57話 決勝戦は熾烈すぎる(2)

「eスポーツ部の大将の子ってだれっ?」

Zaqザックとほぼ互角に戦ってんじゃん!」


 天才プレイヤーZaqが属するチームの優勝は確実。

 そう思い込んでいたのだろう観客たちは、Zaqと互角に戦っている謎の高校生の存在を認めて口々に驚きの声を上げた。


 河原万智の実力はたしかに全国トップレベルに匹敵する。

 けれど、その正体はこれまでどの大会にも出場せずネットでも無名の一介の高校生。

 観客たちが驚き、戸惑い、興奮するのも当然だろう。


 周囲の声援に負けじと北浜さんが大きな声で叫ぶ。


「なんか万智ちゃんのキャラ逃げ回ってるみたいだけど、あれがすごいんだよね⁉」

「たぶん? 解説の鳥羽さんどうですか?」


 河原たちの戦いがハイレベルすぎて理解の域をとうに超えているらしく、ふたりがキラキラした目で俺に説明を求めてくる。

 集中して勝負を観戦したいところだが、ふたりを無下にもできないのでできるだけ簡単な表現でいまの状況を説明してやる。


「いま、相手のキャラは一時的にめちゃくちゃ強くなってるから、河原は攻撃を避けるのに専念してるんです。相手キャラのアイコンの下にゲージみたいなのがあるの分かります?」

「画面の下にあるやつだよね! なんか半分くらいに減ってるけど?」

「それが空っぽになると相手の強さが元に戻るんです。だから河原はそれまで逃げ回って時間稼ぎしてるんですよ」

「なるほど!」


 口では簡単に言えるが、逃げ回り続けるというのは至難の業だ。

 相手から距離を取ろうにも遠距離攻撃に当たる可能性はあるし、ただ逃げているだけではどんどん追い詰められてしまう。


 河原は相手のキャラから一定以上の離れつつ、時には魔法攻撃で牽制。

 追い詰められそうになったらフェイントも駆使してまた逃げる。

 攻撃を当てていないとはいえ、河原は反応速度の早さで有名なZaq選手に読みあいを挑んで翻弄できているわけだ。


「お、相手のゲージが無くなった! ここから反撃かな⁉」

「だな。河原が打って出るぞ」


 南が予感したとおり、相手の反撃モードの終了と同時に河原が接近戦を仕掛けた。

 河原が操るパルテノンは女神のキャラクターなだけあって魔法攻撃が注目されがちだが、実は近接での連続物理攻撃がとても素早いという強みがある。


 近接戦が得意なのは相手も同じだが、強化タイム以外での攻撃力では河原の方が格上。

 逆に言えば、こちらが有利に戦えるのは相手が次の強化タイムに入るまでの数十秒だけだ。


 そのチャンスを河原は逃さない。


『パルテノンの下強攻撃! からの空中上、上、上ッ‼ Zaq選手を逃がさないッ!』


 最初の一撃で敵を空中に吹っ飛ばしたあと、上空で河原が連続攻撃を決める。

 いわゆるコンボ技だが、これを実践でなんなくこなせるのは間違いなく積み重ねた反復練習の賜物だ。


 しかし、それでZaq選手にとどめをさすことはかなわなかった。

 けれど、相手の蓄積ダメージは85%。

 あと一撃でも技をクリーンヒットさせることができれば止めをさせる。


『ここでジャック2回目の反撃モードッ! パルテノンはここを凌ぐことができるか⁉』


 ダメージを蓄積したジャックが再び攻撃力強化を得る。

 思っていたよりも早い展開。

 正直、これは河原にとってかなり不利な状況だ。

 あと一撃でジャックを倒せる一方、おそらく河原もあと一発まともに食らうと倒されてしまう。


 決定的な差はこちらが最後のひとりのプレイヤーなのに対して、相手にはまだ3人のプレイヤーが控えているということ。

 その気になればZaq選手は捨て身で襲い掛かってくることだって十分にあり得る。

 そして、河原もその事に気づいたらしい。


『ここに来てパルテノンも打って出たぁっ!』


 さっきは防戦一方だった河原が逃げを止めて、真っ向からの反撃に転じた。

 会場のすべての人間を置き去りにするようなスピードで、死闘というべき戦いが繰り広げられる。


 地上で、空中で、崖下で。

 殴り、殴られ、蹴り、蹴られる。


 そして次の瞬間、不意に仕掛けたパルテノンのタックルがヒットした。

 ジャックはとっさに身体を捻って吹っ飛ばされた慣性を殺そうともがく。

 その刹那を河原は見逃さなかった。


『爆炎ッッ!!』


 パルテノンが杖をかかげて叫んだ直後、宙を飛ぶジャックの座標その地点に業火の塊がさく裂した。


 ――ドゴンッッ!


 凄まじい爆発音が会場に響き渡る。

 過たず命中した火球はふたりの勝負の決定打になった。

 

『パルテノンがジャックを下したぁぁぁっ!』


 実況が会場中に鳴り響いた。

 河原万智がフードを勢いよく脱ぎ、胸元で堅く握りこぶしをつくる。

 ゲーム画面を見つめながら、興奮を嚙みしめるように歯を食いしばって笑った。


「「「うおぉぉぉぉッ!!」」」

 

 まるで会場そのものが雄たけびを上げたような凄まじい歓声が沸き起こる。

 天才プレイヤーを下した無名の高校生に誰もが熱い視線を送っている。


 そしてここにも熱く興奮している女性がひとり。


「やったよ! 万智ちゃんが勝ったぁぁぁ!」

「浜さん痛い痛い、腕もげるからぶんぶんしないで」


 北浜さんが南の両腕をつかんでめいっぱい上下に振っている。

 嬉しすぎてじっとしていられないんですね、わかるんですけど、南の首までぐわんぐわん揺れてるんでちょっと抑えて⁉


 なんとか揺れている肩を掴んで北浜さんの手から南を解放する。

 

「それにしても河原ちゃん、本当に全国トップレベルって証明しちゃったね」

「完全な1対1じゃなかったけどな。でもZaq選手と同レベルの強さってことは確実だ」

「そんであとは残りのふたりを倒してチームで優勝!」

「そう上手くいくことを祈るしかないな」


 Zaq選手に勝ったとはいえ、団体戦としては依然こちらのチームが不利な状況だ。

 しかも河原は、今の戦いで負ったダメージを残したまま、残りのふたりにも勝つ必要がある。


 もしも今コントローラーを握っているのが自分なら、ここからチームを優勝に導くなんてことは絶対にありえない。

 それは観客の誰もが思っているはずなのに、決勝の行方を見届けようとする観客の視線はステージに集まったまま。

 つまり、誰もがあのZaq選手を破ったプレイヤーなら、ここから逆転優勝することだってありえると期待しているということだ。



 河原の実力は底知れない。

 試合前には、Zaq選手さえ倒せればあとのふたりは問題ないとも言っていた。

 だから、きっと、河原ならここからでも逆転できる。



 そんな誰も彼もの無謀な期待を一身に背負わされて河原万智は奮闘し続けた。

 

 そして、我らが洛中高校eスポーツ部は。


 ――準優勝という結果を得た。

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