13話 予行では前途多難すぎる(2)
「私のプレゼンを始めます……」
出だしこそ頼りなかったものの、北浜さんのプレゼンはすらすらと流暢に進んでいった。
プレゼン全体の時間は長くも短くも感じさせずちょうどいい塩梅。
そのまま「ご清聴ありがとうございました」と結びの言葉でプレゼンを締めくくった。
パチパチパチと全員で拍手を贈る。
「意外とちゃんと書いてるじゃないですか。南もそう思ったでしょ?」
いの一番に感想を口にしたのは河原。それに南が続く。
「私もいい感じだと思ったよー。私ならもっと奇抜な表現を入れたくなるくらい」
「じゃあ私ももっと工夫した方がいいかな……?」
「やめといた方がいいです。南のアドバイス聞いたらプレゼンじゃなくてポエムになりますよ」
北浜さんがあわや道を踏み外しかけたので慌てて止めた。
南監修のプレゼンなら一部の感受性が高い人にはぶっささること間違いなし。
だけど、南のセンスはよくも悪くも人を選ぶ。
少なくともプレゼン初心者が踏み込んではいけない魔の領域だ。
「そーいう鳥羽氏の感想はどうなのさ?」
「俺は、そうだな……」
正直思うところはいろいろとある。
けれど、河原も南も手放しで賞賛しているので、この穏やかな雰囲気をぶち壊すのは流石に気がひける。
うーん、どこまで口にしてよいものか。
「えっと、思ったことそのまんま言っていいですか?」
「厳しく言われると悲しくなるからお手柔らかに……」
「別にダメだしするつもりはないですど」
お手柔らかにと言われてもどう言えば柔らかくなるのか分からん。
そもそも女の人の相談に対して建設的なアドバイスを返してよかった試しがない。
ともあれ、女性の相談はいわば二者択一の旗揚げゲームだ。
心の眼を凝らして相手が挙げている旗色を見抜き、同じ色を挙げることができるかどうかが試されている!
「話の流れもプレゼンのボリュームもいい感じだと思いましたよ。紹介の仕方とかまるで流行ってる映画の告知かと思うくらいキャッチーでした」
「え、ほんと? 嬉しい!」
河原と南の評価を汲んで肯定的なコメントを送ると、北浜さんは頬をほころばせて喜んだ。
やっぱり、これこそ北浜さんの望む正解の答えだ。
ここでスマートにコメントを終えておけば、北浜さんはきっと気分よく本番のプレゼンに臨めるだろう。
だけど俺にそんな器用なことができれば今まで苦労していない。
余計な一言かもしれないと思いながら、どうしても本音を付け加えてしまう。
「ただ……前に北浜さんが本のことを話してた時の方が生き生きしててよかったとも思いました」
「え……?」
突然の否定的なコメントにショックを受けたのか、北浜さんの表情が強張ったまま固まった。
河原も意外そうな目をこちらに向けている。
対して南は「やっちゃったかー」とでも言いたげな顔を俺に向けてきた。
俺が「すまん」と目でふたりに謝ると、助け舟を出すように南が口を開いた。
「いやいや、鳥羽氏の論文みたいなプレゼンの方がよっぽど生気なかったけど?」
「そうね、鳥羽の感性がイってることはよくわかったわ」
「途中で原稿取りあげられたのに死体蹴りまでするってひどくない⁉」
南と河原のディスりに軽口で返してなんとか空気を持ち直させる。
さらに河原が続けて場を仕切りなおすように言葉をつないだ。
「私は浜さんの内容でいいと思うよ。今回は図書委員の中での推薦プレゼンなんだし無難な感じがウケるんじゃない?」
「そう、だよね……」
ポジティブな総評を聞いて、暗く不安げだった北浜さんの表情が少し明るくなる。
「実はね、わざとラノベの紹介っぽくならないように考えたの。周りにラノベ好きな子いないから、その方が聞いてもらいやすいかなって思って……」
