18話 リベンジするには急すぎる?(2)

 北浜さんのリベンジ宣言を受けて、次の選書会に向けた作戦会議が始まった。

 誰がお願いするわけでもなく、場を仕切って口火を切ったのは河原だ。


「まずは次の選書会の概要から確認しましょ。浜さん、何か参考にできるものある?」

「今日もらったプリントがある!」


 北浜さんが見せてくれたプリントを全員で回し見る。

 大まかに言うと、選書会は以下のような内容だ。


 ・図書室の一角に各委員の推薦書籍のPRコーナーを設置

 ・訪れた一般生徒によって推薦書籍の人気投票を実施

 ・最終的な投票結果を元に図書室に追加する書籍を決定


 概要を理解した南が頷きながら感心したように口を開く。


「なるほど。前の選書会と違って、図書室の利用者に推薦本をアピールするところがミソだね」

「司書さんも大掛かりなこと考えたもんだよな」


 ここまでは前回の選書会の終盤に盗み聞きした通りの内容と一致している。

 なので特に大事な確認は、それより詳細な制約事項についてだ。


「北浜さん、PRコーナーの制約って何か聞いてますか? 例えば推薦書籍以外の本も一緒に並べたりとかは」

「自分で持ち込んだ本はダメだけど、図書室にある本なら自由に使っていいって言ってたよ」


 俺がイメージしているのは、書店の入り口によく設置されている新作書籍の特設コーナーだ。

 多くの本を平積みすることで視覚的に目立たせ、関連書籍とのつながりで目玉の作品に大衆の注目を誘導することもできる。

 頭の中で大まかな方向性を定めつついると、今度はやたらに目を輝かせながら南が質問する。


「はい! その特設コーナーをデコるのはOKですか!」

「もちろん!」

「よっしゃー! じゃあ私はデコレーションいっぱい作る係ね!! あ、イラストも描きまくっていいよね?」

「いいけど健全な範囲でだからな?」


 早くも創作意欲をメラメラと燃やしている南に念の為の釘を差しておく。

 芸術家肌の南が手伝ってくれるのは心強いが、「パンチラとかブラチラならセーフかなぁ?」なんてほざいているので放置しておくとかなり危険だ。

 万が一にも対象年齢に規制をかけざるを得ないようなことにならないように南向けのガイドラインを作っておくべきかもしれない。


 だが、まずはデコレーションの見た目という枝葉の議論よりも、PR内容そのものの検討が必要だろう。


「PR内容かアピールは方向性は何か考えてますか?」

「まだなんとなくだけど……『涼宮ハレノヒ』シリーズだけじゃなくて、ライトノベルってジャンルごと魅力をアピールしたいかなぁ」

「すると、広くいろんな層にライトノベルを知ってもらえるような展示にする必要がありますね」

「うん。ライトノベルの本をいっぱい並べて、『ラノベ特集!』みたいなPRコーナーを作るのどうかなぁ」

「なるほど」


 北浜さんの推薦書籍は涼宮ハレノヒシリーズの最新刊だ。

 けれど、それに限らず『ライトノベル』というジャンルに興味を持ってほしいってことだろう。


 『ライトノベル特集』として特設コーナーを組めばたしかに目立つだろう。

 ラノベに慣れ親しんでいる生徒は当然注目するだろうし、そうなれば必然的に推薦書籍である『涼宮ハレノヒ』にも投票してくれやすくなるはず。


 だけど、それで本当に十分だろうか?

 そんな風に思案していると、河原が訝し気な様子で口を開いた。


「でもさ、普通に本を並べるだけじゃインパクト弱いんじゃない?」

「だからこそのデコレーションでしょ! 悩殺イラストで一発KO!」

「却下じゃエロ作家ッ!」


 いつのまにか段ボールに破廉恥な女の子のイラストを描き上げていた南の頭をぺしんと叩く。

 ちょっと目を離した隙にこれだ。まったく油断ならんぞ……。


「デコレーションって言っても、単に目立てばいいってもんじゃないでしょ。作品そのものに興味を持ってもらえるPRこそ大事じゃない?」

「うぐ、たしかに……」


 河原がど正論で南を黙らせた。いいぞもっとやれ。


 たしかに河原の言うことはもっともだ。

 単に目立つだけじゃなく、多くの生徒に作品自体の良さが伝わることこそが大事。


 単に目立つだけではなく、作品の中身や面白さが伝わる飾りつけといえば?

