本編
2話 入居審査には騙し討ちが多すぎる(1)
『河原万智のオタク狩り未遂事件(仮称)』からはや二日。
例のライトノベルは無事に職員室の落とし物箱に送り届け、河原もあの一件を取り沙汰されるのを嫌っているのか、俺に絡んでくるようなことは無かった。
そんなこんなで
学校へ向かう道すがら、俺はスマホに届いた一通のメッセージに釘付けになっていた。
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来週に家を引き払います。引っ越し先を探しておいてね♡
by お姉ちゃん
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【悲報】俺、高校生にして住む場所がなくなる。
いやいや笑いごとじゃない。
本当に何の前触れもなく、姉からこんなメッセージが届いたのだ。
俺がいま住んでいるのは姉の賃貸。
数年前に共働きの両親が海外転勤になったので、日本の学校に通い続けるために姉の元に転がりこんでいる。
その我が家が、まさかの余命7日宣告。
姉貴のやつ「地元の京都で働くし、高校卒業するまでは住んでていいよ」って言ってたのに!!
周囲が学生のおしゃべり声で賑やかになりはじめ、ふと顔をあげるともう正門近くまで来てしまっていた。
学校に向かいながらずっと電話をトライしてきたが、一向につながる気配はない。
続きは放課後にするか、と諦めてキャンセルボタンに指を伸ばす。
その瞬間、
プツっ――と電話がつながった。
「もしもしねえちゃん⁉」
『あー
えらく間延びした声がスマホのスピーカーから響く。
開口一番に人の神経を逆撫でるなんて、もはや天賦の才能じゃなかろうか。
「どしたー?じゃないよ! 家を引き払うってどういうこと⁉」
『あー急で悪いんだけど来週から東京勤務になっちゃって。今の賃貸は退去することにしたのよ。ごめんね?』
「ごめんねで済ませないで⁉ 俺はこれからどうするのさ!」
『安心して。私の荷物は引越の手配してるから業者に任せちゃっておっけーよ』
「心配してるのは姉ちゃんのことじゃない!」
たしかにそれも気になってたけどそうじゃない。
自分のことはちゃっかり手配して俺のことは放置とか、本当に自由奔放すぎる!
「俺が住む場所はこれから自力で探せってこと⁉」
俺が住んでいるこの京都は学生の町。
そう呼ばれているだけあって学生向けの賃貸はたしかに多い。
けれど、それはあくまで「大学生」に向けた話であり、高校生となると事情が違う。
仮に頭金があっても高校生だけで簡単に家を借りられるはずがない。
『学校にも連絡してるから。附属の学生寮に空きがあれば案内してくれるって』
「空き部屋がなかったらどうなるんだよ……」
『そこはどうにかしてくれるでしょ。とにかく学校側からの連絡待ってて。じゃあわたし急いでるから、切るね!』
「ちょ、待てよ――」
俺の言葉は「テロロン♪」という通話終了のメロディにブチ切られ、スマホのスクリーンは元のメッセージ画面に戻っていた。
一応の事情は把握できたが、肝心の俺の住まいがどうなるのかは宙ぶらりん。
想像したくも無いが、最悪の場合は路上でホームレス生活を始めることになるかもしれない。
そうこう悩んでいるうちに、重厚な正門がもう目の前に迫っていた。
俺は慌ててスマホをスクールバッグにしまって正門をくぐり、姉の言葉を思い出す。
「学校に連絡している」という話が本当なら、先生にも事情は伝わっているはずだ。
だったらまずは先生に相談するしかないか。
そうやって強引に気持ちを切り替え、俺は前を向いた。
*
その日の学校帰り。
俺は職員室の先生から渡された地図を頼りに、市内の中心部から少し離れた住宅街にやってきていた。
「ここ……であってるのか?」
目の前にあるのは4階建てのちょこんとした小汚いビル。
その一階にはビルに不釣り合いなくらいお洒落なケーキ屋さんが店を構えている。
けれど、ここに来た目的はケーキのお使いじゃない。
先生に紹介された学生寮を見学しに来たのだ。
先生にもらった地図と地図アプリを見比べると、どうやら場所はあっている。
ビル1階に備え付けられたポストを見ると、2階に目当ての寮があるようだ。
中に入ってモルタルの階段で2階まで上がっていくと、果たしてその突き当りに大きな木製のドアが現れた。
他にそれらしき扉はないのでここが特別寮の入り口だろう。
インターホンは無さそうなのでやむなく扉をノックする。
「すいませーん」
返事なし。
もうすこし声を張って呼びかけてみる。
「どなたかおられますかー?」
やはり反応は無い。
試しにドアノブを引いてみると、あろうことか鍵はかかっておらずすんなり開いてしまった。
セキュリティがガバガバでもう心配になってきた。
3度目の正直を祈ってとりあえず玄関まで立ち入り、もういちど中の様子を伺う。
「あのー! 誰かいますかー?」
「はいはーい今行きまーす」
ドタドタドタと足音がしたかと思うと、間もなくしてひょっこり女子が現れた。
その子は男と言われると男に見えるし、女と言われたら女にも見えてくる中性的な顔でニコリと笑う。
すこし明るい黒髪は整った耳の形が少し隠れて見えるくらいのショートヘア。ダボっとしたパーカーも相まってボーイッシュな雰囲気を醸し出している。
だけど、彼女は間違いなく女の子だ。
「さっきぶりだね、
俺はこの子を知っている。
俺と同じクラスの生徒で、しかも有名人だ。
高校1年生のときも2年生の今も同じクラスだが、まさか寮生活をしているとは知らなかった。
「ささ、上がって上がって」
俺を出迎えて、南はさっそく部屋へ案内しようと背を向ける。
その服の背中には「宇宙人」という文字が楷書体でこれみよがしに書かれていた。
そう、こういうところが南が有名人たる理由だ。
ちょっと変人という意味で有名人。
……にしてもそのパーカーどこで買ったんだ。
連れられた部屋はダイニングキッチンとリビングがつながった大きな部屋だった。
南はオレンジジュースをグラスに注いでテーブルにコトリと置く。
「適当な席に座ってて。いま他の子よんでくるから」
そして数分後。
南がもうひとりの住人を連れてもどってきた。
緩いリボンに、素足を見せつけるようなスカート丈。
彼女はくすんだ黒髪ボブを揺らして俺の前に立つ。
「鳥羽くん、先日ぶりね」
俺の目の前に現れたのは、あの河原万智だった。
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