15話 選書会には敵が多すぎる(2)
「選書会の場所ってここじゃない?」
「そうっぽいな」
図書室の2階に上がると、隅の方で机の上に並べた本を囲む一団を発見した。
2階は大部分が自習に使えるスペースだが、今日は選書会があるために座席を半分以下に減らしているようだ。
俺と河原はほど気づかれない距離をはかって横並びの席を確保。
図書委員たちの集まりを窺っていると、隅っこでひとり縮こまっている北浜さんを発見した。
……遠目で見ても人見知り発揮中なのが丸わかりだ。
やる気だけはあるようで、握りしめた原稿用紙にずっと目を落としている。おかげでこちらの姿はバレていない。
「それでは皆さんの推薦書籍の発表を始めましょうか」
どうやらタイミングはバッチリだったようだ。
司書さんらしき年配の女性が仕切るように話し始めた。
「まずは3年生の千林さんからお願いできますか?」
指名された千林さんと思しき黒髪の女子生徒が「わかりました」と短く答える。
横顔しか見えないが、黒い眼鏡とキレのいい目鼻が知的な雰囲気だ。
パリッと着ている制服にはしわひとつ見当たらず、第一印象は学年で一位二位を争う優等生という感じだ。
「私の推薦書籍は昨今の世界情勢を題材にしたこの新書です」
千林さんが紹介する本は有名ジャーナリストの著作だった。
朝のニュースのコメンテーターから時事ニュースを解説するバラエティ番組の司会まで務める人気者だ。
図書委員の中からも「おお」とか「この人知ってる」などの声が漏れている。
第一印象に違わず、千林さんのプレゼン内容も理路整然と組み立てられていた。
高校生とは思えない真に迫った出来で、単なる意識高い系でなくしっかりきっちり意識が高い人だ。
千林さんがプレゼンを締めくくると質疑応答の時間が始まった。
だがプレゼンに隙が見つからなかったのか、特に質問は出ないまま質疑応答も終了。
「千林さんありがとうございました。時間もぴったりですね。じゃあ皆さんも今の感じで――」
「あの〜、すみません」
次に順番が回ろうとしたとき、外野から声がした。
生徒たちの視線がこちらに向く。どうやら声の主は俺たちの後方に立っているらしい。
見つからないように、とっさに机に顔を伏せて狸寝入りをしながら、ちらと後ろを覗き見る。
どうやら司書さんに質問がある生徒が2階に上がってきたようだ。
「申し訳ないけど、千林さんにこの場を任せていいかしら。用が済んだら戻ってきますから」
「大丈夫です」
「ありがとう。おねがいね」
司書さんは生徒を連れ立って階段を降りて行ってしまった。
置いてけぼりにされた図書委員たちがざわつきはじめる。
「みなさん静かに」
そこに千林さんが凛と一喝すると、水を打ったように場が静まった。
なるほど、司書さんが名指しで千林さんに場を任せたわけだ。
名実ともに場の主導権を握った千林さんは、司書さんに倣って次の発表者を指名する。
「じゃあ北浜さん。次の発表おねがいします」
「は、はいっ」
呼ばれた北浜さんがびくりと肩を跳ね上げた。
同じ3年生だから早めに順番が回ってくるだろうとは思っていたが運が悪い。
あの千林さんの直後だ。誰であってもやり辛いに決まってる。
「じゃあ……発表を始めます」
北浜さんのプレゼンが始まった。
けれど声量はぽつりとぼそりの間くらいの大きさで、シェアハウスにいる時とまるで別人だ。
せめて原稿用紙に机に落ちっぱなしの視線を上げて前を見てほしい。
「推薦するのは、『涼宮ハレノヒの直感』という、角山文庫のライトノベルです」
北浜さんが例のライトノベルをテーブルの上にスッと差し出すと、ヒソ、コソっと聴衆の中で私語が飛び交った。
会話の中身までは伺いしれないが、明らかに嘲笑を含んだ声だ。
「この作品は9年半ぶりのシリーズ最新作で――」
北浜さんの声は震えていた。
予行演習でも緊張した様子だったが、それよりも様子がおかしい。
怯えるように身を縮こまらせて、原稿用紙をぐちゃぐちゃに握りしめている。
序盤こそ物珍しそうにしている生徒はいたが、その興味すら失ってスマホを触り始める生徒まで出始めた。
さすがにそれは千林さんも制していたが、もはや北浜さんのプレゼンに耳を傾けている人はいないように見える。
もしも俺が北浜さんの立場だったら、拳を机に叩きつけ抗議するか、もしくはプレゼンを中断し黙って退席でもしているだろう。
きっとそれでも怒りは治まらないだろうが。
