49話 女子部屋は緊張しすぎる(2)
「さっきから
部屋の中から顔をのぞかせた河原万智に睨みつけられ、廊下で押し問答をしていた俺と南の背筋が凍った。
それはもうたいそう不機嫌そうな顔をしていらっしゃる。
こうなってしまっては白を切るわけにはいかない。
俺は先に謝ってから「河原の部屋のテレビを使わせてほしい」というお願いについては触れずに、一部始終を説明することにした。
自分で話しておきながら「これ何の弁明になるんだ?」という疑問が頭の片隅に湧いてくるが、いったんそれは無視。
ひとまず、eスポーツ部とのインターネット対戦をする予定があったが、北浜さんの先約があってテレビを使えずにいる、という要点は話すことができた。
ひと通り話し終えると、河原が呆れたようにため息をつく。
「なるほど、それで私の部屋のテレビを使いたいって考えたわけね」
「正確には南のアイデアなんだけど……、まぁそういうこと」
こちらが説明しあぐねていた結論を河原は何なく言い当ててきた。
たびたび思うことだが、こいつの頭のキレの良さは半端ない。
「でも別に気にしないでくれ。単なる思いつきだし、さすがに本当に部屋に入れてもらうわけにはいかないし」
「実は鳥羽氏ね、河原ちゃんに彼氏がっ――ムグッ!?」
「本当に気にするな。うるさくして悪かったな」
またもや余計なことを喋りだした南の口を手で抑えて黙らせる。
南が何か訴えるような目で見てくるが知ったことか。
俺が入室を遠慮している1番の理由、それは学校で噂が立っている河原万智の彼氏の存在だ。
ただの女子友達の部屋ならともかく、彼氏持ちの女子に向かって「部屋に入れてくんない?」なんて不躾に頼めるような度胸は無い。
あとから問題が起きていちゃもんつけられても面倒だし。
しかし、俺が慌てて口を塞いだのが逆効果だったのか、河原の表情がいっそう訝しげになる。
「私の彼氏がって、なに?」
こうも問い詰められてしまうと、さすがに押し黙るわけにはいかない。
恐る恐る、俺はいちばん気にしていた理由を口にした。
「……彼氏いるんだろ?」
「は?」
河原は一瞬、間の抜けたような顔を浮かべる。
が、その表情はすぐに呆れ顔に変わって「あーそういうこと」と独りごちた。
「そういう心配しなくていいって。誰とも付き合ってないから」
「え、そうだったのか? てっきり学校の噂で――」
「学校での噂を鵜呑みにするなって言ったでしょ?」
「あ、はい……」
いつの日か言われた忠告を繰り返されてしまってぐぅの音も出ない。
ただ、そうすると体裁的には俺が部屋に入っても問題はないってことになる。要するにあとは河原の気分次第。
河原は口元に手を当てて何やら思案していたが、やがて考えがまとまったらしく口を開いた。
「ちょっと待ってて」
そう言い残して河原は部屋に引っ込みパタンと扉を閉める。
えーっと……あれー。これもしかして?
呆然と扉を見つめていると、南が手でぺしぺしと肩を叩いてきた。
あ、そういえば南の口を手で塞いだままだったわ。
「レディの口にお触りとかヒドくない?」
「うん、まぁごめん。でも自己防衛の一環だから許してくれ」
「許さない♡」
口ではそう言いつつ南はフフッと笑う。
それからしたり顔でサムズアップを決めると再び口を開いた。
「でもこれで交渉成立だね! じゃ私はこれで」
「ちょーっと待て?」
手をひらっと振って流れるように階段を下ろうとする南の裾を、ぎゅっと引っ張る。
なにナチュラルに自分だけ帰ろうとしてるのこの人?
「お前、俺ひとりで河原の部屋に入らせる気か? 正気か?」
「そりゃそうでしょ。ゲームの練習するのにわたし居ても意味ないし」
「自分も手伝うって言ってたのはどこのどいつだ!?」
南はまったく悪びれている様子もない。
まさか本当に男一人で女子部屋に行かせようとしてたのか!?
「んー、そこまで言うなら後で差し入れ持って様子見に来るし、それでいい?」
「まあそれでもいいけど……、シェアハウスのルール的には大丈夫なのか」
「プライベートのことは個人に任せているので事務所はノータッチです! あ、でもエッチなことするならバレないようにね?」
「するかッ!」
「バレなきゃセーフだよ?」
「だからしないって言ってるんだけど日本語通じてる⁉」
「わかってるよー。冗談じょーだん」
南がパシパシ俺の肩を叩きながらケラケラと笑う。
こいつフザけてるふりして稀に本音混じってるときがあるからな……。
今度シェアハウスのルールは明文化させた方がよさそうだ。
ひとしきり笑うと、南は差し入れの飲み物をとりに戻るべく今度こそ階段を降りて行った。
結果、河原の部屋の前には俺ひとり。
この1枚板を隔てた先に、河原万智という女子高生のトップシークレットとも言うべきプライベート空間が広がっているのだ。
部屋の片付けをしているのか、扉の向こうからはゴソゴソという物音が聞こえてくる。
そのせいで余計に同級生の生活感を生々しく感じてしまい、手の平がじんわり汗ばんできた。
やべぇ、めちゃくちゃ緊張してきた。
――ギィ。
さっきと打って変わって、ゆるゆるとした動きで扉が開いていく。
「はいっていいよ」
「お、お邪魔します」
控えめな河原の声に導かれ、俺は秘密の花園へと足を踏み入れた。
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