16話 選書会には敵が多すぎる(3)
「あいつ……」
恨みがましい声が横からして目をやると、河原が苦虫を嚙み潰したような顔をしていた。
「もしかしなくても……面識ありそうだな」
「一応ね。学年は違うから間接的な知り合いって感じだけど」
さすがというか何というか恐るべし河原の人脈。これが構内有数のリア充JKの顔の広さか。
なにやら良くない因縁がありそうだな。
それを俺が聞こうとする前に河原は小声で話し始めた。
「あいつ超が付く真面目なの。テストの学年順位はいつもトップ3。優等生の標本みたいな人」
「なんか嫌味はいってないか?」
「だって嫌いだし」
「直球だな……」
さっきまで数々のナンパ男を軽くあしらってきた河原が露骨に嫌な顔を浮かべている。
質疑応答の様子を見ていたくらいの印象でしかないが、千林はかなり生真面目な性格だ。
一方の河原は適度に力を抜いてメリハリをつけるタイプ。
それだけでも相性はよくないのかもしれない。
俺も人の好き嫌いは大概はっきりしているほうだがわざわざ口にはしない。
まあ顔には出てるかもしれないけどね?
「あいつが図書委員だって知らなかったのがミスだわ……。浜さんにとって最悪の相手よ」
「さっきの問答を見てるとたしかにそうだな」
千林は論理的に反論しているように言葉を組み立てていたが、端からライトノベルを毛嫌いしている節がある。
そのうえ図書委員の中で一定の発言力を持っているのでさらに質が悪い。
実際、北浜さんの後に続いた下級生のプレゼンも、千林の吹かせた風になびいているようだった。
やがて全員のプレゼンが終わり、いよいよ図書室に加える書籍を決める話し合いがはじまるようだ。
人気があるジャンルは?
話題性が大事か、内容が大事か?
学校の図書室にふさわしいとは?
などなどいろんな観点の意見が飛び交う。
けれど議論の中心はやはり千林で、一方の北浜さんは蚊帳の外だった。
そこにちょうど司書さんが帰ってきた。
「皆さんお疲れでした。推薦書籍は決まりましたか?」
「いま話し合っているところですが、まだなんとも」
「そうですか。ちょっと皆さんの原稿を見させてもらってよいですか」
司書さんは全員から推薦書籍の原稿を集め、さらさらと目を通していく。
「なるほど。今回はいろいろな候補が出ましたね。どういうところで意見をまとめるのが難しいなどありますか?」
「難しい点といえば、実際に人気が出るかどうかの判断材料が少ないというところでしょうか」
「なるほど、そうですね」
少しの間、司書さんは逡巡するように口を閉ざす。
そして場の全員に諭すように穏やかな口調で続けた。
「では選書会をもう一回するのはどうでしょうか。今度は委員会の中だけで推薦しあうのではなく、実際に図書室の利用者の反応もわかる形でやってみませんか?」
「具体的にはどういう形式でしょうか」
「そうですね、例えば推薦したい書籍のジャンルごとに特設コーナーを作って、図書室に来た利用者の実際の反応を見る、というのはどうですか?」
司書さんの提案は選書会を仕切り直して開催するということのようだ。
今回のプレゼン内容をもとに特設コーナーをつくり、実際の図書室利用者からの人気を測るというわけか。
「なるほど、わかりました」
千林さんが首肯し賛成の意を示すと自ずと周囲の生徒も同様に頷き返す。
第二回の選書会の開催と大まかな方針がこの瞬間に決まったようだ。
その後は次の選書会の具体的な日程調整と事前準備の打ち合わせが始まった。
もうすぐ会は終了だな。
いつまでもここにいると北浜さんに見つかるリスクが高くなる。
北浜さんを残して帰るのは忍びないが、かといって無断で様子を見に来ていたと知れれば余計に傷つけてしまうかもしれないしな。
俺は退散の意思を伝えるべく横の河原に目くばせ――しようと思ったが、いるはずの河原の姿がそこになかった。
あいつ一人で先抜けしやがった、チクショウ!
おもむろに席を立って去り際にちらと視線を北浜さんに送る。
北浜さんは部屋の隅の席で俯いたまま、ただ時間が過ぎ行くのを辛抱しているようだった。
その姿を見なかったことにするなんて度胸は俺にはできない。
出口に向かいながらスマホのチャットアプリを立ち上げて俺は一言メッセージを送信した。
To 南:今日の夜は緊急集会な
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