14話 選書会には敵が多すぎる(1)

 選書会の予行演習があった日曜日の翌週のこと。

 その週最後のホームルームを終えて帰宅準備していると、不意にクラスメイトが声をかけてきた。


「鳥羽、呼ばれてるぞ」

「俺を? 誰が」


 指さされた方向、教室の出入り口に目をやると見慣れた人物の姿があった。


 リボンを緩く締め、膝小僧が見えそうで見えない程度に短くしたスカート丈。

 校則違反ギリギリのラインで着崩した女子高生が手を扉につきながらこちらを見ている。


「ほら、河原さんだよ!」

「マジか……」


 河原が学校でコンタクトをとってくるなんて初めてだ。

 あまりに意外な光景で呆気に取られていると、クラスメイトが耳打ちしてきた。


「河原さんとどういう関係なんだよ。もしかしてカレカノ⁉」

「んなわけあるか!」

「だよなー。でもお前ら知り合いだったんだ?」


 あからさまに不釣り合いだろと言いたげな口調だ。失礼なやっちゃな。


 不服ではあるが、まあそう思われても仕方がない。

 河原と言えばクラスを超えて美人だとウワサされるような人気者。


 容姿端麗で学力も申し分なく、音楽や芸術など教養も幅広く身に着けているようで、学年の男子にとっては高嶺の花。

 廊下で河原の姿を見かけると、いつも高身長イケメンのスポーツマンが隣にはべっている。


 そんな女子が俺みたいな目立たない生徒を目当てにやってきたと知れれば、そりゃ好奇の目を向けたくもなるだろう。


 ――まあ住んでる家は同じなんだけどね?


 なんて口が裂けても言えるわけがない。

 そんな話が広まりでもすれば、ウワサの高身長イケメン彼氏にぶちのめされる未来が待っている。


 もちろんわが身が大事。河原との関係はうまく誤魔化すしかない。


「まぁ知り合いというか、共通の知り合いがいるって感じかな」

「ふーん」


 疑いの目を向けられるが嘘はついてない。

 例えば、……ほら、南は共通の知り合いだし?


 さらに深掘りされてボロが出る前に、さっさと残りの荷物を詰め込んで出口に向かう。

 待たされて機嫌が悪くなっているのか、河原の目が妙に冷たい。

 

「えっと何か用か?」

「今日の放課後さ、あんた予定は……まあないよね」

「失礼か!? なんで無い前提で話してんだ」

「あるの?」

「ないけど」


 この女、いま鼻で笑いやがったぞ。

 まさか馬鹿にするためにわざわざ絡んできたわけじゃないだろうな。


 河原はぐっと鞄を持ち直し、寄りかかっていた扉から身体を起こす。


「おっけ。じゃあ一緒に来て」

「どこに?」

「図書室」


 言うや否や、俺の反応は無視してスタスタ廊下を歩きはじめた。

 

 要件はまるで不明だが、ついていかなかったら家に帰ってから激詰めされる。

 それは怖い、怖すぎる。

 なので仕方なく、俺は河原のあとを付いていくことにした。


 河原は委員会や部活に向かう雑多な人の波の中を流れるような足取りで進んでいく。 

 途中で距離が空いてくると、河原はなぜかこっちを振り向いて「早くついて来い」とアイコンタクトを取ってくる。

 なのでしぶしぶ歩調を速めて河原との距離を縮め、つかず離れずの距離感で後ろを付いていく。


 正直に言うと、学校で河原と一緒にいるのは居心地が悪い。

 だってこの人気者、別のクラスの教室を通り過ぎる度にひとりふたりの男子から声をかけられるのだ。


「あ、河原! 今日の放課後ヒマ?」

「あーごめん、ちょっと忙しいからまた今度ね!」


 中には、こうやって露骨に口説こうとしている男子もいる。


「よう河原! このあとカラオケ行かね?」

「ごめん今日はパス! ちょっと用事があるから、マジごめんね?」


 そのたびに河原はやんわりと誘いを断り、そんでもってなぜか断られた生徒は俺に八つ当たりするように睨んでくる。なんでやねん。


 