 ふと頭に思い浮かんだイメージを河原にぶつけてみる。


「例えば、書店のPOPみたいな感じか?」

「あー、そう。そんな感じね」


 書店のPOPと言えば、コンパクトな用紙に本のタイトルやあらすじ、宣伝文句などをぎゅっとまとめた宣伝看板だ。

 出版社側が用意しているものもあれば、店員の手作りしたものもあり、手作りPOPのおかげで売り上げが何倍にも増えることだってあると聞いたことがある。

 図書室にやってきた生徒に本の魅力を一目で伝える方法として、効果的な方法だろう。


「なるほど、本屋さんか……」


 俺と河原のやりとりを聞いていた北浜さんは、おかわりのオレンジジュースをちびちび飲みながら何か考え事をしている。

 そしてコップ半分ほど飲んだところで、河原に向かって元気に口を開いた。


「じゃあ万智ちゃん、明日一緒にお店に行こ!!」

「え、嫌ですよ」


 即答だった。

 河原は遠慮も謙遜も一切なくバッサリ切り捨てた。

 お前、そこに愛はあるんか。


 しかし、思いのほか北浜さんはダメージを受けている様子がなかった。

 むしろさっきよりも勢いを増して食い下がる。


「なんで! 予定あるの⁉」

「予定はないですけど」

「じゃあ行こうよ、なんで嫌なの⁉」

「週末は混んでるし、人酔いするから嫌です」

「でも明日土曜日だから! 朝から行けばまだ空いてるから! たぶん‼」


 北浜さんのお願い……というよりおねだりは止まらず、河原の肩をぐわんぐわん揺らしている。


 河原はされるがままになっているが、傍から見ていても丸わかりなくらい鬱陶しそうな顔をしている。

 あのー? 仮にもこの人先輩ですよ、あなた忘れてませんか?


 そんな様子を眺めていていると、ふいに南がアイコンタクトをとってきた。

 ニヤリと嫌な笑みを浮かべたかと思うと、殊更大げさに「そーいえば」と切り出して他のふたりの注目を集める。

 

「鳥羽氏ってライトノベルに結構くわしいよねー?」

「いや、特別くわしいわけじゃ」


 嘘八百とは言わないが、嘘90%の誇張表現は実質ウソだ。

 こいつめ、今度は何を企んでいるんだ。

 恒例の憎たらしい微笑を浮かべている時点で俺にとって都合の悪いことを企んでいるのは確定だ。


 南の手の平で転がされる前に訂正せねばと、と口を開こうとした矢先。

 今度は河原が発言権をかすめ取った。


「鳥羽って、前の予行練習の時も論文みたいなプレゼンしてたよね?」

「そんな大げさな。あんなの付け焼刃の知識だけどぞ」

「はぁ? あれで⁉」


 河原が口をあんぐり開けてドン引きしている。

 不躾すぎるだろその態度。


「作品の歴史とか社会影響とかいろいろ語ってたじゃん。あれが付け焼刃って冗談でしょ?」

「たしかに元から知ってることもあったけどさ、普通に人並み程度の知識だろ?」

「ほーん、それが普通ねー」

「なんだよ」


 南がヤケに含みのある言い方をするので思わず突っかかる。

 煽りスキルだけは本当に天下一だなコイツ。


「鳥羽氏のいう普通ってどんなレベルなのかなーって。だってライトノベルなんて星の数ほど出版されてるんだよ? その中でなんで『ハノレヒ』のこと知ってたのかなーって」

「……中学の時に、有名作品だから名前くらいは覚えとけって言われたことがあったんだよ」

「そんなに有名だっけ?」

「2000年代のアニメ化でサブカル史に大きな影響を与えた作品だろ? なら有名って言えるだろ」


 2000年代に放送していたのなら、全世代とはいえなくとも今の10代~40代なら知っている人も多いはず。というかそういう風に

 なんて補足したかったが、墓穴を掘りそうなのでやめておこう。


 ……だって南が「してやったり」という顔を浮かべている。

 やられた、これこそが罠か。


「というわけで! 明日河原ちゃんが行けないなら、業界通の鳥羽氏が一緒にお店に行けばいいいと思います!」

「うん、そうね。それがいい。鳥羽よろしく」

「いやいやちょっと待て」


 河原がすかさず便乗しやがるので待ったをかける。


 それってつまり、北浜さんとデート――お出かけするってことになるわけだ。

 北浜さんとは学年の差があるせいで、まだまだ交流は少ないし、昨日の選書会を覗き見してたのがバレたせいで、今や親密度が一桁どころかマイナスまで突き抜けてる可能性だってある。

 そんな状態でいきなりふたりっきりになるのはハードルが高すぎる!


