19話 はじめてのおでかけ(2)

 今日の目的である書店を目指し、俺たちは駅の南側にある大型ショッピングモールにやって来た。


 ここは入り口付近にある大階段が特徴的で、いつもなにかしら告知ラッピングが施されている。

 どうやら今は、つい最近公開したアニメ映画が旬らしい。

 映画のキービジュアルが大きく描かれている階段を見て、北浜さんが楽しそうな声をあげた。


「あー! そういえばこの映画もう公開してるんだった‼」

「最近テレビでもCMやってたやつよね。すっごい絵が綺麗なやつ」

「それそれ! じゃあ今日見て帰ろ⁉ ねーそうしよ?」

 

 北浜さんは河原の袖をくいくい引っ張る。

 お母さんにおもちゃをおねだりする時のやり方じゃないですかね。

 だけど案の定、河原の反応は薄味だ。


「まーそうですね。時間が余って、あとちゃんと席が空いてたら見ましょ」

「わかった!」


 要約すると河原の返事は「今日は見ない」である。

 関西人を遊びに誘って「行けたらいくわー」と返ってきたらそれはもう「行かない」って意味だ。

 けれど北浜さんは日本人でありながら圧倒的ローコンテクストなコミュニケーションを地でいく人なので、おそらく今の河原の意図は伝わっていない。


 そんなことをぼんやり思いながら、女子ふたりに続いて大階段をのぼり、2階の書店に足を踏み入れた。



 書店は入り口からは全容が見渡せないほどの広さがあった。

 見える範囲で吊り看板を見ただけでも、雑誌コーナー、子供向けの書籍コーナー、それに資格試験・受験用の参考書コーナーもきちんとそろっている。

 おおよそここに来ればお目当ての本は何でも見つかるだろう。


 店先には流行りの作品が平積みされた特設コーナーが用意されており、そこから店内への導線に沿うようにしてビジネス書がずらりと並べられている。

 こういう特設コーナーは客寄せの役目を兼ねているだけあって、店側もそれなりに力を入れているようだ。


 まずなんと言っても、1つの本を大量に並べてあると迫力がある。

 そこに○○賞受賞! などキャッチーな文字を載せたPOPを添えれば「ちょっと見てみようかな?」という気持ちになってしまうものだ。

 さらに有名人のコメントまであるから、本を読む前から「タメになりそう」なんて印象を持てる。


 こういう魅せ方は次の選書会準備に大いに役立ちそうなので、スマホで写真を何枚か撮って参考資料をゲットしておこう。


「……って、あのふたりはどこ行ったんだ」


 気づくと、河原と北浜さんの姿が視界から消えていた。

 勘を頼りに店内を進み、一般小説が並べられたエリアを横切り、漫画コーナーを通り抜ける。


 すると、お馴染みの青や緑の背表紙が並ぶ棚の前に北浜さんの姿を発見した。


 河原はというと……少し離れたところで何やら真剣に読書をしている。あそこはゲーム攻略本のコーナーか?


 すると1冊の本を手に取った北浜さんが、パタパタと河原の方へ駆けていった。


「万智ちゃん! これ見て! 表紙めちゃくちゃ可愛くない!?」

「ちょっと静かに。いま集中してるから」


 いつもに増してキレが良いお叱りのお言葉。

 いったい何をそんな真剣に読んでるんだ?


 後ろからそっと近づくと、意外なことに河原が読んでいたのは最近流行りの格闘ゲームの攻略本だった。百科事典じゃねえの? ってくらいの分厚さがあるぞ……。


「河原ってゲームするのか――むぐッ」


 と聞こうとした俺の口が北浜さんの手でぐっと押さえられる。

 え、いきなりなに!?


