19話 女子とのおでかけには波乱が多すぎる(1)

 あくる日の土曜日、朝8時。

 俺はシェアハウス最寄りのバス停に立って腕時計の時針と睨めっこしていた。


「バスがもうすぐ来るぞ……」


 予定のバス出発時刻まではあと5分。

 シェアハウスから最寄りのバス停までは30という目と鼻の先なのでまだ時間に余裕はあるが、京都の市バスは「公共交通機関だから」となめてかかると痛い目にあう。


『まもなく1系統のバスが到着します』


 今まさにそんなアナウンスと共に1台のバスがやってきた。

 が、行先を示す看板には4の文字。

 これどっちが正解なんや。


 と、いうように京都の市バスは遅延が多すぎて運行ダイヤがあって無いようなもの。バスを使って予定通りに目的地に着くことはほぼ不可能だと思った方がいい。

 京都に観光に来る世界各国の旅行者にはマジで注意していただきたい。


 などと往来する車を眺めながらじわじわ焦りを募らせていると、パタパタと落ち着き払った足音が聞こえてきた。


「おはよう鳥羽。バスはもう行った?」


 どうやら先に河原1人で来たらしい。

 今日の河原は落ち着いたピンク色ニットのタートルネックにスキニージーンズというシンプルなコーデだ。

 クロップド丈のトップスとハイウエストのボトムスの組み合わせのおかげで足がスラリと長く見える。


 しかも、それぞれの生地が薄いので、ささやかながらも確かにある胸の凹凸や、引き締まった脚の滑らかなシルエットがありありと浮かびあがっている。


 シェアハウスの中での普段着も十分お洒落だと思っていたが、やはり外行の服装はそれとは違う華があり、改めて女性らしさを感じさせられる。


 とまあ、そんな感想を女子に面と向かって言えるはずもなく。

 感想はスルーして挨拶がてら河原の問いかけに返事する。


「予定のバスはまだ来てないな。北浜さんは?」

「部屋に忘れ物したとか言っていったん取りに戻ってる」

「了解。バスに間に合わなかったら電車でもなんでも他のルートで行けばいいか」

「そうね。まぁもうすぐ来ると思うけど」


 ちょうどその時、目当てのバスが3つ前の停留所に到着したことを知らせるアナウンスが流れた。

 こちらの情報はそこそこ精度が高いので、バス到着まであと10分といったところだろう。

 やっぱり今日も遅延してるやん。


 遅延のおかげで北浜さんも間に合うだろうと安堵しつつ、俺は今日の予定を河原に確認する。


「そういえば、今日の行程はもう決めてるのか?」


 今日の俺は、北浜さんの付き添い&河原の肉壁だ。

 もはや俺の主体性など必要ないので、今日のプランは女性のふたりに任せる気まんまんである。


「だいたいは考えてる。とりあえず京都駅まで行こうと思うんだけど」

「四条通りじゃなくて駅の方まで行くのか?」

「今回は目的が決まってるから、なんでもそろってる駅の方が移動が少なくて楽でしょ」


 合理的というか移動の負担減を優先するのが実に河原らしい。

 京都の都会といえば京都駅!

