3話 入居審査には騙し討ちが多すぎる(2)

「鳥羽氏はもう面識あるかもしれないけど紹介するね。この子はここに住んでる2年の河原かわら万智まちちゃんです」


「よろしく」


 紹介を受けて河原がさらりと挨拶する。

 本物、なのか……? 

 噂に聞く河原のイメージと場所の雰囲気がミスマッチすぎる。

 もしかして盛大なドッキリを仕掛けられてるとか?


「おい南、河原……さんは本当にここに住んでるのか」

「本当に住人だけど?」


 南がキョトンとした顔で答えた。

 こいつとは1年間同じクラスだったのでわかるが、嘘はついていないようだ。


 確かに、河原の服装はシャツの胸元や袖口がゆったり空いていてリラックスしている雰囲気がある。

 まるで自分の家にいるときの姉貴のようだ。

 なんにせよ、白い肌がチラチラと視界に入るので目のやり場に困る。


 すると、なぜか南がニヤニヤして俺を見つめてきた。


「河原ちゃんのこと気になってるの? もしかして惚れてる⁇」

「ちがうわいっ!」

「じゃあなんでそんなにソワソワしてるの?」


 こういうときに限っていやに鋭くツッコんできやがる。

 まさか「実は少し前にラノベのことでめたんだよね~!」なんて正直に言うわけにはいかない。

 

 なにせ陽キャの女帝と呼ばれる河原のことだ。「ライトノベルを読んでいる」なんて秘密は、同居人の南にも隠している可能性は十分ある。

 これは迂闊に口を滑らせたら彼女の逆鱗に触れるぞ。


 どう答えたものかと思案していると、不意に南が思いついたように口火を切った。


「もしかして、河原ちゃんがラノベを落としたこと気にしてる?」

「おまえっ、なんでそれを⁉」

「やっぱりそうかー」


 南があっけらかんとした顔で言うと、それを合図にしたように河原がテーブルに一冊の本を置いた。


 見るとそれはまさに俺が拾ったライトノベルだった。


「なんでこの本がここに!?」

「なんでって、鳥羽氏が職員室に届けたんじゃないの?」

「いや、それはそうだけど……そうじゃなくて!」


 南は「何のこと?」とでも言いたげな顔を浮かべている。

 学校でアンチオタクの代表格のように呼ばれる河原万智が、ライトノベルを読んでるんだぞ?

 普通ならもっと驚くだろ!


「河原さんがライトノベル読んでるってこと、南は知ってたのか……?」

「そりゃ知ってるよ? 同居人だし」

「そ、そうか。俺はまだちょっと混乱してる……」


 それを聞いた河原がムスッとした顔で口を挟む。


「学校でいろいろウワサが流れてるのは知ってるけど、あれ全部ウソだから。鵜呑みにしないでね、わかった?」

「……はい」

「そうだぞー、河原ちゃんはいい子だよ。将来いいお嫁さんになるよ!」

「お前は何の立場なんだ……」


 もはや俺の回答に余地はなかった。

 凄みを効かせた「分かった?」に対して「わかりません!」なんて答えられるわけがない。

 そもそも、どこからどこまでがウワサの範疇はんちゅうなのか分かっていないが、ひとまず「河原は実はいい人」ということにしておこう。


 それはそうとしても、もっと根本的な疑問が残っている。

 俺は来客用に出されたジュースをひと口含んでから、河原に話を振った。


「この前の出来事は何だったんだ。俺がラノベを拾ったときに知らんぷりしてたのは、学校でのキャラを守るためか?」

「まあそれも理由のひとつだけど」

「他にも理由があるのか?」


 学校でのキャラ付けや体裁を守るため以外にも理由が?

 俺が怪訝けげんな顔を向けると、河原は澄ました顔で言った。


「あれ、全部わざとだから」

「はぁ!?」


 わざと = 意図的な出来事……!?

 頭の中で立式してみたが意味がわからん。

 つまり、河原がライトノベルを落としたのも、ライトノベルを拾った俺にケチをつけてきたのも、全部わざとだったと?


 まさかの告白に唖然としていると、南がおかしそうにケラケラと笑った。


「やば、鳥羽氏めっちゃビビってるじゃん。どっきり大成功だね、河原ちゃん?」

「むしろ想像よりも上手くいきすぎて、こっちがびっくりしたくらいだけど」

「ちょっと待ってくれ。あれはだったって言うのか?」

「そうだって言ってるじゃん」


 しつこく確認する俺を軽くあしらうように河原が答える。

 どうやらふざけているわけではないらしい。

 あのハプニングは、本当は計画された出来事だったということか。


「いったい何のために……」


 わざわざ河原がライトノベルを俺に拾わせて、ひと悶着を起こすなんて大掛かりなことをしたのだ。

 嫌がらせというわけでもなさそうだから、それなりの理由があるはず。

 まさか河原が俺にアプローチするためってことは無いだろう。


 すると、俺の問いには南が答えた。


「実はね、あれは鳥羽氏の入居資格を試していたのだよ!」

「入居? 資格? なんのことだよ」

「え、今日は特別寮への入居相談のためにここに来たんじゃないの?」 

「寮……。ああ、言われてみればそうだったわ……」


 ここに来るなり驚くことが多すぎて、すっかり当初の目的を忘れていた。

 そもそも今日は来週から住む場所を急きょ探すためにこの特別寮まで来たんだ。


 俺が本来の目的を思い出したところで、南が揚々と続ける。


「つまりね、この前のラノベドッキリは、鳥羽氏がここに馴染めそうかどうかをモニタリングしてたってこと!」

「あの時からすでに俺の入居審査を始めていたと?」

「イエス!」


 南が調子良くサムズアップを決める。

 こっちがどんな思いで河原と対面していたかも知らないで……。


 そんな不平をこぼしかけたところで、俺の脳内にひとつの疑問が湧いた。

 よく考えれば、河原のライトノベルを拾ったのは数日前。けれど、俺が姉貴から「家を引き払う」と連絡を受けたのは今朝のこと。

 つまり、明らかに時系列がおかしいのだ。

 なんでこいつらが俺よりも先に、家探しと知ってたんだ?


「確認しておきたいんだけど、俺の家の事情をいつから知ってたんだ?」

「先週には先生から鳥羽氏の家族から相談があったって聞いてたよ?」

「その家族から俺が話を聞いたのは今日なんだが……」


 なんで当事者への連絡が一番あとまわしなんだよ!

 犯人は確実に姉貴だ。今度あったときに絶対にしばく。


「それで特別寮に編入させられるか? って先生に聞かれてたんだよね。だから先に入居審査しておこっかって話になったんだよ」

「なるほど、そういうことね……」

 

 俺を振り回し続ける姉貴への怒りがフツフツ湧いているが、俺はそれを一旦こらえて本題に戻す。

 

「とりあえず事情は分かった。だけど、あれが入居審査だったって、何を試されてたんだ?」

「おー気になる? それ聞いちゃう?」

「いや、普通は聞くだろ」


 ただでさえ得体のしれない抜き打ち審査だったのに、評価基準も分からずに落とされたのならたまったものじゃない。

 よく分からない理由で合格させられても困るが。



 南も河原も、俺の表情を伺うように口をつぐんで妙な沈黙が続く。

 え、もしかして落ちたの?


 嫌な予感が頭をよぎった直後、南がやっと口を開いた。


「入居資格は『オタクである』こと。そして、鳥羽氏は審査に合格です! よってここに住んでよし、おめでとう!」


 パチパチパチとまばらな拍手が贈られる。 

 ……なんかよく分からない理由だが、とりあえず入居審査には合格したらしい。

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