51話 ネット対戦は熱すぎる(1)

 事前に示し合わせていた時間になり、指定されていたIDとパスワードを入力すると、eスポーツ部たちとのインターネット対戦部屋に入ることができた。


 画面に表示されているアカウント名は全部で5人分。

 全員が偽名を使っているので誰が誰なのかはさっぱり分からないが、eスポーツ部側は部員の4人全員が参加すると聞いていたので既に先方は揃っているのだろう。


 ちなみに河原はインターネット対戦には参加せずに俺の隣でオレンジジュースを飲んでいる。

 あくまで観戦と俺へのアドバイスに徹するつもりらしい。


『対戦しましょう』


 画面の右上にSNSアプリの吹き出しが表示された。

 相手側からのメッセージだというのは分かるが、いかんせん初めての経験なのでどう対応すればいいのかが分からない。

 ということで、さっそく横に座っているコーチのヘルプを求める。


「これ、どうしたらいいんだ?」

「画面の真ん中が闘技場のリングみたいになってるでしょ。そこに自分のアイコンを移動させればいいのよ」

「なるほど?」


 言われた通りに自分のアイコンを選択して画面の真ん中に置いてやる。

 すると間もなく試合開始の合意を求めるメッセージが表示された。

 OK を選択して試合開始のカウントダウンを待つ。


 果たして、河原にレクチャーを受けたこの1か月の練習の成果や如何に。

 試合開始のゴングと共に、俺はコントローラーをぐっと握りしめた。 



 eスポーツ部の部員と1 対 1 のバトルを4連戦で行い、一度ブレイクタイムを挟むことにした。

 緊張と興奮で喉はカラカラだ。残しておいた南のオレンジジュースを一口あおる。


「今のバトルどうだった?」

「気持ちいいくらいにボコボコにされてたわね」


 河原にヘッと鼻で笑われる。

 まあそれも仕方ない。自分でも笑いたくなるほど、けちょんけちょんにやられっぱなしの4連戦だったからな。

 それにしてもeスポーツ部の人たち、マジで容赦ない。


「コンピューター相手ならそこそこ戦えるんだけど、対人戦となると上手くいかないんだよなぁ」

「まあ人間相手だとも必要だからね」

「読みあいか。河原はどうやって相手の動きを読めるようになったんだ? 何かコツとかあるのか?」

「ない。経験と勘」

「急にアドバイスが大雑把すぎませんか……」


 一定のレベルに達するまでは、知識の定着や定型的な操作方法の反復練習でどうにかなった。

 例えば、全部のキャラクターごとの技の種類をすべて把握し、その攻撃判定がある範囲も頭に叩き込み、コンボがつながる攻撃の出し方は同じ操作を何度も繰り返すことで指に覚えさせることができた。


 けれど、結局のところ本番で戦う相手は人間。

 相手がプログラムされた機械ではないからこそ、心理戦、つまり駆け引きが生まれるわけだ。


 先が思いやられると実感して浅くため息をつくと、河原が「でも」と口を開いた。


「私と戦ってるときはもうちょっと善戦してたじゃない? それこそ私の動きを読んでるみたいなフェイントもかけてきてたし」

「それは俺がお前の癖を覚えちゃってるからだな」

「え、まだ数回しか戦ってないのに? なにそれキモイ」


 河原がジトっとした目を向けてくる。

 最初はフォローしてくれるのかと思ったのに、なぜかもっとけなされてた。

 俺の努力の成果を「生理的に受け付けない」みたいに反応するのひどくない?


