47話 格ゲーの特訓はハードすぎる(3)

 何の変哲もないも平日の午後にも関わらず、京都駅に隣接した家電量販店はひっきりなしの客入りで賑わっていた。


 地上1階から店に入るとまず目に飛び込んでくるのはスマホやパソコンの販売コーナー。

 携帯キャリアの店員たちが、まるでジャングルに迷い込んだ獲物を狙う猛獣のように目を光らせている。


 アパレルショップでもそうだが、こういう積極的なセールスは苦手だ。必要なときはこっちから声かけるから、思い出の中でじっとしておいてほしい。


 などと内心ブルブルしながら、河原の背中にぴったりくっついてセールスマンの花道を歩いていく。


 けれど一介の高校生にはうまみがないからか、俺たちは声を掛けられないどころか、「興味ないね」と言わんばかりに見向きもされない。


 ――否、よく観察すると店員さんは最初こちらを見るのだが、前を行く河原を一瞥いちべつした途端にサッと目を逸らしている。

 さてはこの子、めちゃめちゃ怖いオーラ出して歩いてるんじゃないかしら……。

 

 先行する同級生の背中に頼もしさと恐ろしさを感じながら進んでいくと少し開けた場所に出た。

 都会の店舗にありがちだが、ここはビルまるごとがひとつの店。

 当然、商品のジャンルごとに販売フロアが異なるのでゲームコーナーのフロアまでエスカレーターで登る必要がある。


 さーて、ゲームコーナーは何階にあるのやら?

 と案内版の前で立ち止まっていると、少し離れたところから河原の声が飛んできた。


「ゲームは4階よ?」


 つられて4階の案内を見ると、たしかに商品ジャンルには「ゲーム」と書いてある。


「あ、ほんとだ」

「ほら早くいきましょ」


 既にエスカレーターの登り口へ足を踏み出している河原が急かすようにこちらを見ている。

 河原さん、もしかしなくてもここ通い慣れてますよね?

 完全に店の構造を把握してますやん……。



 お目当てのゲームコーナーは4階フロアの奥まったところにあった。

 盗難防止のゲートを抜けると、途端に視界がカラフルに染まる。

 棚にズラズラ並んだゲームソフトのパッケージ、ゲームの紹介映像を流すモニター、販促用のポスターやPOPなどなど、ありとあらゆる媒体を通じて情報が流れ込んでくる。


 その情報の洪水をものともせず、河原は淀みない足取りで赤のイメージカラーで統一された区画へと進んでいく。お馴染みの老舗ゲームメーカーの専門コーナーだ。


 背中を追いかけて通路に入ると、河原はその中ほどで立ち止まってこっちこいこいと手招きする。


「まず買うのはコントローラーね」

「コントローラー? 普段使ってるのじゃ駄目なのか」


 河原が手に取って渡してきたのは、なにやら高級感が漂うコントローラーの箱。

 パッケージには”PROコントローラー”と書かれていて、全体的に丸みを帯びた形をしている。しかもそこそこの重みを感じる。


「いつも使ってるのって、本体から取り外して使うタイプのやつよね?」

「それそれ。両手で分けて持つタイプのやつ。青と赤の」

「それでも駄目ってわけじゃないけど、操作性が段違いだから」

「そんなに違うのか」


 そういえば河原が使っていたコントローラーもこのタイプだった気がするな。

 あの恐るべき速さのボタン裁きをこなすためには、それなりに耐久性があるコントローラーが必要なのかもしれない。


 商品棚を見ると、他にも形の違うコントローラーがいろいろと売られている。

 違いが気になって別のコントローラーも手に取ってみた。


「こっちのコントローラーは?」

「それサードパーティーのやつね」

「サードパーティー……っていうと他のメーカーが作ってるやつってことか」

「そういうこと。そっちの方が便利な機能もついてたりするんだけど公式大会では使えないのよ」

「なるほどねえ」


 本番で使えないコントローラーに慣れてしまっても意味がないし、だとすると買うならPROコントローラーの一択か。


 ちなみにお値段は? と思って値札を見る。

 うん、安いソフトなら買えちゃうくらいのお値段はするのね……。

 別に予算を決めてきたわけでもなく財布的にも許容範囲なのだが、意外な価格設定に驚いていると、河原が補足するように口を開いた。


「一応言っておくと、大会に出る人はほとんどPROコン使ってる。まぁ買うのは鳥羽だから強要はしないけど強く推奨はする」

「オーケー理解した。そう言われた時点で選択の余地ないしな」


 本当に思うのだが、強く推奨って言葉は便利すぎるのでは?

