37話 貸しを残すのは危なすぎる(1)

「うちの学校のe-Sportsスポーツ部が潰れるかもしれないって話、聞いた?」


 南の誘いに乗せられて始まった他愛も無い世間話。

 その一節に、南がさらっとそんな話題を持ち出してきた。


 俺は南にもらったオレンジジュースで唇を湿らせてから口を開く。


「eスポーツって、テレビゲームの大会とかやってるやつか?」

「それそれ。さすが鳥羽氏は何でも知ってるねぇ」

「本当に概要くらいしか知らねえぞ。テレビの特集で見たことがあるだけだ」

 

 俺がテレビで見たのは、チーム対抗で縄張りを取り合うシューティングゲームの大会の様子。

 それまでは「eスポーツ」=「スポーツのテレビゲーム」だと思っていたから、参加者がみんな手元のコントローラーでゲームを操作している様子を見て意外に感じたのを覚えている。


 自分の理解の確認も兼ねて、そんな掴みどころのない感想を吐露していると、珍しく河原が口を挟んできた。


「概ねそのとおりね。それこそさっきのスマッシュゲームだったら、海外だと賞金が出るくらい大きな大会も開かれてるわよ」

「そりゃすげえ。そうなると参加する人はプロばっかりなのか?」

「大会にもよるけれど一般人でも参加できる。まあ最近だと日本でもプロチームをつくる動きになってるけど」

「なるほどなあ」


 プロチームができるということは、それだけゲームに本気でとり組んでいる人たちがいて、それによってビジネスが成り立っているってことだ。

 元を言えば、オリンピックでやっているスポーツだって起源はさまざま。

 スポーツの本質が公平なルールのもとに他者と何かの能力を競い合うこととするならば、テレビゲームだって立派なスポーツと言えるだろう。


 それにしても、ゲームのことになるとやけに饒舌だなコイツ。

 ――なんて心の声が顔に出てしまっていたのか、河原が怪訝そうに眉をひそめて俺を見る。


「なに?」

「あ、いや、河原ってゲームにはいろいろ詳しいんだなって思って」

「これくらい雑学の範疇はんちゅうでしょ?」


 こてんと首を傾げた河原がニコリと目を細めて口元に笑みをたたえる。

 なんだろうこの胸のドキドキは。

 見てくれは可愛いのに「異論は認めない」という言外の脅迫がビシビシ伝わってくるからめちゃくちゃ怖い!