 河原の後を追い続け、やっとこさ図書室に到着した。

 ラッシュタイムの廊下は本当に地獄のような人混みだったのに、河原は涼しい顔をしている。

 あれだけナンパされていたのに、よくも平気なもんだ。


「お前やっぱり人気者だな……」

「そう?」

「だってめっちゃ声かけられてただろ」

「あれはありがた迷惑なところあるんだけどねぇ」


 迷惑しているのは本心なのか、浅くため息をつく。


 想像の域を出ないが、常日頃まわりから注目されている状況は確かに嫌気もさすのだろう。


 他人と生活空間を共有するシェアハウスも、個室というパーソナルスペースがあり、自分ひとりの時間を確保できるから成り立つのだ。


 ……そんな自分ひとりの時間を、俺は今こうして奪われているんですけどねー。


「ともかくだ。なんで図書室に?」

「言ってなかったっけ? 今日が北浜さんの選書会の日なんだけど」

「聞いてねえ……。ていうか見に来るなって言われてた気がするんだが?」

「あの子の性格だから直前でビビって逃げ出すかもしれないでしょ。その監視よ」


 どんだけ信用ねぇんだあの先輩。

 でも、なんだかんだ言って北浜さんのことが心配なんだろう。


「もし来てなかったら、見つけ出して縛ってでも連れてくる。わたしを巻き込んでおいて不戦敗とか絶対に許さないから……」


 ぜんぜん優しくなかった。

 超怖いよこの女。絶対に裏切ったらあかんタイプの人間や。


 けれど北浜さんの監視が目的なら、河原ひとりで十分に事足りるはず。

 よもや河原はひとりだと寂しいなんて言い出すキャラでもない。


「ちなみに、俺を連れてきた理由はあるのか?」

「そりゃ必要だから連れてきたのよ。私にもいろいろ事情があるの」

「さいですか」


 河原に向かって食い下がるのはあまり得策じゃない。ソースは過去の経験。

 とりあえず必要はあるようだからそれを鵜のみにしておくしかないか。


 河原に続いて図書室に入る。

 固かったリノリウムの床がカーペットに変わり、パタパタ鳴いていた上履きの音がスンと床に吸われて静かになった。


 独特の匂いと静けさに包まれる図書室の中をしずしずと歩き、まずは案内板で大雑把な部屋の構造を確認する。

 どこで選書会が行われるのか知らないので、しらみに潰しに会場を探すしかなさそうだ。


 河原と示し合わせて、まずは図書室の一階部分から周ってみることにした。



 入口付近のテーブルゾーン。

 ここには6人掛けの長机がいくつか並べられていて、数席おきに生徒が参考書や教科書を広げていた。


「ここではなさそうね」

「だな。さすがに受験生の邪魔になるだろうし」


 まだ5月だというのに自学自習とは恐れ入る。

 俺のクラスの連中なんてまだ春の陽気に当てられてフワフワしてるぞ。

 ちなみに春にフワフワしてるような奴は、夏は猛暑に襲われてバテバテ、秋は残暑に見舞われてヘトヘト、冬には底冷えでブルブルしている。

 つまるところ年がら年中勉強してない。四季とか関係ないわ。


「奥の方も見てみましょ」

「了解した」


 張り詰めた空気を乱さないように、そっとテーブルの脇を通り抜けて行く。

 その先には少し奥まったスペースがあって、棚と棚とに挟まれる形で簡易なソファーが数脚置いてあった。


 ここでは純粋に読書を楽しんでいる生徒たちが、難民キャンプを作るようにかたまって座っている。


「テーブルに空いてる席あったけどこっちの席が人気なんだな」


 何気なく呟くと、周囲に聞こえないくらいの声量で河原が答える。


「そりゃそうよ。せっかくの読書中に隣でガシガシ勉強されたら気が散るじゃない」

「そんなもんか」

「そういうもんよ」


 想像してみれば「読書を楽しむぞ!」と思っているすぐ横で、シャーペンのカリカリした音や参考書のカサカサとした音を立てられたら耐えられるものじゃない。


 俺だったら離れた席を探す。なんなら視界にすら入らない席を選ぶまである。


「ほんと真面目ちゃんって、なんであんなに生き急いでるんだか」


 ふと、河原がポツリと言い捨てた。

 独り言なんだろうが、どうにも安易な軽口では拾えない重みを感じて、俺は聞きながしながら足を進めることにした。



 しばらく歩き回り、どうやら小説エリアにたどり着いたようだ。

 目につく棚には割と新しい小説もちらほら置かれている。

 それこそ最近アニメ映画化された小説や、映画原作も取り揃えてあるようだ。


 それとは場所を分けて、ティーンズノベルと名付けられた棚もあった。

 青や緑、赤色の背表紙が並んでいて、いわゆるライトノベルが集められた棚のようだ。


「これ浜さんが言ってたシリーズよね」


 河原が指さすところを見ると「涼宮ハレノヒ」シリーズの背表紙がざっと十数巻ほど並べられていた。


「既刊はぜんぶ置いてあるっぽいな」

「その最新刊が今回出たってことよね。それなら北浜さんの推薦を通すのも難しくないかも」

「そうだな」


 今回の選書候補がどのように選抜されているかは不明だが、既刊が置いてあるなら最新刊を加えるというのは道理が通る。

 何事も前例は大事だ。


 このあと選書会を見守るのだから、何かしら暇つぶしが必要だろう。

 俺も河原も辺りの棚から適当に小説を拝借して、お目当ての会場探しを再開した。

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