46話 格ゲーの特訓はハードすぎる(2)
翌日の放課後。
プールの水も干乾びそうな水無月の炎天の下、俺は学校の正門のそばで独り突っ立っていた。
夏に向けてぐんぐん元気を増してきた太陽は、夕方に差し掛かってもまだまだエネルギーを持て余しているらしい。
ギラギラとたぎっているお天道様は、一日の大半を屋内で過ごしてホワイトニングしてきた白い肌をじりじりと焼いていく。まじで暑い、ていうか熱い。
天気予報のお姉さんはまだ梅雨だと言っていたが、もはや暦が間違ってるのを疑うレベル。
それにしても、せっかく普段よりも気持ち急いで帰り支度を整えやってきたというのに、肝心の待ち人が一向に現れない。
青春の学び舎の入り口でぽつり待ちぼうけている男子高校生のすぐ脇を、十人十色の学生たちが通り過ぎていく。
ある者は安寧な住処に帰らんとそそくさと家路を急ぎ。
またある者は年季の入った鞄を提げ第二の学校へ向かって小走りで駆けていく。
今しがた校門を抜けていった男女のペアは、まだまだお行儀のよい制服に身を包み仲睦まじくじゃれ合いながら特別校舎の影に消えていった。
青春大いに結構。若者よ大志を抱け。
でも去り際に不憫そうな目を向けてくるのは本当にやめてください……。
いよいよ頭皮を焼かんとする直射日光が辛くなってきた。
スマホを取り出して待ち合わせ相手のトーク画面を開く。案の定、新規メッセージはなし。
そこに「ちょっと日陰に移動するわ」と打ち込んで送信。
即既読にならないことを確認し、俺は避暑地を求め昇降口へと
その視線の数メートル先。
『部活オフってマジ最高だわー! 一緒に帰るのめっちゃ久しぶりだよな?』
『言われてみればそっか。5年ぶり?』
『ウケる、それ俺たち入学する前だから』
ゴリゴリにガタイのいい男子生徒が女子を連れて正門に向かって歩いてくる。
遠目にも分かる背の高さ。バスケかバレーボールか高身長を武器にしたスポーツ部の生徒だろう。
つかず離れずの距離感で歩くふたりは、カップル……もしくはその直前の関係だろうか。
男の方が積極的にアプローチしているみたいだが、連れの女の子の方はどこかそっけない様子だ。
『お前ってカラオケ好きだよな?』
『えー、まぁ普通? ストレス発散にはいい感じだけどね』
『わかる。声出すのスカッとするよな』
それにしても本当に垢ぬけていてモデルみたいな女の子だな。
歩くリズムに合わせてさらさらと揺れる黒髪。
夏服の半袖から伸びる、まるで日焼けを知らない白い素肌。
スカートできゅいっと引き締められた腰のくびれがスタイルの良さを惜しげもなく主張している。
まさに容姿端麗とはこの女子のためにある言葉だ。
大げさにもそう思ってしまうような美人。
『俺、最近めちゃめちゃストレス溜まっててさぁ、超発散したいわ』
『あんたストレス溜まるような体質だったんだ? 全部右から左へ受け流すタイプかと思ってた』
『出た万智の毒舌! んなことねーって、やばいわカラオケ行きたすぎるわ』
あの子も万智って名前なのかぁ。
たしかにどことなく河原万智みたいな――ってよく見たらご本人なんだがッ⁉
見てはいけない姿を見てしまった気になって、とっさに背を向け正門に向けてGo Back!
もしかすると、もしかしなくてもあれって彼氏か⁉ 彼氏だよな? 彼氏だな!
なるほど、あれが噂のハイスペック高身長イケメンスポーツマン彼氏か……。
今日は、まさにその河原と待ち合わせて、ゲーム特訓に必要なあれこれを買いに行く約束になっていたはずなんだが、どうやら彼氏から急にデートに誘われているとみた。
『なーなー今日このあとカラオケ行かね?』
『えー? この前行ったじゃん、またー?』
『前のときは人数多くてあんまり歌えなかったし? 今日はふたりで行こうぜ?』
彼氏の誘いとあっちゃ仕方がない。
こちとらただの同居人だし、あんな厳つい体格の男子に「俺との先約があるんですけど?」だなんて正面きって言えるような度胸はもちろんない。
『あーていうか、ごめん。今日ちょっと別の用事あるんだよね』
『マジ? それ他の日じゃダメなやつ?』
おーけー落ち着け、考えるより前に歩け。
多分まだこちらには気づかれていないだろうし、さっさと立ち去ろう。
『うんごめんね、また今度』
そもそもこちらの要件はそこまで急ぐ話じゃない。
今日のリスケはまたシェアハウスに帰ってから話せばいいだろう。
校門を抜けて駅へ向かうため左に曲がる。
その時さりげなく視線を向けると、例のスポーツマン彼氏がこちらをガン見していた。え、なに怖い!?
しかも河原万智の姿が……見当たらないんだが!
「ごめんお待たせ、行こっか」
すぐ右隣りから聞きなれた女子の声。
驚いて顔を向けると、そこには肩を並べて歩いている河原万智の姿があった。
一体全体いつの間に? キング・クリムゾン!?
「えっ、なんで?」
「なんでって何が」
「いや、さっきの彼氏だよ。放っておいていいのか」
「彼氏……?」
河原が眉根を寄せて俺の顔を見つめる。
それからチラと後ろを一瞥してから「あーね」と呟いた。
「あれはただの知り合い。彼氏とかじゃないし」
「あぁー、そうなんすね。でも誘われてたの断ってよかったわけ?」
「いいも何も鳥羽と約束があるんだからそりゃ断るでしょ」
平然と答えて河原は再び前を向く。
シュルリとリボンを緩め、ぷちりとボタンを外す。
「にしても暑すぎでしょー」とぼやきながら手で胸元をパタパタと仰ぐので、隣からシトラスのように爽やかでそれでいてどこか甘さを孕んだ風が漏れ伝わってくる。
この2カ月で河原万智という女子とプライベートで接する機会は確かに増えた。
それこそ河原のクラスメイトでさえ知らないだろう彼女の私服やルームウェアだって見たことがある。
けれど、いま隣を歩いているのは、制服を着飾っている”女子高生"としての河原万智。
数々の男子生徒から人気を博する高嶺の花だ。
不覚にもバクバクと鳴っている心臓が、そんな彼女と歩調を合わせることにまだ慣れていないのだと訴えかけてくる。
生理現象と闘って平常心を取り戻そうとしていると、河原がこちらを向いた。
「このあとだけど、駅チカのヨドガワカメラでいい?」
「あ、えっと、お任せで」
「じゃあそこで。ていうかなんか顔を赤くない? 大丈夫?」
不意に、河原が心配そうな面持ちで顔を覗き込んでくる。
長く艶やかなまつ毛が、宝石のように純粋で大きな目が、鼻が、口が触れてしまいそうなほどすぐ近くにある。
「だ、大丈夫っ! ずっと日向にいたからちょっと焼けたんだろ」
「ずっとあそこにいたの!? 日陰で待ってればよかった……ていうか私が遅くなったからか。なんかごめん」
「気にすんな! それよりほらあの信号渡っておこうぜ」
これが南だったなら。なんて考えてしまう時点で、俺はまだまだ河原を変に意識してしまってるのだと自覚する。
点滅している青信号にもう少し猶予をくれとお願いしながら、俺は少しペースを早めて横断歩道に飛び出した。
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