3話 高校生にして住む場所がなくなる。(3)

「鳥羽氏はオタクなので入居審査に合格です!」


 なんかよく分からない理由で合格していた。

 その審査については異議申し立てたいことがある!


「ちょっと待て! いろいろ聞きたいことはあるが、なんで俺がオタク扱いされてるんだ!?」

「だってラノベのこと熱弁してたんでしょ?」

「俺が? いつ?」

「ライトノベルを拾ったときに『知りもせずに馬鹿にするんじゃねぇよ』って豪語してたじゃない」


 河原が軽くあしらうように横から言う。

 あーまあたしかに。それは言った気がするけど……。


「てなわけで鳥羽氏はこのラノベを拾った救世主! そして誉れあるラノベオタクだと思うのですが事実に相違ありますか?」

「おおありなんだがっ⁉」


 なに強引に結論付けようとしてんだコラ。

 ムカつくぐらい大げさに肩をすくめてみせる南に向かって反論する。


「あのな、俺はオタクというほどの者じゃない」

「というと?」


「たしかにライトノベルについて一般的なことは知ってるよ。けどそれはあくまで雑学の範疇だ」

「それを雑学と呼べちゃうのがオタクなのでは……?」


「違うな。知識があるだけじゃ足りない。『愛』がないとオタクとは呼べない」

「お、おう……。とりあえず分かった。鳥羽氏にとってオタクがどれだけ偉大なのかわかったよ」


 珍しいことに南が素直に引き下がった。

 なにかドン引きされている感じもあるが、とりあえず理解してもらえたならよしとしよう。


「それにしても入居資格がオタクであることって何なんだ? ふたりもそうだけど、オタク要素なんてどこにもないだろ」

「何をおっしゃいます鳥羽殿。部屋の中をよくご覧あれ」

「部屋の中?」


 南の言葉につられて背後に広がる共用部のリビングを見渡した。


 部屋の中央にはもう4月なのに季節外れのミカンが乗った小汚いこたつ机が2つ。

 その壁際には大人の背を優に超える本棚がズラリと置かれている。

 ……よくみると、その本棚にはマンガやラノベもギッシリ。

 しかも棚の上には古今東西の美少女フィギュアが置かれていた。


「なるほど、超オタクな空間だな。理解した」


 うちの学校はサブカルチャー、いわゆるオタク文化を毛嫌いしている生徒が多い。そういう人がここに馴染むのはたしかに無理があるだろう。


 俺が得心していると、南がテーブルの上に1枚の紙を広げた。

 見ると、紙面には「入居契約書」と書かれている。


「それじゃあ、ここに氏名とかもろもろ書いてもらっていい? それで入居手続きは完了だよ」

「その前に家賃とか条件とか確認させてくれないか?」

「あー、まあそうだよね、はいこれ」


 南が取り出したもう一枚の紙を受け取る。

 そこにはこの寮のルールやらなんやらが、ありみたいな細かい文字でびっしりと書かれていた。

 絶対に読ませる気ないだろコレ。


「ちなみに特に大事なポイントとかあるか?」

「んー、いちばん特徴的なのは、『特別寮』だけどのじゃないってことかな?」 

「なんだそれ、トンチか?」

「ルール的には寮になってるけど、管理人の先生は滅多にこないし、食堂とか無いからご飯は各自で準備しないといけないって感じ」

「けっこう放任主義なんだな」

「そういうこと。寮と言うより『シェアハウス』と思ってくれたほうがしっくりくるね!」


 書面を見る限り、洗面所、お風呂、トイレも共用らしいから正しくシェアハウスなんだろう。

 まぁ姉貴の家で実質ひとり暮らしをしてきた俺には何の問題もない。


「だいたいは理解したよ。けどもうちょっと考えさせてもらっていいか? 他の寮もあるって聞くし、いろいろ検討したいからさ」

「学校の一般寮はもう定員いっぱいだよ?」

「え?」

「あと、残り一部屋だから、いま契約しないと次の入居希望者に部屋取られちゃうよ? 鳥羽氏ホームレスになっちゃうよ?」


 なぜか南がどんどん煽ってくる。急に胡散臭くなってないか?


「ま、まぁでも家賃のこともあるし。ちょっと考える時間を……」

「それなら!」


 南が契約書を奪い取ってポールペンでガシガシと書き込みはじめた。

 返された契約書には、家賃の金額のところが大きく二重線で消されている。


「管理人代理の特権を発動! 今この場で即決してくれるなら、1年間の家賃を免除します! どう!?」 

「いきなり大サービスすぎないか!?」

「どう!? 住むか、住まないか!」


 南が迫真の表情で問い詰めてくる。

 こえぇよ、なんだよその勢い!?


 けれど、改めて考えると高待遇すぎる条件だ。

 共用リビングは綺麗だし、俺の個室もちゃんと用意してくれるらしい。

 どうせ家賃がタダなら、契約して損することもないか。

 ……なにより、早く家を探さないと野ざらしで生きていくことになるからな。


「わかった、ここに住まわせてもらうよ」


 ボールペンを手に取り必要事項を書いて南にわたす。

 注意事項はまた時間があるときに細かいところを見ておけばいいだろう。


 書面を受け取ると、南は満面の笑みで歓迎の言葉を述べた。

 

「おめでとう、これで鳥羽氏は4人目の住人です! これからよろしく!」

「こちらこそよろしく……ってちょっと待て。俺が4人目!?」

「今の住人は、私と河原ちゃんと、あとは3年生の先輩だよ。あ、女の人ね?」


 つまりこの家の住人は、

 

 ①桃山南→女

 ②河原万智→女

 ③3年生の先輩→女

 ④鳥羽快斗→男(New!)


 いや絶対におかしいだろっ!?


「他に住んでる人はいないのか⁉」

「いないよ?」

「じゃあ他の男子は!」

「いないよ?」

「さっき言ってた別の入居希望者は!!」

「いないよ?」

「それも嘘なのかよっっ‼‼」


 契約書を取り返そうと手をのばすが、南にサッと避けられる。

 コイツ……はめやがったな!?


 俺は、どうやらとんでもない所に住むことになったのかもしれない。


「まあ詳しいことはまた話すとして、これからよろしくね!」


 クラスいちばんの有名人である桃山南ももやまみなみと、学年屈指の美少女である河原万智かわらまち

 本当に、この女子たちとの共同生活がはじまってしまうわけだ。



 「美少女揃いのシェアハウス」という形だけを聞けば、学校の男子なら誰もが羨む夢の楽園に思うだろう。

 だけど、直感的に分かる。

 きっとここは普通のシェアハウスじゃない!

 




 ――これが、俺の青春を生贄いけにえに捧げたシェアハウス生活の始まりの日だった。

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