「たしかに直接対戦したのはまだ数回だけどさ、お前の貸してくれたアミーボウを相手に毎日練習してるからな」

「あーそういうこと。私の動きをまねたコンピューターと戦ってるから私の動きには慣れてきたってことか」


 この1か月間、俺は、河原が自分の動きを学習させたアミーボウを相手に何百戦も練習してきた。

 人間の動きを覚えたAIとはすごいもので、コンピューターのくせに、まるで河原本人を彷彿とさせる変態的な挙動を完璧に再現できるのだ。

 おかげで俺はこの1か月で河原との模擬戦を何百回もこなしたような経験値を積むことができた。

 とはいえ、それくらいではまだ河原の実力には遠く及ばないんだが。


『二回目、はじめましょうか』


 画面にまたメッセージが表示される。

 5戦目以降も俺がサンドバックされる未来は分かり切ってるが、せっかくのインターネット対戦をたった4戦で終えるなんてもったいないことはしていられない。


 試合のカウントダウンが始まる。

 さっきよりもじっとり湿った手の平でコントローラーを握りなおした。



「ほんとに『惨敗』がぴったりの負けっぷりね」

「2次元でボコボコにされた人を3次元でも叩くのやめてくれ……」


 4連を終えて、もう一度ブレイクタイム。

 飲み干したオレンジジュースの代わりに、河原が持ってきた麦茶をコップに注ぎながら俺は苦笑いを浮かべる。


「河原と戦う時もそうなんだけどさ、相手から連続攻撃を食らうとすぐに負けちゃうんだよな」

「連続攻撃ねぇ。ちょっとコントローラー貸して?」


 言われた通り俺のコントローラーを手渡すと、河原コーチは、なにやら自分と俺のコントローラーを見比べるように顔に近づける。

 そして「なるほど」と微かに呟くと、俺にコントローラーを返しながらジト目を向けた。


「コンボ抜けの練習してないでしょ」

「え、なんでわかったんすか……」

「コントローラースティックの軸が全然傷んでないから」

「なにその分析、職人か何かなの?」


 軽口で答えるが、そんなものでごまかしは利かず河原が鬼コーチの形相を向けてくる。

 密室でふたりきり。ホラーゲームだったら完全に詰んでるじゃん。


「なんで練習してないの? 怒らないから言ってごらん?」

「それ絶対おこるやつ――」

「いってごらん?」

「すみませんコンボ抜けの重要さが分かってません」

 

 河原コーチの圧に負けて正直に白状する。

 練習していない理由を美談にしようとも思ったが余計に自分の首を絞めそうなので諦めた。

 どんな怒りの鉄槌が下されるかとビクビクしていると、存外にも河原はぽかんとした表情を浮かべている。


「なにその反応」

「いや、なんか鳥羽にしては珍しいなって思って。コンボ抜けのテクニックとかネットの動画見て勉強してると思ってたから」

「そういう動画は見たことあるんだけどさ、上手い人の対戦動画ほどコンボ抜けを決める瞬間があんまりなくて実戦でのイメージが湧かないんだよ」

 

 実際、「脱初心者のための基本テクニック10!」みたいな動画はあらかた見たので「コンボ抜け」という技術自体は知っている。

 けれど、バトルのイメージトレーニングとしていつも見ている実力上位のプレイヤーの対戦動画では、上手すぎてコンボ抜けしたのかが分からないのだ。

 そのうえ、動画に映っているのはあくまでテレビ画面の映像だから、コントローラーを操作する手元の様子も分からない。

 

「言われてみればたしかに、高レートになるとそもそも攻撃を受けないからコンボ抜けを使う瞬間が少いのよねぇ。盲点だった」


 言いながら、自分のコントローラーをにぎにぎしている河原。

 いかにも自分がプレイしたいという気持ちが顔からにじみ出ている。

 eスポーツ部という実力者を目の前にして、ゲーマーとしての闘争本能が目覚めたのかもしれない。


『三回目、はじめましょうか』


 ちょうどその時、試合開始のメッセージが届いた。

 同時にあることを思いついた俺は、河原に何気ない調子で提案する。


「河原、次の試合、俺の代わりにプレイしてくれないか?」

「え、いいの?」


 返ってきた答えが「なんで?」じゃなくて「いいの?」だったので、思わず口元が緩んでしまう。

 友達がゲームをしていると自分のやりたくなるという話を聞くが、河原も例に漏れずそうだったらしい。

 俺の表情を見て河原も遅れて自分の発言を自覚したのか、ばつが悪そうに目を逸らす。


「もうちょっと休憩したいし、コンボ抜けを実演してもらうのにもちょうどいいかなって思ってさ。頼むわ」

「……そういうことなら、わかった」


 河原はさっそくコントローラーを切り替えると、河原は自分の持ちキャラである女神様を選択した。

 操作スピードが鮮やかすぎる。どんだけゲームしたかったんだこいつ。


 eスポーツ部側にこちらの中の人が交代することは特に伝えなくていいだろう。

 だって、そもそもこれが本当の狙いなのだから。


 河原をeスポーツ部に勧誘する。

 その本来の目的を果たす絶好のタイミングが到来したのだ。

 俺は心の中で王手を掛けながら、河原 vs eスポーツ部の1戦の開幕を静かに見守った。



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