 一刻も早く河原の視線から開放されたくて、俺は南に話をふった。


「それで、そのeスポーツの部活がうちの高校にあるのか?」

「お? 鳥羽氏はそれも知らなかったんだ」

「マジで知らないんだって。部活紹介のパンフレットとかでも見た覚えがないし」 


 そもそもeスポーツなんて言葉が世間で流行り出したのは、せいぜいが数年前のはず。

 うちの高校は進学率をゴリゴリ伸ばす方針に舵をきっているからそんなミーハーな部活が出来ていたとは驚きだ。


 南は得意げな顔でチッチッチと人差し指をふる。


「それが実はあるんだなぁ。うちの高校って、2年前くらいから進学率強化はじめたけど、それまではけっこう色んな部活をどんどん作ってたみたいだよ?」

「やけに学校の歴史に詳しいんだな」

「私のおじちゃんがここの先生だからに決まってるじゃん。忘れたの?」

「あーそういえばそうでしたねえ……」


 言われてみれば、このシェアハウスの管理人こそ南の親戚である学校の先生だったわ。

 でもそんなことなら学校の歴史なんかより次の日本史テストの範囲教えてくれねえかなぁ。


 なんて野暮なことを考えていると、ひとり訝しげな表情を浮かべている河原が口を開いた。


「ところで、どうしてまたそんな話を私たちに?」

「いやーただの世間話だよ? せっかくの休日だし。暇だし」

「ダウト。ただ暇な人間はわざわざ飲み物用意して人を待ち受けたりしない」


 ビシッと指摘されて、南は「うっ」と動揺を顔に晒した。

 河原はそれを見逃さずにさらに続ける。


「あと南が本当に暇なら部屋にこももってエロ漫画描いてるはず」

「なにをー! 私がいつも部屋でえっちでやらしいことばっかりしてると!?」

「そこまでは言ってない……」


 河原が悩ましげな表情でこめかみに手を当てる。

 その気持ちわかるぞ。馬鹿正直に南の相手してるとこっちがバカバカしくなってくるんだよなあ。


 河原はオレンジジュースをひと口飲んで浅くため息をついてから、もういちど口を開いた。


「それで本題は?」

「もーせっかちだなぁ。いい女は焦らすもんなんだぞ?」


 凝りもせずに軽口を叩く南に河原の凍てつくような視線が飛んでいく。

 もうやめてくれ。これだと俺がとばっちり食らうんだから……。


 そんなふうに念を送っていたおかげか、南はようやく本題を話す気になったらしく、コホンと咳払いしてから切り出した。


「実はちょっとしたなんだけどね。河原ちゃん、eスポーツ部に興味あったりしない?」

「部には入らないから」

「ええぇ、まだ何も言ってないのにぃ」


 ジャブを構えた南に鋭い右ストレートが打ち返される。

 俺も話の導入の時点からうすうす感づいていたが、やっぱり部活動への勧誘の話だったのか。

 それにしても河原はマジで容赦なさすぎだろ。Noと言えちゃう日本人ってマジで怖い。


 速攻を食らった南はわざとらしく肩を落として項垂うなだれ、視線を落としたままオレンジジュースにちびちびと口をつける。

 見るからに「私はショックを受けてますよ」というアピールである。うざい。


「そっかぁ、まぁ河原ちゃんもいろいろ事情があるよねぇ……」


 と思っていたら、今度は俺にチラチラ視線を送ってきた。

 どうやら代わりに俺から断った理由を聞き出せということらしい。

 南のお願いなら――もちろん黙殺一択だ。

 なんで俺が南の片棒を担がなきゃならんのだ。


 ……そう心に決めて突っぱねるつもりだったが、南の目から「お願い涙うるうるビーム」がとんできてあっけなく俺の決心は瓦解した。

 こういうのに流されてしまうところ、本当によくないぞ俺。


「あー、ちなみに何か訳があるのか? 部活動自体が嫌いとか」

「そういうことじゃないけど、学校で変な噂が立つと面倒だから」

「『陽キャの女帝』のキャラづくりってわけか」


 その瞬間、河原の眉間がピクッと動いた気がして思わず口をふさぐ。

 ……やっべぇ忘れてた。これは地雷踏んだわ。

 ゲームオタクに限ったことじゃないが、河原はシェアハウスで見せる素顔を学校内ではひた隠しにしているきらいがある。 

 そして以前に「学校での噂を鵜呑みにするな」と河原本人から釘刺されたことがあった。要するに、あまり詮索はするなってことだ。


 自分の余計な一言に後悔しながらビクビクしながら顔色を伺う。

 すると意外にも、河原は涼しい顔のままお代わりのジュースをグラスに注いでいた。

 あれ、これはお咎めなし?


「それよりも単純に忙しさの問題ね。委員会活動やってるから、兼部してキャパオーバーになったら困るし」

「あー委員会もあるのか。ちなみに何の委員会なんだ?」


 うまく話題が逸れてくれたのでこれ幸いと話を広げた。

 ――つもりだったが、なぜか当の本人は顔を曇らせて一向に口を開く様子がない。


 あれぇ、もしかして地雷が埋まってたのこっちなんですか!?


「えっと、河原さん……?」


 いやーな沈黙が続き、さっきから冷や汗が止まらない。

 

 学校での河原のイメージといえば、その美貌とサバサバした性格で屈強な男たちを手玉に取る魔性の女(偏見)。

 そんな人間が学校への奉仕活動とも言うべき委員会に入っていること自体に違和感があるわけで。


 ……もしかして、実は学校を裏で牛耳るヤバイ組織の一員だから本当のことは言えない、とか?


 なんて緊張のあまり俺の思考がどんどん厨二臭くなっていると、河原はきまり悪そうな顔をしてぼそりと呟いた。


「……風紀委員」


「あ、へー、そうなんだ」


 風紀委員、それは言わば生徒の模範。

 制服の着こなしだったり、登下校の時間を取り締まったりする一般生徒からちょっと疎まれがちな優等生的ポジションだ。

 なるほどなるほど、河原万智は風紀委員だったのかぁ。



 ……それではここで、俺の心の声をお聞きください。 


「え、それマジ?」

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