まれる。
無言で互いの瞳を見つめ合い、口を固く引き結んでいる両者。
ポツポツ、ボタボタ、サァサァと、雨粒の打ち付ける音だけがシェアハウスのダイニングに響き渡る。
ええぇ、なんで急ににらめっこが始まってるんすか……。
所在なくふたりの冷戦を見守っていると、先に表情を崩したのは南だった。
肩を竦めるオーバーアクションで降参の意を示す。
「だはぁー。無理だ、私の負け。河原ちゃん強いよぉ」
「はいはい。茶化さなくていいから訳を話しなさい」
南のおちゃらけなリアクションを流しながら、河原は空っぽになっていた南のグラスにオレンジジュースを注ぐ。
出た、河原の必殺「急に優しい素振りを見せて懐柔する作戦」!
ものの見事に陥落した南が白状するように口を開く。
「実は、私の後輩がeスポーツ部からの勧誘を受けて困ってるみたいで……。本人は断ってるのに、しつこく迫ってくるからどうにかしてほしいって相談されちゃったんだよねえ」
「ふーん。それでその子の代わりになりそうな人を探してるってこと?」
「そういうことになります……」
「で、私をその子の身代わりにさせようと思ったってわけね」
「間違っては無いけど人聞きの悪い言い方はやめてぇ」
申し訳なさそうに縮こまる南を見て、河原がクツクツと笑う。こいつドSか。
それから「なるほどねー」と呟いてしばらく考え込むようにしていたが、やがてゆっくり口を開いた。
「事情はわかった。でもごめん。やっぱり委員会はおそろかにできないから」
それは神妙な面持ちでのひと言だった。
南の事情を知った上での河原の配慮もあったのだろうが、なにか諦めたような寂しさの混じった音に聞こえてしまい、思わず心配の声をかけたくなる。
けれど、河原はすかさず表情を一転させて、あっけらかんと言葉を続けた。
「その代わりと言うとなんだけど、他の候補を探すときは力を貸すから」
「え、ほんと!?」
「うん、コイツがね」
そう言って河原が指さしたのは俺。
はッ!? なんで!?
「おい待て、なんで俺が協力する流れにしちゃんてんの!?」
「だってあんた人の説得は得意でしょ?」
「そんな社交スキル高そうに見えます??」
自慢じゃないが俺の社交スキルは全然高くない。
北浜さんの一件もそうだったが、俺は揉め事の解決に説得よりも論破に頼ってしまうタイプなのだ。
だから良好な人間関係を築くコミュニケーション能力については、むしろ低すぎて地の底を這うレベル。うん、全然自慢になってないな。
そんな自己分析しながらちょっと憂鬱な気分になっていると、河原が不敵な笑みを向けてきた。
「でも鳥羽って、私に貸しひとつあったよね?」
「……なんのことでしょう」
「選書会の宣伝。忘れたとは言わせないけど?」
あははー、ありましたねーそんなこと。
……この展開もう苦笑いを返すしかない。詰んだわ。
腹をくくった俺に、河原が勝ち誇ったような顔で言う。
「だからここはひとつ。私の代わりに鳥羽が南に協力するってことでよろしく、ね?」
「……はい」
本当に、この女に貸しなんて作るとロクなことにならん。
俺はしぶしぶ首を縦に振った。
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