65話 祭りの夜にはつい語りたくなる(3)
「私もきっと本気でゲームと向き合う覚悟が持ててないんだと思う」
その言葉が彼女自身の口から出たのはかなり意外だった。
少なくとも俺が知る限りでは、河原万智ほどテレビゲームを愛し、ゲームを究めている人物は周囲にはいない。
俺に言わせてみれば河原万智は立派なゲームオタクだ。
その真意が知りたくて、俺も立ち上がって続きの言葉を待つ。
それを待っていたのか、河原は一歩踏み出しながら口を開いた。
「今にして思えば、あの決勝のとき、というより大会のあいだずっと私は本気を出し切ってなかった。慣れない格好なんかしちゃってさ。きっとそんなことに気を取られてたから勝てなかったのよね」
着るものひとつで大袈裟な。とは思わない。
例えばスポーツだと一流のアスリートはルーティンを大事にすると聞く。
身体の動かし方もそうだが、ユニフォーム、道具に至るまで、できるだけ普段の練習と同じ条件で本番に臨む。
そうすることで余計な緊張を排除して最大限のパフォーマンスを発揮しやすくなるという。
それを考えると、大会で身バレのためにマスクやサングラスをつけていたことはルーティンとは真逆の行為だとも言える。
「けど、それは身バレを防ぐためだったんだろ。公の場だったしそれは仕方なくないか?」
「その身バレを気にしてる時点でダメなのよ」
歩いて休憩所を離れ、御神水の注がれていた茶器を返却台に戻す。
後ろを振り返ると御手洗池の方には人の姿はない。
どうやらかなり長く居座っていたのか、俺たちで最後らしい。
「前から気になってたんだがその身バレって誰に対してなんだ? 学校で知られるのはそんなに気にしてないみたいだったし」
答えは直ぐに返ってこなかった。
ざり、ざり、ざりと砂利を踏みしめる音だけを聞きながら池を離れ、本殿の背にして帰路を行く。
鳥居の向こう側を見ると屋台の灯りはもう消えて、代わりに白々しいLED電灯の光が目立っていた。
祭りはもう終わっているらしく、露店は店じまいを始めている。
「気にしてるのは親」
鳥居をくぐる直前、河原がぽつりと言った。
求められている反応が分からなくて、意味のない相槌を打つ。
「家族か」
「もっと正確に言うと母」
家庭の事情となると、よそ者が下手に詮索していい話じゃない。
それ以上こちらから聞くのは
だから今は黙って河原の後を付いていく。
「
「浴衣の着付もそれで知ってたわけだ」
「そういうこと。他にも茶道、ピアノ、バイオリン、習字、あと家事全般はもちろん」
「ラノベのチート主人公か何かか? 花嫁スキルもカンストしてるぞ」
「当たらずとも遠からずかも。本気でそのつもりで育てようとしてるっぽいし。だから、逆にゲームとか漫画とかそういう娯楽はいっさい触らせてもらえなかった」
河原がカツンと下駄で蹴飛ばした小石が、石橋をコンコンと跳ねてちゃぽんと川に落っこちた。
「でも反抗期ってあるじゃん。たぶんそれもあって、中学1年の時に内緒でおばあちゃんにゲーム機買ってもらって始めたのがゲームにはまったきっかけ」
「中1でゲーム始めてあんなに強くなれるのか……。親の目を盗んでそこまでやり込むなんて凄いな」
「というより、やり込むために実家を出てシェアハウスに来たのよ」
参道が途切れ、交差点に出て立ち止まる。
右には曲がればすぐにシェアハウスに着く。
けれど、河原はそこではない脇道を選んでまた歩き始めた。
もちろん俺もそれ続く。
「母は地元の有名校に行かせようとしてたけど、とにかく実家から通うのが嫌だった。だから、通学が難しい距離で、かつ親が認めてくれそうな有名な私立校を探してここに来たってわけ」
「でもそれで一人暮らしをするのは許してくれたんだな」
「ぜんっぜん簡単じゃなかったわよ。いろんな条件のまされたんだから」
「例えば?」
「まず寮生活は必須、成績上位は当たり前、3年間で人脈をきちんと広げること、あと生徒会もしくはそれに準じる委員会に参加することとか」
河原の口からとんでもない条件がつらつらと語られる。
ここまでくると、もはや親の期待というより
そしてそれを本当にこなしている河原には脱帽だ。
こいつが風紀委員会に入ってるのもそういう理由だったわけか。
「あと部活は芸術系か体育会系だけ許可するって」
そのひと言は決定的な告白だった。
河原が散々と悩んでいる理由はこれなのだと直感する。
「そうなのか」
「そうなのよ」
また夏は始まったばかりだというのに、参道の立木からカナカナカナとヒグラシの涼しい声がする。
俺は親が何かを束縛してくるようなことはなかった。
自由にしろと言いながら期待は押し付け、そして失望するだけ。
そんな環境で育ったから、河原を縛っている親の存在がどれほど強固なものなのかは分かりきらない。
家庭にはそれぞれの事情がある。
そこをよそ者がどうこう言える義理はない。
だからこそ、俺が相談に乗れるとすれば、それは河原自身の気持ちについてだ。
「正直、親との約束を破るリスクがどうなのかは分からん。だからそれを度外視して身勝手なことを言うけどさ」
小さく「うん」と返ってきたのを聞いてから再び口を開く。
「迷ってるってことは、それでもeスポーツをやりたいって気持ちがあるってことだろ」
「それは否定しない」
「だったら部活に入ってほしい。じゃないと後悔するだろうし、お前が後悔してるところは見たくない」
「鳥羽は後悔してるんだ」
返す言葉は出なかった。
出任せだとしても口にしてしまうと心が決まってしまう気がしたから。
その無言をどう捉えたのかは分からないが、歩いてきた脇道が本流の参道に交わったところで足を止め、河原はその場で振り返った。
「ほーんと自分勝手な言い分ね」
「だから最初に言ったんだよ」
電灯に照らされた河原は、いつもどおりの呆れ顔をしていた。
そんな顔で聞かれていたかと思うと、自分で言ったことが小っ恥ずかしくなって、わしゃっと頭をかく。
顔が火照ってるな。
いっそ御手洗池に戻って頭から水をぶっかけて冷ましたい。
参道の終わりはすぐそこだ。
これ以上まっすぐ歩くとどんどん家から離れてしまう。
「戻ろっか」
河原はそのまま道を引き返すように歩き始めた。
俺も踵を返し、今度は肩を並べて一緒に歩く。
参道の方はきちんと電灯が整備されていて、夜闇を打ち負かすような白い光が道を照らしている。
「やっぱり部活、やろうかな」
河原のひとり言に、俺は相槌を打つ。
「なら俺にできることは手伝う」
「そんなに大口叩くと、本当に当てにするからね?」
「借りがあるからな。どっちみちその分は返すよ」
それはもう返してもらったんだけど。
そんな風に聞こえたひとり言は忘れて、俺は河原が奏でる軽快な下駄の音色に耳を澄ませていた。
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