48話 女子部屋は緊張しすぎる(1)
eスポーツ部の大会に向けた地獄の特訓が始まってはや1か月。
俺は、毎日のようにリビングに入り浸ってゲームを繰り返しプレイしていた。
コンピューターの敵と1:1で戦って、基本的な立ち回りのための動かし方を自分の指にすりこませる。
テレビの先約があったり、十分な時間が取れなかったりする日には、自室に籠って知識の習得に専念した。
主にゲーム解説の動画を見たり、本屋で購入した攻略本を読んだりと地道な座学の時間だ。
加えて、土日の夜や平日の夜に週2,3回ほどのペースで河原によるレクチャーを受けた。
レクチャーを受ける時はリビングのソファーに2人掛けになって、河原が操る多種多様なキャラクターと戦いながら、必殺技やコンボのつなぎ方について教わるのだ。
そして今日、金曜日の夜。
宿題や夕飯を済ませた夜の9時頃に、俺はeスポーツ部の人たちから提案されたとある約束を果たすために自室からリビングに降りてきた。
……のだが、運悪くリビングのテレビの前には先客の姿。
北浜さんが特等席のソファーに座って、じいーっと真剣な眼差しでテレビを見つめている。
食い入るように画面に集中しているので、声を掛けるのは
代わりにダイニングでオレンジジュースを飲んでいる南にこっそり耳打ちするように声を掛けた。
「南、ちょっといいか?」
「私の弱い部分に吐息を当てて
「いちいち茶化すな」
わざとらしく身をくねらせる南の頭をぽこっと小突く。
初手からこんなやりとりをするから全然本題に入れねえだろ……。
俺は仕切り直してから、もう一度南に尋ねる。
「北浜さん、なに楽しみにしてるのか知ってる?」
聞くと、南は北浜さんの後ろ姿にチラと視線をおくって「あーあれね」とつぶやいた。
そして今度は俺に耳を貸せと手をこまねく。
「前からチェックしてたアニメ映画を金ローでやるみたい。今日のテレビは浜さんに譲ってあげたほうがいいね」
「そういうわけか。それなら仕方がないか……」
そもそもシェアハウスのテレビは共有物で早い者勝ち。
むしろここ最近は俺がゲームの練習のために占用しすぎていたくらいだ。
でも今夜はこちらとしても譲りがたい事情があるわけで。
俺が悩んでいることを察したのか、南が不思議そうな顔をして口を開く。
「どうしたの? なんか困ってそうじゃん」
「実は今夜eスポーツ部の人たちとインターネット対戦で手合わせしようってことになってたんだよ」
「なーるほどそういう事情ねえ」
「ただまあ仕方がないな。今回は断りの連絡いれておくわ」
せっかくの機会とは言え、今日を逃してもまた機会はあるはずだ。
今回は先方に謝ってリスケをしてもらうのが得策だろう。
俺はサンキュとジェスチャーして自室に戻るべく踵を返す。
すると、くいっと服の裾を後ろから掴まれた。
「え、なに……?」
つんのめりそうになったのを留まって振り返る。
すると、なぜか南が得意そうな顔を浮かべていた。
「別に断らなくても他にゲームできる場所あるじゃん?」
「他に?」
まさかネットカフェとかにゲーム機を持っていけってわけじゃあるまい。
俺の個室にはテレビは置いていないし……。
発言の意図が読み取れず首を傾げると、南はふふんと鼻を鳴らし、両手をぎゅっと胸の前で合わせて甘ーい猫なで声を出す。
「河原ちゃんのお・へ・や♡」
「はぁッ⁉」
「河原ちゃんの部屋ならインターネット通ってるしテレビもあるし何も問題ないよ?」
「そこが女子の部屋ってことが問題なんだがッ⁉」
「まあまあお堅いコト言わずに~」
全力で頭をぶんぶん振っているにも関わらず、南は俺の背中をぐいぐい押してリビングから階段へと押し出される。
そして抵抗も虚しく、あれよあれよという間に河原の部屋の前にまで到着した。
「まてまてまて。アポなしだぞ? 絶対にやばいって!」
「何がやばいの?」
「何もかもがだよッ‼」
南がきょとんとした顔を浮かべている。
こいつ本当に何も気にしてないのか、それとも全部分かった上でおちょくってるのかどっちなんだ……。
そのままの勢いで扉をノックしようとした南を引き離し、その肩をガシッ捕まえて押さえつける。
「まず第一にアポなしで突撃したら迷惑だろッ?」
「だから今からアポ取りに行くんじゃん?」
ヘッと鼻で笑って大仰に肩をすくめてみせる。
こいつに「なに当たり前のこと言ってんの?」みたいな顔されるのマジでムカつくな。
「そもそも異性だぞ。普通に考えて部屋に入れると思うか?」
「鳥羽氏だったら私はいつでもウェルカム!」
「うん、お前はもうちょっといろいろ自重しようか」
南がめちゃくちゃドヤ顔でサムズアップを決める。
ダメだ、こいつに一般論は通じるはずがなかった。
いったいどう説明すれば分かってもらえるんだ……⁉
瞑目して頭を悩ませていると、不意にツンツンと胸のあたりでつつかれる感触がした。
我に返って目を開けると、肩を掴まれたままの南の人差し指が胸の真ん中に当てられている。
「もしかしてエッチなこと想像してるでしょ?」
「えっ」
「あー、図星なんだぁ。へー、どんなこと想像してたのかなぁ?」
南の人差し指が胸をひだりからみぎへと曲線を描くようにつつぅとなぞる。
まるで弱い隆起を分かった上で焦らすような
刹那、下半身から電気を走らせたような痺れを感じた俺は、とっさに南の肩から手を放して顔をそむけた。
やっばいマジで顔が火照ってる気がする。
「ありゃ、感じちゃった? お姉さんともっとイイことする?」
「あのなぁ冗談はせめて軽口だけにしてくれ……」
「おぉう……思いのほかガチトーンじゃん。なんかごめんね?」
流石に悪ふざけがすぎたと自覚したのか、決まりが悪そうに両手を合わせる。
さしずめ趣味で描いてるエロ漫画のシチュエーションか何かを再現しようと思ったんだろうが、それマジでリアルにやっちゃいけないやつだぞ……。
未だバクバク鳴っている鼓動を鎮めるために深く息を吐き、今しがたの自分の醜態を誤魔化すために元の話題をふたたび切り出す。
「ともかく、せっかく提案してくれたわけだけど、俺が河原の部屋に入るなんてどう考えてもNGだ。わかるだろ?」
「むーこんなにピュアピュアな鳥羽氏だったら警戒されないと思うんだけどなあ」
「お前この期に及んでまだおちょくるのか」
「や、ごめん。違うけどマジごめん」
ジト目を向けた瞬間、南は真顔になってブンブンと手を振る。
どうやら本当にからかってるつもりじゃなかったらしい。
それはそれで人畜無害だと本気で思われてるってことだからなんかちょっと癪だわ。
やっぱり南との価値観の共有は無理なのかと諦めかけたとき、ふと一番大事かつ共通理解を得られるであろう理由があることを思いついた。
「ていうかほら、河原って彼氏いるんだろ? だから流石に――」
「河原ちゃんに彼氏?」
はて? と南が俺の言葉を遮って首を傾げる。
その直後、
――ガチャッ、と。
「さっきから
部屋の中から親の仇のように睨みを利かせた河原が顔をのぞかせた。
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