44話 後輩の頼みは魔性すぎる(3)
「ちなみにだけどさ。なんで協力してくれるのか聞いてもいい?」
バスの車窓に広がる藍色の景色を眺めていると、ふと窓越しに南が話しかけてきた。
そこに隠されている言葉は聞かずともわかった。
なぜeスポーツ部の部員探しに協力するのか、さらに河原万智を勧誘することに協力してくれるのか、ということだろう。
もちろん最初のきっかけは河原への貸しを返すためだったわけだが、今やそれでは説明できないほどに俺は首を突っ込んでしまっている。
そこまでしようと思った動機はなんだろうか。
なんとなく曖昧だった動機を小さく小さく丸め込んで、どうにか言葉の体を成した答えを窓に向かって話す。
「エゴ、だな」
「それ詳しく」
「やけに食い気味だな」
「女の子に責められるのもたまには気持ちいいでしょ?」
「軽口はTPOをわきまえて言おうな?」
口先だけで茶化しあいながら、今しがた口にした答えの要素を頭の中で分解していく。
なんで、縁もゆかりもなかったeスポーツ部の支援をしようと思ったのか。
なぜ、既に入部を断られている河原万智の部活への再勧誘を手伝おうと思ったのか。
今回に関して俺がやろうとしている行動の後ろ盾はどこにもなく、ただ単に俺の動機だけが行動原理というしかない。
その答え方に迷っていると、たいして間もおかずに南が口を開いて催促してきた。
「それで、なんで?」
まるで有耶無耶にされるのを嫌がるような、はっきりと聞きとれる問いの言葉。
話題が流れていかないように、なにか引き留めるような余裕のない声音に違和感を抱きながら、俺は少しずつ組みあがってきた答えを口にする。
「前と一緒だよ。eスポーツ部の現状を聞いて一緒に戦いたくなったんだ」
「共闘?」
「だな。本気で取り組んでる人たちが貶められているのを見てみぬふりしたくなくてさ」
「じゃあ河原ちゃんの勧誘は? どうして?」
「それは……なんていうか」
続けようとした答えが我ながらロクでもないなと思えてしまって言葉を詰まらせる。
けれど、今度の南は催促の言葉をかけてこない。
窓に映る彼女を見ると、その目は遥か向こうの景色を眺めたままでいた。
それが彼女なりの配慮なのかどうかは分からないが、俺は独り言のつもりで再び口を開いた。
「あいつがeスポーツ部でゲームやってるのが、なんか似合ってるなって思ったんだ。あと、なんとなく実は入りたいんじゃないかって思ったのもある」
「それ、どっちもちゃんと誰かのためってことじゃん」
南はうんと頷くと窓から目を離して前を向いた。
それからおもむろに俺の方へ顔を向けて口を開く。
「なのにそれをエゴって自分で言っちゃうのが鳥羽氏らしいね」
南がそっと頬を緩ませて大人びた笑顔を俺に向ける。
それでなぜだか、幼稚なわがままを勘違いで褒められてしまったような気まずさを覚えて、思わずくだらない言い訳が口を突いて出てしまう。
「実際そうだろ。もともとeスポーツ部からお願いされてたわけじゃないんだし、河原に関しては完全に余計なお節介だ。あいつからしたらミイラ取りがミイラになって帰ってくるんだ。とんだB級ホラーだぞこれ」
「そうやって自分をヒーローにしたがらないところも鳥羽氏らしい」
俺を見つめたまま、南がふふっと息を漏らす。
その瞳にはたしかに俺が映っているのに、なぜか彼女の目はどこか遠いところを見ているような気がした。
「人助けって、結局エゴなんだと思うよ。どれだけ相手のためだって理由をこしらえたって、それが本当に相手のためになったのかどうか分かるのは結果論なんだし」
そして南はすっと目を伏せ、また前に向き直ってからぽつりと続けた。
「だからエゴで動けない私は、君を頼っちゃうんだろうね」
哀愁に満ちた独り言のような言葉。
