56話 決勝戦は熾烈すぎる(1)

『スマファミ京都杯 決勝戦! ルールは5対5のおかわり乱闘、先に相手を全滅させたチームが優勝です!』


 いよいよ決勝戦の火蓋が切って落とされる。

 会場は轟くような声援と拍手に包まれ、観客のボルテージは最高潮だ。


 両チームの準備が終了し、お互いの操作キャラクターがモニターに表示される。

 マッチングを確認していると、横から南の声が聞こえてきた。


「河原ちゃんが言ってた強い選手って3番目だったよね? あのキャラって強いの?」


 相手チームの3番手が選択しているのはジャックという名の青年キャラクター。

 黒い外燈と目元を隠した白い仮面がトレードマークだ。


 キャラクターの強さという質問はいちばん回答に困るのだが、強いて正確に答えるならネットの批評を引用して答える他ないだろう。


「攻略サイトだとキャラの性能は軒並み最高ランク。一撃ごとの撃墜力が低いっていう弱点はあるんだが、スピードの速さとコンボ始動技の豊富さで立ち回りがめちゃくちゃ強いな。あと、反撃モードっていう一時的に攻撃力強化する仕様があるから、玄人が使うとかなり手強いキャラになる。だけど河原が使ってるパルテノンっていうキャラも格付けランクはほぼ同じだから、キャラ性能では差がつかないと思うぞ」


 試合開始を控えたステージの選手たちを見守りながら、ネットの解説内容をそらで言って答える。

 しかし、なぜかそれきり南からの相槌が返ってこない。

 不思議に思って横を見ると、南が口をぽかんと開けたまま俺を見つめていた。


「え、なに?」

「いや、なんか思ってた10倍くらい濃い解説が返ってきたからびっくりして」

「俺も本気で大会出るつもりで勉強してたからな」

「それにしてもめちゃくちゃ詳しくなってるよね? いつも思ってるけど鳥羽氏の暗記力やばくない?」

「2カ月弱あれば全キャラ全技の性能くらい誰でも覚えられると思うが?」

「そう言っちゃう感じが、さすが鳥羽くんって感じだね……」


 南の肩越しに話を聞いていた北浜さんが苦笑いする。

 なんだろうこの雰囲気、前にも同じような状況があった気がするんですが気のせいですかね?


 この話題を続けるのはどうにも居心地が悪い。

 俺はわざと堰を切って強引に話を切り上げることにした。


「ともかく、こんなハイレベルの戦いだと結局は使い手の技術次第だ。しかも5人が連続して戦うルールだから、大将の河原の番になる前にどれだけ相手の数を減らせているかが肝だな」


 強敵であるザック選手は相手チームの3番目。

 並みのプレイヤーが1対1で戦って勝てる相手ではないことは確かだが、複数人で連続して戦えば勝つことは不可能じゃない。

 河原としては不本意だろうが、こちらの最初の4人がかりでザック選手を倒してしまい、残りの敵を河原が一掃するという流れがもっとも可能性の高い勝ち筋だろう。


『試合開始のカウントダウンです!』


 司会が口火を切り、会場全体が声を揃えてカウントダウンを始める。


――5、4、3、2、1、


 ステージ上に両チーム先鋒のキャラクターが登場する。


――Ready Fight‼



 1戦目、こちらの先鋒はeスポーツ部の部長、桜井先輩だ。

 桜井先輩のキャラクターは剣を振り回す接近戦が得意な戦士。

 対する相手は、レーザービームを主力に戦うロボットだ。


 一進一退の攻防が繰り広げられる――と思いきや、そうそうに王手をかけたのは相手側。

 手傷を負わせた戦士を崖際に追い込んで、ステージに戻らせまいと執拗に追撃する。

 

 そしてついに、ロボットが戦士を掴んで遠く場外まで放り投げた。

 単純に放り投げただけなのだが、それだけのことが決定打となる。

 戦士キャラの弱点はジャンプ力が弱いところ。

 懸命にステージに戻ろうと跳躍するも岸には届かず、桜井先輩は敗北した。


 予選とは段違いに早い決着を見て、南が驚いたような声を出す。


「やばっ! もう桜井さん負ちゃった!」

「やっぱり大会決勝レベルだな。相手はちゃんとキャラクターの弱点を知った上で、その弱点を突いた戦い方をしてるんだ」


 1戦目のハイレベルさに感心したのも束の間、続いてeスポーツ部の岩田くんがバトンタッチしてステージに降り立つ。

 彼の愛キャラはとげとげしい甲羅がトレードマークの亀のようなキャラクター。

 ガッツの強い岩田くんらしく、当たれば強力な高火力技を持つことが特徴だ。


 岩田くんはステージに降り立った直後、間髪入れずに敵にジャンプ蹴りでとびかかかった。

 しかし、その蹴りは敵の頭上で空振り。

 とっさにガードで警戒していた敵は守りを解いて反撃に打って出る――否、それよりも刹那早く、岩田君のカメが頭上から急降下。

 直撃を受けた敵は激しい衝撃を受けてあっけなく場外へ吹き飛んでいった。


『見事なフェイントからの一撃が決まったぁっっ!!』


 高揚した実況コメントとほぼ同時に会場から歓声が上がる。

 俺も南も北浜さんも例に漏れず、うおおっ! と声が出てしまう。


「岩田くんやるじゃん!」

「だな! 今のは鮮やかだった!」


 eスポーツ部の存続に一番熱意を燃やしていたのが岩田くんだ。

 そんな彼が優勝に向けた大事な一勝目を挙げてくれたと思うと胸が熱くなる。


 その後も岩田くんの快進撃は止まらない。

 決して無傷というわけにはいかないが、相手の次鋒もそのまま撃破。

 ハイレベルな決勝戦で初めての2連勝に会場から歓声が沸く。


「次がいよいよ河原ちゃんの言ってた相手だね」

「ザック選手のお出ましだ。なんだか俺まで緊張してきたぞ……」


 負けた次鋒とバトンタッチして、ついにザック選手の出番がやってきた。

 仮面をつけた黒いコート姿の青年が鮮やかにステージに降り立つ。

 

 当然無傷のジャックに対して、岩田くんのキャラクターは既に手負いの身。

 団体戦としてはこちらがリードしているが、1対1のこの状況では圧倒的にこちら側が不利だ。


 それでも岩田くんは臆することなく敵に突っ込んでいく。

 一気に距離を詰めて高火力の一撃をぶつけるのが彼の戦闘スタイルであり、キャラクターの持ち味を活かした戦法でもある。

 だが、さすがはザック選手。岩田くんの攻撃はほとんど当たらず空振りが続く。


「なんで⁉ さっきから攻撃がぜんぜん当たってない!」


 北浜さんの目には今のバトル展開が異様な光景に映っているのか、戸惑うような声が聞こえる。

 けれどザック選手の戦い方を知っている俺にとっては、残念ながらこれは想定内の展開だ。


「ザック選手は間合まあい管理の技術が上手すぎるからですね」

「まあい管理?」

「要するに、相手との距離の取り方です。相手の攻撃が当たらないギリギリのところで、自分は反撃しやすい位置をキープするように動き続けてるんですよ」

「そんなことなんでできるの⁉ 相手の攻撃ぜんぶ覚えてるってこと⁉」

「そうです。全部のキャラクターの技とその攻撃範囲を暗記してるんですよ」


 間合管理を実現するには、キャラクターの技と当たり判定――裏を返せば、相手の技が当たらないギリギリの距離はどこまでか――をすべて把握する必要がある。

 その知識自体は座学で身に着けることができるし、俺も2カ月の間に暗記した。


 けれど、これは手で動かして戦う画面内のスポーツ。

 ただ覚えているだけではもちろんダメ。理論通りに身体を動かせないとお話にならない。


 そう説明しようとする前に、南が補足するように口をはさんだ。


「そんで、ザック選手はその知識どおりにキャラを動かせる技術があるってことだよね」

「そういうことだ。だからネットでも天才だのAIだの呼ばれてる」

「うへぇ、それ凄すぎて人間やめてるってことじゃん」


 冗談めかして言うが、疑っているつもりはないらしい。

 南は真剣そのものの目でモニター上の攻防を見つめている。

 

「見てればわかると思うが、ザック選手の反応速度はマジで常軌を逸した早さだぞ」


 言った直後、ザック選手の神業がさく裂した。

 直前まで相手と向かい合っていたはずなのに、一瞬の隙を見つけた瞬間に敵に背を向けながら跳び上がり後ろ蹴りをお見舞いする。


『ここでザック選手の反転空後ッ!!』


 実況が思わず唸り、客席では歓声とどよつきが入り混じる。


「今のなに? よく分かんなかったんだけど?」

「簡単に言うと、空中で一番強力な後ろ蹴りを予備動作なしで放ったんだよ」

「えぇ……速すぎてまったく見えなかった」

「だろうな。ザック選手の反応速度が早すぎるっていうのはこういうことだ」


 次鋒である岩田くんがザック選手の圧倒的な戦闘技術の餌食になり、両チームの残りのプレイヤーは3人ずつ。互角に並んだことになる。



 続く洛中高校eスポーツ部の3番手を、未だ軽傷しか負っていないザック選手が出迎える形で3戦目が始まる。

 しかし、ザック選手は伊達じゃない。両者の実力差は誰の目にも明らかだった。


 洛中高校eスポーツ部は中堅、副将はともにザック選手の餌食となる。


「ザック選手立て続けに3連勝ッ! 洛中高校eスポーツ部はついにラスト1人になります!」


 3人がかりでザック選手に与えたダメージは約50%。

 ダメージ100%がとどめをさす一定のボーダーと言われているので、健闘した甲斐はあったと言える。

 けれど、河原はこれからザック選手を倒したうえで、さらにあと2人にも連勝する必要があるのだ。


「正直、かなり厳しい展開になったな」


 胸の内に溜まる不安をどうにか逃がしたくて独り言ちると、南と北浜さんがそれに続いて口を開く。


「河原ちゃんならやってくれるよ、きっと」

「だね。万智ちゃん強いから」


 ステージ上でコントローラーを握る河原を見ると、フードを被ってゲーム画面を食い入るように見つめる彼女の横顔が見えた。

 予選ではつけっぱなしだったマスクとサングラスを既に外しているのは、本気でこの決勝に臨んでいる気持ちの現れだろうか。


『ついにeスポーツ部最後のひとりが登場です!」


 余裕の表情でジャックが待ち構えている戦場に、河原が操る女神様が神々しく降臨する。


 俺は無意識のうちに合わせていた手をさらにぎゅっと握る。

 どうか河原とeスポーツ部に栄光を。

 

 おそらくこの大会の行く末を決める一戦の火蓋ひぶたが、今切って落とされた。

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