「そういう作戦なら狙い通りじゃない? あとは本番でも緊張せずに喋ることくらいね」
「いっそここで本番できないかなぁ」
「それは無理です。図書室で頑張ってきてください」
「はいぃ……」
表現こそ突き放すような言い方だが、そこには北浜さんの背中を押すような温かみが籠っていた。
なんだかんだ河原は北浜さんが好きなんだろう。
おかげで最後は和やかな雰囲気に戻った。
北浜さんは「プレゼン本番は絶対に見に来ないでほしい」というお願いを最後に言い残し、この場は解散となった。
*
北浜さんと河原がふたりで出ていったあと、リビングに残っていた南が声をかけてきた。
「ねぇ、鳥羽氏さ」
「なんだよ」
ぶっきらぼうに返した俺の顔をテーブル越しに見つめてくる。
「本当はもっと何か言いたかったんじゃないの?」
「いやに鋭いな」
「じゃあ私に言ってみな? ほらほら~?」
食い気味に煽ってくるので反射的にムッとした表情で返したが、実のところ南が厚意で言ってくれていることは分かっている。
しかも、さっきあの場を取り持ってくれたのは他でもない南だ。
その恩もあるので無下にはできない。
「北浜さんのプレゼンは妥当な内容だったと思うし、広く一般に向けた紹介っていう目的には適ってたと思う」
「だけど何か引っかかったんでしょ?」
「……無難すぎると思った」
端的に答えたが、南はこちらを見つめたまま相槌だけで返事する。
もっと詳しくと催促されてる気がしたので続けて話す。
「俺の中でも曖昧な感覚だけど、北浜さんがなんか遠慮してるように感じたんだよ」
「わー辛辣だねー」
「だからさっきのコメントはかなりオブラートに包んだんだって!」
「うんうん、さっきのはぎこちなかった。実に滑稽だった!」
隠すつもりも無さそうにひとしきり笑って、南はたはーっと息を吐いた。
「やっぱり鳥羽氏って変態レベルの洞察力があるよね」
「お前には言われたくねぇ……」
「それは褒め言葉として受け取っておくとして」
そこで言葉を区切り南はすっとぼけるような声を出す。
「でも、なんで北浜さんに言ってあげなかったの?」
南の声色はとても優しくて素朴な疑問だという風をしていた。
「責めているわけじゃない」という言外のメッセージは十分に伝わっている。
だのに、注射針を刺されたように胸のあたりがチクリと痛む。
上手く答えられずにいると、南はわざとらしく声のテンションをあげた。
「鳥羽氏はさ、分かっておいた方がいいことが2つあるんじゃないかな?」
「分かっておくこと?」
南はぴっと人差し指を立てて、まるで小学生に言い聞かせるみたいな調子で言う。
「ひとつ! みんながみんな鳥羽氏みたいに自分の気持ちに正直になれません!」
南はさらにもう1本の指を立ててピースをつくる。
けれど、すぐにそれを解いて、言うことを聞かない子供を脅かすみたいに戯けた口調で言った。
「あと、どこかで相手に踏み込まないと私みたいになっちゃうよ?」
「それって」
どういう意味だ?
――と尋ねたかったが、その機は得られなかった。
南は残りのオレンジジュースをぐびっと飲み干しさっさと席を離れてしまう。
部屋を出る前に振り向いた南は、やっぱり想像通りのやけに整った笑顔をしていた。
「じゃあおやすみ!」
「おう……。おやすみ」
助言の意味は自分で考えろという意図なのだろうか。
もしくは自分で言っていて気恥ずかしくなっただけなのか。はたまたそのどちらもか。
意味深なアドバイスを頭の中でぐるぐる回しながら、最後に部屋を出る者の勤めとしてダイニングを整理整頓する。
それでもついぞ答えは出ないまま俺は自室に戻ることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます