58話 決勝戦は熾烈すぎる(3)
決勝戦の後、ステージでの表彰式もつつがなく執り行われ、これにて選手たちは解散なる。
そのつもりで河原の帰りを待っていたのだが。
『Zaq選手との戦いについて何か感想はありますか?』
『大会への出場は今回が初めてなんですか?』
表彰式の直後、河原たちeスポーツ部は取材に来ていた各メディア陣の囚われの身になっていた。
結果としては準優勝だったが、強豪と呼ばれていた大学サークルを相手に善戦した実力が取材陣の目に留まったのだろう。
そしてもうひとつ、おそらく彼らが取材のネタとして注目しているのは――、
「Zaq選手に勝ったあの子、めっちゃ可愛くない?」
「美女なのにガチゲーマーとかめっちゃ推せる!」
「あの子どこ高校って言ったっけ⁉」
決勝戦で初めて素顔をあらわにした「美人すぎる高校生ゲーマー」こと河原万智の存在。
予選ではずっとマスクとサングラスをつけて顔を隠していたために特に注目を集めていなかったが、決勝でZaq選手を倒した実力とその整った容姿が絶好の記事のネタになると思われたのだろう。
取り囲んでいる取材陣はもとより、その外周を囲むように野次馬している一般客も可愛い女子高生ゲーマーを間近で拝もうと熱い視線を送っている。
だが、当の本人はというと、……露骨に迷惑そうな顔だ。
学校の中でさえゲームの話題で目立つことを避けていたから、こういう注目を集める状況は不本意なのだろう。
おかげで部長の桜井先輩が、取材陣と河原との板挟みになるように受け答えを取りまとめていてめちゃくちゃ大変そうだ。
岩田くんが暴走したときもそうだったが、あの人本当に苦労する役回り多いな。
「河原と合流できるのにまだ時間かかりそうだな。どうする?」
人混みをいったん離れ、南と北浜さんに相談する。
当初の予定では早々に河原と再会して4人でシェアハウスに帰るつもりだったが、この調子だといつまで待つことになるかわからない。
「私は先に帰るから、鳥羽氏は河原ちゃんのこと待っててあげてくれない?」
「うん……、私もそれがいいと思う」
「河原と再会できるまでどうやって時間を潰そうか?」というつもりの質問だったのだが、返ってきたのは意外な答えだった。
ふたりの提案の意図が分からず、俺は訝し気に問い返す。
「このあと何か用事あったか? どうして俺だけ?」
「あー、いや。用事があるっていうわけじゃないんだけど……」
妙に南の返事の歯切れが悪い。
答えを用意していないというより、まるで答えを口にすることを躊躇っている雰囲気。
ますます違和を感じた俺は、その代弁を求めて北浜さんに目を向けた。
すると北浜さんは、珍しく固い意思が籠っているような瞳で口を開く。
「鳥羽君は、私たちの代わりに万智ちゃんのそばにいてあげてほしいの」
「俺が河原のそばに?」
「うん。万智ちゃん落ち込んでる目してたから」
北浜さんは河原がいるはずの人混みの方に物憂げな目を向けて言った。
そりゃ優勝を逃して悔しいだろうなとは想像がつく。
だけど、正直なところ河原がそんな目をしていたことには気が付かなかった。
決勝戦で敗北した時、表彰台で準優勝を告げられた時、取材陣に取り囲まれていた時。
俺も北浜さんも同じ河原の顔を見ていたはずだが、俺よりも河原と付き合いが長い北浜さんだからこそ見えた表情があったのかもしれない。
けれど、だったらむしろ、気づいた北浜さんが彼女の傍にいた方がいいんじゃないだろうか。
「それなら北浜さんが一緒にいてあげてくださいよ。俺、人を励ますのとか苦手なんで」
「知ってる。私の時もぜんぜん励ましてくれなかったもんね」
「その節は大変失礼しました」
俺の答えに反応して思い出し笑いするように、北浜さんはふふっと息を漏らす。
けれどそれも束の間。
北浜さんは、まるで俺の瞳に映った彼女自身の姿を自虐するような目で見つめて言う。
「だけど、だから鳥羽君に頼むの。私だとどうしても励ましちゃうから。万智ちゃんはきっとそんなこと望んでないのに」
「私も同じかんじ。ほらわたしって、ペラペラひらひらした言葉しか吐けないからねえ」
だから、と南が締めくくるように続けて言った。
「私たちの代わりに、そばにいてあげてね」
*
下り線の地下鉄は、寂しさも居心地の悪さも感じさせない程度の乗客を乗せて、始発駅である国際会館駅を出発した。
外から照らしていた白い光が後方に引いていき、暗くなった窓の中に、並んで座る男女の姿がぼうっと浮かび上がる。
励まさなくていいと言われたから。
というわけではなく、ぶっちゃけ何を話せばいいのか分からないので無言が続いている。
河原とふたりで会場から駅に向かうまでの時間も、eスポーツ部と別行動で大丈夫なのか、とか他のふたりは先に帰ったとか、およそ事務連絡にくくられるような会話しかしていない。
南と北浜さんが先に帰った事情くらいは問い詰められることを覚悟していたのに、そんな反応もまったくなく、河原の返事は「あ、そうなんだ」だけだった。
想定していたよりも河原の反応があっさりしていて拍子抜けだ。
無言で居続ける気まずさを誤魔化そうと注意を車内広告にむけていると、吊り広告に目が留まった。今日まさに参加してきたゲームイベントの告知ポスターだ。
同じ広告を見ていたのだろうか、河原の声が隣から聞こえる。
「今日、いろいろ楽しかったわ。ありがと」
「むしろお礼を言うのはこっちじゃないか? 俺の代わりに大会に出てもらったんだし」
「それもそっか」
見上げていた顔を元に戻し、河原は独り言ちるように続ける。
「まあ、負けちゃったけどねえ」
「さすがにあの状況だったからな。むしろあれは健闘だろ」
「結果がすべて、負けは負け。あー、惜しかったわ」
座りながら手を組んで前に伸ばし小さく伸びをする。
車内の他のお客さんの目を気にしてたのか、伸びはコンパクトだ。
「ま、でもいい経験だった。あんたが誘ってくれたおかげね」
「そう思ってもらえたなら何よりだ」
ひとこと以上の受け答えを続けられず、また沈黙が戻る。
それを見越したように社内アナウンスが間を取り持ち、次に到着する駅名を告げる。
減速を始めた電車が少し乱暴に揺れて、隣の肩がコツンとぶつかる。
ドアが開き、けれども新たな乗客を迎えることなくドアが閉まる。
また電車が揺れて、今度は俺の肘が想像していたよりずっと軟で繊細な彼女の腕をコツンとつつく。
「なんで私を誘ったの?」
不意の問いかけに反応が遅れてしまい、意図が伝わらなかったと思ったらしい河原が再び問いかけてくる。
「部活のこと。南に何か言われたから?」
「南に相談されたのは確かにきっかけだったな。けど、俺が誘おうと思ったのはそれだけじゃない」
「へー、南に弱み握られてるんだ?」
「ちがうそうじゃない」
こいつの中で俺の立場どうなってるんだろう。
まさか南の手中でコロコロ転がされているチョロ男だと思われてないだろうな?
ぶっちゃけ、俺が河原をeスポーツ部に勧誘しようと思った決め手の理由は、言ってしまえばただの偽善だ。決して褒められるような理由じゃない。
けれどそれを美辞麗句で飾ったって仕方がない。
「単純にお前の実力を知ってゲームしてる姿を見てたら、eスポーツ部に入ってないのもったいねぇなって思ったんだよ。完全に余計なお世話ってやつだな」
「ふーん」
感情のまるで読めない相槌への反応に困り、口をついて出た言葉に任せる。
「で、この後はどうすんだ。部活には入るのか?」
「やっぱり――。」
河原の言葉はそこで止まり、開いていた口が静かに閉ざされる。
そして仕切り直すように改めて口をひらく。
「そもそもeスポーツ部が続くかどうか分かんないしね」
「優勝できなかったからか? それでも準優勝だ。実績っていう意味では十分だろ」
その前提での質問――もし部活が続くならどうしたいんだ? という問い――は、電車のアナウンスに遮られてそれきりタイミングを逃してしまった。
いつの間にか数駅の発着を経て、次はシェアハウスの最寄り駅だ。
暗闇を抜けて電車がホームに進入し、窓の外から光が差し込んでくる。
まだ減速を続ける車内で、河原は一足先に席から立つと、俺を見下げてニイッと口を開いた。
「とりあえず憂さ晴らしに、今夜は私の相手してよね?」
もちろんゲームの相手、だよな?
なんて野暮な受け答えはせずに、俺は「おう」とうなずいた。
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