けれど北浜さんはプレゼンを止めなかった。
というより、止めることすらできなかったのかもしれない。
まるで周りの嘲笑や冷笑から耳を塞ぐようにひたすらに喋り続けていた。
最後に「ご清聴ありがとうございました」と締めくくると、プレゼン中だったことを思い出したように、作業的な拍手がパラパラと送られた。
例にならって質疑応答の時間がとられるが、やっぱり誰の手も上がらない。
ろくに誰も聞いていないから当然だ。
しかし、そこですっと手を挙げた人物がいた。千林さんだ。
「質問させてください」
千林さんは他に手を挙げる人がいないことを確認して続ける。
「このライトノベルがこの高校の図書室にふさわしいと思った理由を補足してください」
単刀直入な鋭い質問だ。
しかもプレゼンの中身を理解するための質問ではなく、対立候補の推薦を潰しにかかる攻撃。
「えっと、このシリーズは面白くて――」
「面白いってあなたの感想ですよね?」
「えっと……、はい」
「あなたの主観ではなく、なぜこの図書室にふさわしいのか、客観的な理由を教えてください」
食い気味な千林さんの気圧されて北浜さんは押し黙ってしまった。
端から見ていても恐ろしい。
こういうタイプの相手は戦えば戦うほど不利に追い込まれてしまう。
周囲の生徒は固唾をのむように北浜さんの返事を待っている。
「ここには同じシリーズの過去作が置いてあるので、その最新刊を追加するのは不自然じゃない……と思いますけど」
おどおどモゴモゴしながらも、なんとか答えを絞りだしたようだった。
しかし千林さんは、そんな反論をお見通しだったかのように切り返す。
「このシリーズって、たしか9年半ぶりの出版なんですよね? 仮に前作を置いた当時に人気があったとしても、その生徒たちはとっくに卒業してますよね? 過去作が置いてあるからその続きも置く、って安直な考えじゃないでしょうか」
厄介なことに千林さんは頭ごなしに反論をするわけではなさそうだ。
彼女は相手の主張を聞いた上で論理的に叩き潰すタイプ。
案の定、北浜さんは「はい……」としか答えることができなかった。
千林は誰も発言しない状況にうんざりしたのか、「もういいです」とでも言いたげな表情でため息をつく。
「そもそもなぜライトノベルというジャンルを推薦したんですか? 正直な意見を言うと、ジャンル自体が学業を目的とした公共の場では場違いだと思うのですが」
それはもうライトノベルが低俗だという主張だ。もちろん彼女個人の価値観でしかない。
けれど、誰も異議を唱えない様子から察するに、図書委員全体として同じような価値観をもっている人が多いのかもしれない。
もしくは「誰も千林の意見に逆らえない」のが実情かもしれないが。
「あの、具体的にどのあたりが……」
「まずは表紙のイラストですね。図書室は教養を身に着ける場であって、絵を愛でる場所ではないと思います」
「確かにイラストは可愛いのが多いですけど……」
北浜さんは、もう反論する気力が削がれているようだった。
弱った相手を見て同情したのか、千林も「そうですか」と一旦受け止めて矛を収める。
――と思ったのは早計だった。
千林がとどめを刺すべく力強く口を開いた。
「やはり私はライトノベルの選書には反対です。彼女の推薦内容からはライトノベルが学業や教養に資すると感じられませんでした。そもそも
千林はそこでいったん言葉を止め、異論が出ないことを確認するように周りを見回してからさらに続ける。
「学生の本分である勉学に資する書籍や、そうでなくても著名な賞を受賞した小説などを増やすべきではないでしょうか。その方が、この図書室の利用価値を高めるのではないかと思います」
千林の反論、もといプレゼンは見事だった。
澱みの無い喋り方、断言はせずとも自分の意見を絶対と信じるような毅然とした態度。
彼女は言葉も然ることながら、視覚情報までも武器にしている。
こういうタイプはその場の勢いで周囲を味方につけるのが上手い。
それが絶対的に正しい意見じゃなくても正しいと思わされてしまう。
千林の反論に口を挟める生徒はいなかった。
それどころか千林の演説に感心したように頷く生徒も散見された。
結局、北浜さんがそれ以上食い下がることはなく、そのまま北浜さんの持ち時間は終了した。
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