12話 予行では前途多難すぎる(1)
『涼宮ハレノヒの直観』は9年ぶりのシリーズ最新刊だ。
物語は不思議な力を持つ女子高生・涼宮ハレノヒが結成した部活動を中心に進んでいく。
そこに加入させられた男子高校生の日常と超常現象などのSFが組み合わされたストーリーだ。
シリーズ人気は圧倒的で既に全世界シリーズ累計2000万部を超えていて、ライトノベルでもっとも成功した作品のひとつだと言われている。
ここまでが物語本編の紹介に入る前の簡単な作品紹介になる。
そして――、
「ちょっとタイム! あんたその原稿あと何ページあるの⁉」
プレゼンの次章に入ろうとしたところで、慌てて河原が遮ってきた。
これからが本題だっていうのに話の腰を折るとは何事だ?
不満を胸のうちに秘めながら俺は手元の原稿用紙をぺらぺらめくって数をカウントする。
「原稿はあと20枚だ」
「書きすぎでしょ!? しかもめっちゃ内容細かいし……」
「これでも内容を絞った方だぞ?」
「いいから、ちょっとそれ見せて」
差し出してきた手にしぶしぶ原稿を渡す。
河原はそれにさーっと目を通すと、そのまま「どう思う?」と南に横流しした。
いや、原稿返して? まだプレゼン冒頭なんだよ?
審判のジャッジのタイミング早すぎない?
「これ、プレゼン原稿じゃなくてもはや論文かレポートって感じだね」
「同感。なので鳥羽の発表は一旦パスね」
「ええ理不尽……」
まさかプレゼン開始1分でテクニカルジャッジをくらうとは。しかも判定不合格。
選考基準があったなら、ちゃんと応募要綱に書いておくべきじゃない?
不満たらたらな顔で抗議していると、ようやく検閲を終えた原稿が俺のもとに返ってきた。
「鳥羽氏って一回ハマると異様なこだわりみせるよねぇ」
「それ褒めてる?」
「皮肉だよ♪」
「なんで嬉々として言う⁉」
たしかに好奇心のツボに刺さるとつい没頭してしまう性ではある。
今回もハレノヒについて調べるほど情報がわんさか出てきて、あれもこれも原稿に詰め込んだからな。
まあ気合いを入れて原稿をつくったのが裏目に出たんだが。
「そもそも今日は浜さんの練習なんだし。鳥羽の原稿は参考資料としてまた後で読むってことでいいでしょ?」
そう言って河原は視線を北浜さんにすっと移す。
つられて目をやると、北浜さんは机の上の原稿に目を落として肩をしょんぼり下げていた。
「北浜さん? なんでそんなに元気ないんですか?」
「だって鳥羽くんの内容すっごいレベル高いんだもん。なんかこれと比べられると思うと……」
まさか俺が気合を入れすぎた弊害がこんなところにも。
すると、萎縮している北浜さんに南が声をかける。
「まあまあ、鳥羽氏はただのオタクだから気にしない方がいいよ?」
「それは北浜さんのフォローが目的? それとも俺への皮肉?」
「うーん、50:50?」
「おいちょっと面貸せやコラ」
南の意図を汲んでいつもより大げさに切り返す。
これで北浜さんの気が少しでも紛らわせればいいが。
「やっぱり出直してきます」
作戦失敗。ぜんぜん効果なかった。
北浜さんはこの場から撤退すべく椅子をズズズと引いて腰を浮かせる。
だが、河原がその腕をがっちりホールドして引き留めた。
河原の顔に般若が重なって見えるのは俺だけ?
「あのね、今日はそもそも浜さんのための会なんだけど?」
「こわい! 万智ちゃん怒らないで!?」
「怒ってない怒ってない。ちょっと機嫌が悪くなってるだけ」
「それ怒ってるじゃん!」
河原は口角をにっこり上げて笑みを浮かべているが、肝心の目が笑っていない。
執行猶予付きのガチギレ5秒前って感じだ。
そんな河原の腕を振りほどく勇気はなかったのか、北浜さんは諦めた様子でストンと椅子に腰を下ろした。
けれど、どうやらまだ決心はついていないらしい。
自分の原稿用紙を穴が開きそうなほど凝視して、うーと呻きながら眉間にしわを寄せている。
お願い、黙らないで北浜さん!
あなたが今ここで黙ったら練習会はどうなっちゃうの⁉
ライフはまだ残ってる。いますぐ話せば河原は満足するんだから!
「はーやーくー」
「はいぃぃ」
あわや闇のデュエルが始まってしまうかと思ったが、鬼の形相の河原に急かされて北浜さんはようやく決心したようだ。
「じゃあ、発表始めます……」
そうして北浜さんのプレゼンが始まった。
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