「(万智ちゃん、いま集中してるから話しかけたらダメっ! めっちゃ怒られるよ……)」

「(ていうか河原ってゲームとかするんですね?)」

「(めちゃめちゃするよ? ガチのゲーマーだから気をつけて)」

「(気をつけるって何をですか……)」


 このシェアハウスに住んでいる以上、河原も何かしらの趣味をもっているとは予想していたが、彼女の場合はそれが「ゲーム」ということなんだろうか。

 てっきりオシャレとか美容とかスイーツとか、そっち系のマニアなのかと思ってた。


「私、しばらく最新のライトノベル探すから、鳥羽くんも自由に見てきていいよ?」

「それはいいんですけど、そもそも今日の目的忘れてないですよね?」

「今日の目的……?」

「選書会に向けた展示方法とかPOPの勉強ですよ!」

「あっ、あー。そう! 覚えてるよ、うん覚えてたから!」


 北浜さんの目が水泳オリンピック選手なみにスイスイ泳いでる。

 絶対わすれてただろ、この人。


 北浜さんは「じゃああとでね〜」と言い残し、すたこらさっさとライトノベルの新刊コーナーへ戻っていった。

 仕方がない、俺も近辺をぶらぶら歩きながら情報を集めるとするか。

 河原は……まぁ放っておいていいだろう。



 俺はあらためて周囲の棚をざっと見渡す。

 やはり、ラノベコーナーは他の小説コーナーと違って少し異色な感じがするな。

 まず本棚が他の一般小説のそれより圧倒的に背が高い。

 作品数も多いのだろうが、巻数を重ねたシリーズになると1巻ずつ置いてあるだけでも莫大な冊数になる。総じて単純に出版数が多いわけだ。


 そしてやたらと本のタイトルが長い。

 なんならタイトルでもうネタバレしてんじゃねぇのかっていう作品もざらにある。


「やば、この子可愛い! 絵師さん誰かな!?」


 ライトノベルコーナーの一角で、北浜さんがイラストの女の子を愛でながら、興奮した声を上げている。

 やっぱり一番特徴的なのは、売り場の視覚情報を圧倒的に美少女イラストが占めていることだろう。

 すぐ近くに漫画のコーナーもあるから、それこそライトノベルというジャンルに疎い人が見れば小説と漫画の売り場の境目が分からないかもしれない。


 こうしてみるとライトノベルはイラストありきと言われてしまうのはある意味仕方がない事実なのだろう。


 それから他の売り場も含めてざっと店内を一周し、インプットを完了させる。

 もういちどライトノベルコーナーに戻ってくると、女子ふたりが仲良く隣に並んで立っていた。

 ……いや、正確にはなにやら河原が北浜さんに詰め寄られている。


「万智ちゃん、これ本当にオススメだから! 面白いし、巻数を重ねるごとに絵がどんどん綺麗になっていくの!」


 どうやら河原は布教活動の餌食にあっているらしい。

 その河原が、俺の存在に気づいて助けを求める目を向けてきたので、 「(しばらく付き合ってあげれば?)」と目で合図を送りかえす。

 

 けれど、「(ハヤクタスケロ)」なんて凍てつくような視線が河原から送り返されてしまったので、そんなのもう助けるしかないですやん。


「北浜さん、なにか選書会の準備に役立ちそうなことありましたか?」

「ちょっと待って。いま万智ちゃんにこれ布教してるから」


 ぴしゃりと言い返された。

 北浜さんが手に持っている本のタイトルには青春ラブコメが間違っているとか書いてある。

 いや間違ってるのかよ、直せよ。


 そんなひとりツッコミをかましていると、河原の向けてくる視線の鋭さがどんどん増していた。

 さっきの一言で北浜さんを制止するのは無理筋だと分かったので作戦変更だ。

 北浜さんを止められないなら河原を押し倒す。


「なあ河原、試しにその本買ってみれば? 北浜さんお薦めしてるし」

「ぜひ! だまされたと思って! 絶対に共感できるところあるはずだから!」

「共感ねぇ。……まあ、たまにならいいか」


 俺も共感できると思うぞ。

 だってその表紙イラストのヒロイン、めっちゃ河原に似てそうじゃん。

 特にキレたときの冷たい目とか似てそう。知らんけど。



 そんなこんなで河原は北浜さんお薦めの本をご購入。

 北浜さんもチェックしていた新刊の2冊を購入するようだ。


 俺はというと、ひとりだけ何も買わないのも気が引けたので『このライトノベルがすごすぎる』という最新作品をランキングしているガイドブックを買うことにした。

 分野に関わらずこういう情報収集は好きだ。


 そのあと選書会の準備の参考とするためぶらぶらと店内を歩いてから、俺たち3人は会計レジに向かった。


 大きい書店でレジ台数も多いとはいえ、さすがに土曜日のお昼過ぎ。会計待ちの行列はそこそこの長さだ。


 河原と北浜さんを後ろにして俺が先陣を切って列に並ぶ。

 すると、列の後方から話しかけてくる声があった。


「あれ、もしかして万智じゃん⁉」

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