 しかし、そんな俺の気も知らずに、河原は平然とした顔でたずねてくる。


「なんで渋ってるの?」

「だってほら、いきなり男女ふたりだなんて」

「あんたねぇ……」


 クイーン オブ 陽キャリア充の河原様がこれ見よがしのため息をつく。

 こちとら非リアのド陰キャなんですわ、すいませんねえ!


「シェアハウスの先輩と後輩なんだから親睦を深めてきたらいいじゃない」

「まずは段階を踏んでシェアハウスの中でお話して仲を深めていこうかと」

「可愛い女性をエスコートする経験も大事よ」

「え。かわいいって私!?」


 可愛いと言われてデレデレする北浜さん。

 子犬だー、うわー可愛いー。 ではなくて!


「そういう下心でご一緒するのはどうかと」

「え、鳥羽氏って浜さんのことそんな目で見てたのー? やらしー」

「ちょっ、そういう意味じゃないからッ!?」


 南が自分の身を掻き抱くようにして、俺をおちょくってくる。

 つられて北浜さんが身をこわばらせちゃってるから!

 本当に、要らぬ誤解で俺の評価下げるのやめてくれない?

 

「下心無いなら問題ないじゃん。そもそも書店のこと言いだしたのは鳥羽氏だよねー」


 急にクリティカルな援護射撃を放ってきた。それを言われると弱い……。

 だけど何が何でもいきなりデートなんて俺の社交スキルの上限を優に超えている。せめて、もう一人道連れがほしいところだ。


「そういう南はどうなんだよ、明日は予定あるのか?」

「私? あるよー」

「ちなみにどんな?」

「明日は1日部屋に籠もってエッチなお絵描きするの! だから外には行かぬでござる!」

「さようでござるか……」


 南が作品作りと言う時は本気の時だ。

 詳しくは知らないが南は小説や漫画を同人誌として制作出版しているらしく、そこそこ実績のある作家らしい。

 明日一日くらいいいじゃないか、などという素人の認識は本気で打ち込んでいる相手に言っていいことじゃないからな。


「じゃあそういうことで。明日はふたりでごゆっくりー」


 これで話は決まりと河原が手をひらひら振る。

 そのまま流れるように席を立とうとしたが、その袖を北浜さんがぎゅっと掴んだ。


「え、ふたりっきり?」

「なにを今さら……。そういう流れでしたよね?」

「それはちょっと緊張するから無理、かも……」


 俺への遠慮があるのか申し訳無さげな目線がチラと俺に送られる。

 そうですよね、俺と二人は無理ですよね。

 ……無理ですよねぇ。ぐすん。


 その後もぐいぐいあーだこーだと押し問答が続くものの、河原がなかなか首を縦に振らない。  

 まるで場が収まる気配が無い。

 せめてこの状況くらいどうにかせいと俺は南にアイコンタクトを送った。


「そういえば河原ちゃんが気になってた新作リップ、そろそろ店頭に出てるんじゃない?」

「そっかもうそんな時期か……」

「明日ついでにテスター試してきたら?」


 南に推されて河原がぐうと押し黙る。

 口車に乗るのがちょっと嫌だけど魅力的な提案、といった葛藤でもしているのだろうか。

 そのダメ押しとばかりに北浜さんがまくし立てる。


「いいじゃんいこうよ! リップのお店さきに回るから!」

「……あーもう! 私も行けばいいんでしょ!」


 観念した河原が深くため息をついた。

 うん? 待てよ。

 こいつ今、私「も」って言ったか?


「河原が行くんなら俺は留守番だよな?」

「あんたも来るのよ。人混みで盾にするから」

「俺は肉壁かよ……」


 男子 1人 対 女子 2人 の慣れない組み合わせ。……不安しかない。


 しかし、今から話を蒸し返して話し合いを長引かせる気力はもはや無い。

 結局、俺も了承して明日は3人お出かけすることになった。

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