 ――かと言うと、実はそうでもなかったりするのだ。


 京都駅から少し北には、四条通りという東西に伸びる大通りがあり、ここは大丸、高島屋といった百貨店が立ち並んでいる。

 アパレルショップやレストラン、カラオケなども揃っていて、実はこっちの方がホットでヤングなスポットだったりするのだ。


 けれど、今日のように目当ての店が限られているなら、コンパクトにまとまってい京都駅ビル周辺で済ませるほうが効率的だ。


『まもなく205系統のバスが到着します』


 アナウンスに少し遅れて、ついに目当のバスが遠くに見えてくる。

 それとほぼ同じタイミングで、シェアハウスの出入口から飛び出してくる北浜さんの姿を発見した。


 トップスはきれい目シンプルな白Tシャツ。

 ボトムスは小春空を思わせる淡いデニムのショートパンツ、そこから黒タイツを纏った脚がすらりと伸びている。

 肌に密着するタイツが健康的で柔らかな輪郭を描いていて、嫌でも目線を奪われてしまう。


 徒歩30秒の距離を20秒で走ってきた北浜さんは、乱れた茶髪を手でくしくし整えながら、時刻表とスマホの時計を交互に見やる。


「バスは、ギリセーフだよね?」

「セーフだけど先輩としてはアウト」

「うう、万智ちゃん厳しいよぉ」


 相変わらず河原は北浜さんに手厳しい。

 きっとこれも愛のムチなんでしょう。というかそうであってくれ。


 やがて到着したバスがきちんと「京都駅前行」であることを確認。 

 空いていたふたりがけの席に北浜さんと河原が座り、そのすぐそばに俺が立つ。


「鳥羽くん、どう、道路混んでそう?」

「今は大丈夫ですけど、このさき絶対混んでると思いますよ」


 シェアハウス付近は中心地から離れていることもあり、まだ交通量は穏やかでバスの進みもスムーズだ。

 けれど、あと5分もすれば市内の渋滞に巻き込まれることは必須。


 京都市内はほとんどの車道が片側2車線。なのにそこらかしこで路駐が横行している。

 おかげで悪玉コレステロールだらけの血液並みに車の流れが悪く、必然そんな街中を通るバスのダイヤも乱れるわけだ。



「ふー、やっと着いたぁ」

「おはようございます、北浜さん」

「寝てないからっ! ウトウトしてただけだからっ!!」


 バスの急停車急発進に揺られること約40分弱。

 予想通り渋滞には巻き込まれたが、北浜さんが爆睡している間にバスは目的の京都駅前へ到着した。



 朝8時台の駅前ロータリーは昼間に比べれば人の姿は少ないが、それでも流石に京都の玄関口。都会に相応しい賑わいを見せている。

 

 特にJR側の駅入り口前には人の姿が多く、立ち止まってスマホを空に掲げて写真を撮っている人が多い。

 特に京都タワーが正面に見える場所は、観光客にとっては絶好の撮影スポットだ。


 そんな調子で脳内地元トーク略してノジモトークをしながら、先行する女子ふたりの背中を1馬身ほど後ろからついて行く。


 差す根性も追い込むスタミナも無いが、今日はただの付き添いなので許されるはずだ。

 とはいえ、俺はウマでも娘でもないただのヒトの男。

 中途半端な距離でついていくとストーカーに思われかねない。


 そんな風に距離を測りかねていると、不意に河原が振り向いた。


「これから先に駅地下の方を回る予定だけど、いい?」

「どうぞご自由に。どこでもついていくから」

「了解」


 河原は軽く首肯してまた前を向き、北浜さんと会話しながら地下に通じる階段の方へ進んでいく。

 先に河原の目当ての化粧品を見に行くため、地下のショッピング街に入るんだろう。



 目的のお店は地下の入り口から比較的近い一角にあった。

 そこは海外からの輸入雑貨やコスメなどが取り揃えてあるお店で、化粧品売り場の棚には黒やシルバー、箱型や筒型の小物がズラリと並んでいる。


「俺、店先で待ってるわ……」

「了解。じゃあふたりで行ってくるね」


 女子が化粧品を品定めしている様子は気になるが、なんだか女性の着替えを覗いているような背徳化があるからな……。



 しばらく店先のメンズコーナーで待っていると、先に店から出てきた北浜さんの姿が見えた。

 彼女もこちらを見つけて、小さく手を振りながらメンズコーナーまでやって来る。


「買い物おわったんですか?」

「いま万智ちゃんはレジに行ってる。待たせてごめんね」

「お構いなく。俺もいろいろ物色してましたから」


 今しがた手に取っていた保湿クリームのサンプルを棚に戻す。

 するとなぜだか北浜さんがしたり顔を浮かべた。


「ははーん、もしかして鳥羽くんってメイクに興味あるんだ?」

「やってみたいとまでは思わないですけど、どんな違いがあるかとかは気になるって感じですかね」

「ふーん」


 北浜さんが急にくいくいっと手招きする。

 意味が分からないまま1歩近づくと、北浜さんは急に背を伸ばして顔をグイと近づけてきた。  

 緩やかに巻かれたセミロングの髪が揺れ、ふわりと蜜のような香りが鼻孔をくすぐる。


 恐らくいろいろな角度から顔を見ようとしているのだろう。

 北浜さんは首を傾げて俺の顔を見つめているが、身長差があるせいで上目遣いの視線を送られているような気がしてこそばゆい。


 だんだんと自分の顔が赤くなってる気がして一歩後ずさろうかと思った頃合いで、北浜さんも満足したのか浮かせていた踵を地に着けた。


「鳥羽くんって肌きれいだね」

「それは、どうもありがとうございます?」

「うん。絶対にメイク似合うよ」


 諦めないであなたのお肌! くらいの軽いノリで言われた。

 やる価値はあるのだろうがとにかく大変そうだ。


「メイクって難しそうだし、時間かけて本気でやらないと効果無さそう……」

「そんなことないよ。まずはベースメイクだけでもいいと思うし、先輩として教えてあげる。先輩として」


 ふふんと豊満な胸を張って得意げな顔をする北浜パイセン。

 大事なことだから2回言ったんですよね。

 河原に対してはどっちが先輩なのか分からない甘えようだが、実はこの人俺より年上だもんな。

 なんだか可愛いから先輩には先輩らしくよいしょしてあげよう。


「じゃあ機会があったらお願いします、先輩」

「うむ、くるしゅうない!」


 うきうきで嬉しそうな先輩をよいしょよいしょしてあげる。

 それはそれは楽しそうな様子だ。お兄さんは眼福です。

 

 近所の小さな女の子の面倒を見ている気分になっていると、ちょうど会計を済ませた河原が袋を手下げて店先に出てきた。


 再び3人で合流した俺たちは、同じ駅地下のレストランでランチを済ませてから駅の南側にある大型ショッピングモールに向かうことにした。

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