いつも調子よくて変人で節操がないあの女の子からは想像もつかない脆い響きが、俺の胸の内側をそわそわと揺さぶった。
けれど、繊細なガラス細工を撫でるような気の利いた言葉なんて持ち合わせているはずもなく、俺はただ彼女の独白を理解していない道化を演じることしかできない。
そんなピエロのショータイムは、バスの停車ベルによって終了を告げられた。
「次、止まります」というアナウンスに促されてバス前方のモニターに目をやると、シェアハウス最寄りのバス停が表示されていた。
降りる準備をすべくかばんを手に取ろうと視線を戻すと、南の表情はけろっといつものひょうきんなそれに戻っていた。
南がぱんっと両手を合わせて口火を切る。
「さーて、シェアハウスに戻ったら作戦決行だね」
「作戦? 何の?」
「河原ちゃんをeスポーツ部に勧誘するための作戦だよ」
「おい待て、聞いてないぞそんなの」
「だよね。だってまだ言ってないし!」
「お前なぁ……」
南が呑気にサムズアップするのを見て、思わず頭を抱えたくなる。
この期に及んでまたややこしいことを考えてるんじゃあるまいな……。
「で、どういう作戦?」
「めっちゃ簡単よ! まず鳥羽氏がeスポーツ部のために大会に出るからゲームを教えてほしいって河原ちゃんに頼むでしょ」
「それで?」
「すると河原ちゃんが鳥羽氏と一緒にゲームしているうちに、自分が大会出たいなーってうずうずしはじめます」
「……もしそうなったとして?」
「そこで大会登録まだ間に合うから代わりに大会出なよ! って持ちかける!」
「めちゃくちゃ楽観的なシナリオだな……」
十中八九そんな上手くいくとは思えないが、かといっていきなり「お前もeスポーツ部員にならないか?」なんて2度目の勧誘をトライしたところで確実に断られるだろう。
いくら「素晴らしい提案をしよう」と持ち掛けても、根本的に価値基準が違うのであれば無限に断られ続けるだけだ。
「実際、言うは易く行うは難しだろうな」
「でも確率0%とは思ってないから引き受けてくれたんでしょ?」
「まぁな。前にシェアハウスで話したとき、いつもの河原にしてはキレが悪いなって感じたし」
「おー鳥羽氏も河原ちゃんのこと分かってきたんじゃない? あの子、本当に嫌ならもっと容赦なくズバッと断固拒否してたと思うんだよね」
「それは同感だ」
南がeスポーツ部に勧誘していたとき、言葉でこそ明確に断られてはいたが、そこに一種の迷いや諦めのような響きが混じっているように聞こえたのだ。
人間には現状維持バイアスなるものが存在するという。
要するに、人間は本来的に変化を恐れて
だからこそ、誰かに背中を押してもらうだけでトンと一歩踏み出せる可能性だって大いにあるはず。
いよいよバスが目的地に近づいてグンと減速を始めた。
慣性で前のめりになる身体を支えるため、ぐっとつり革を手で握りこむ。
シェアハウスに帰ってしまえばいつどこで河原の耳に入るかわからない。作戦はいまここで決めるしかないだろう。
最後に襲ってくるバス停車の揺れに耐え終え、俺はカバンを背負い直して口を開いた。
「大まかな方針は南の作戦にのっかりつつ、声掛けのタイミングとか話の持ち出し方は状況次第で判断する、っていうので進めてみるわ。それでいいか?」
「もちのろーん! 私は適宜ジュースの差し入れとかで応援するね!」
「……ならたまにはオレンジジュース以外も頼むわ」
すっかり人がいなくなったバス車内を歩きぬけて前方の扉から下車する。
ふたり降り立ったバス停から見上げる西の空。
そこにはぽつんとひとりぼっちの宵の明星が浮かんでいた。
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