 建前上はあくまで推奨のくせに、それで書類提出しなかったせいで職員室に呼ばれるとかザラにある。

 ハイコンテクストな日本語の典型的な悪用事例だろこれ。


 心の中で小言を言うものの、コントローラーを買うこと自体には何の異論はない。

 そもそも、あのガチゲーマ―河原の推薦だ。

 買って間違いがあるはずもない。


「買うのはこれで全部か?」

「あとはアミーボウも買っておきましょ」

「あみーぼう?」


 聞きなれない単語に首を傾げながら河原の後を追う。

 すると今度はキャラクターフィギュアが陳列されたコーナーにやって来た。

 ゲームの練習にフィギュア? ますます分からん。


「このフィギュアが役に立つのか? まさか鑑賞してモチベ上げる……とかじゃないよな」

「ちがうちがう。これね、ゲームによっていろんな使い方があるんだけど、スマファミだとプレイヤーの動きを敵のAIに覚えさせることができるのよ」

「敵に動きを覚えさせる?」

「簡単に言うと自分の動きを覚えたクローンを作れるってこと。で、それを使えば自分とミラーマッチができるわけ」


 言っていること自体は分かるが、自分と戦って何になるんだ?

 まさか「真の敵は己自身だ!」みたいな古典的な精神論じゃないとは思うけど。


 納得がいっていないのが顔に出てしまっていたのか、河原は思案顔を浮かべてから改めて口を開いた。


「スマファミって、相手の動きを見切るのも大事なんだけど、そもそも自分の動きを客観的に見て変な癖がつかないようにするのも大事なのよ。例えば隙の多い動きをしていないかどうか、とかね」

「なるほどめちゃくちゃ納得するわその説明」


 言われてみれば、プロのスポーツ選手が自分の練習風景を動画に映してフォームチェックをすることがあると見聞きしたことがある。

 さすがはeと呼ばれるだけあって、二次元でも三次元でも一流になるための練習方法は本質的に共通しているのだろう。


「で、どのアミーボウを買えばいいんだ?」

「フィギュアの見た目がゲーム内のキャラクターと対応してるから、鳥羽がよく使うキャラを選ぶのがいいんじゃない?」

「すると……これだな」


 俺がよく使うキャラクターと言えば、丸くてピンクでぽよぽよした食欲お化けちゃん。

 お目当ての丸ピンクちゃんは、特徴的すぎる1頭身なのですぐに見つけることができた。


 よし、これで必要なものは揃ったはず。

 でも念のため他に要るものがないか河原に尋ねよう。


「……河原?」

「えっ、なにッ?」


 声を掛けた瞬間、商品棚のフィギュアを食い入るように見つめていた河原が慌てた様子でパッと顔を上げる。

 ん? なにかめっちゃ気になってる様子?


「いや、他に何か必要なものないか聞こうと思ったんだけど」

「他に……、いやこれで大丈夫だと思う」

「おっけ了解。そしたらレジ行ってくるわ」


 ちゃんと必要なものが揃っていることを確認し、PROコントローラーとアミーボウなるフィギュアを持ってレジのほうへ進む。


 ――ふりをして、少し離れた距離からうしろをチラ見した。

 するとやっぱり、河原は例のアミーボウに釘付けになったまま一歩たりともその場を動いていない。

 遠目に見ても瞳がキラキラ輝いてるのが分かる。

 あれ絶対に欲しがってるやつやん。


 今日の買い物もそうだが、河原にはこれからゲームの特訓にも付き合ってもらうことになる。

 お礼をするにはちょうどいいプレゼントになるだろう。


 気配を悟られないようにゆっくりと道を引き返す。

 どうやら河原が見つめているのは、赤いスーツに赤い剣を持った女の子のフィギュアらしい。

 河原本人と違って力強くも優しそうな女の子だ。

 ってそんなこと思ってるのバレたら絶対にシバかれるな俺。


 心の中で益体のない軽口を叩きながら、残り1つしかないそのフィギュアに手を伸ばす。

 瞬間、河原の口からハッと言葉にならない声が飛び出し、大きな瞳に悲壮の色が浮かぶ。


「これも一緒に買ってくるわ」

「え、えっ……?」


 努めて気取らない調子で声を掛けると、河原がこちらを向いて目をまん丸にした。

 それがあまりにあどけない表情で思わず笑ってしまいそうになるが、それをなんとか堪えて、言葉になっていない河原の問いに答えるべく口を開く。


「いろいろ世話になるからそのお礼ってことで。これ気になってるんだろ?」

「え、うん。気になってる、ていうかめちゃめちゃ欲しいけど……」

「じゃあ買ってくるわ」

「いいの?」

「もちろん」


 即答すると、河原の瞳はたちまち宝石のように輝き、頬がとろけるように緩んで、口がパッと華やぐように開かれる。

 普段の涼やかな人相からはまるで想像できない、満開の桜のような笑顔。


 けれどそれも束の間。

 今度は頬と耳を朱に染めて顔を逸し、慌ただしく口を開く。


「いや、その、それめっちゃ人気で品薄のレアなやつで! でも別の種類の持ってるから買うかどうか迷ってたのよねッ!」

「よしよし分かった。これプレゼントするから、な?」

「……なにその反応」


 プイと顔を横に向けたまま、柔らかそうな唇を尖らせてジトっとした目を向けてくる。

 大人びた彼女の中に隠れていた”女の子”の一面が不意に現れたような仕草に、不覚にも胸の鼓動がばくばくと早まる。


「と、とりあえずこれ買ってくるわ」


 河原の熱が伝播してこちらまで火照ってしまう前に、俺はそそくさとレジに向かって逃げることにした。

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