30話 ライトノベルには偏見が多すぎる(3)

「それって、違うと思います」

「は?」


 気づいたら私の口から言葉が出ていた。

 さっきまで笑っていた彼女たちの不審そうな視線が私に突き刺さる。

 そんなに大きな声じゃなかったはずなのに、図書室の空気を凍らせるにはそれで十分に足りてしまったみたいだ。


「あの、なにか?」


 聞かれて、私は自分でも何を言おうとしたのか分からなくなった。

 恨みつらみを言おうとしたんだろうか?

 ……違う。

 作品を批判するのはマナー違反だってお説教したかった?

 ……それも違う。


 私は、読みもせず「つまらない」なんて言う前に、彼女たちにちゃんと向き合ってほしいんだ。


「ライトノベルのこと悪く言う前に、ちゃんと読んでください!」

「えっと、先輩? がなんで怒ってるんですか?」


 グループの中のひとり、少しギャルっけのある女の子が強気な態度で言い返してくる。

 リボンの色は青色で私よりも学年は下だけど、そんなの関係なしに怖いと感じてしまう。


「いや、べつに怒ってるわけじゃ……」

「ていうか、私が何を読もうが何を思おうが私の自由だと思うんですけど?」


 やっぱり無理だ。怖すぎる。

 ずっと田舎のぬるま湯に浸っていた私にとって、こんな言い争いは大戦争。

 グループを率いている神橋さんなら何とか治めてくれるかも、と思ったけど彼女は後ろで様子を静観しているみたいだ。


 するとそのとき、凛としたひと声が図書室を駆け抜けた。

 

「ここは図書室ですよ、静かにしてください」


 たったその一言で、ケラケラ笑っていた女の子たちの口が一斉に閉じた。一様に口をつぐみ、顔色も心なしか青ざめている。

 彼女たちを注意した人物は、他でもない、千林さんだ。


 千林さんは女の子グループの後方から、こちらに向かって歩いてきた。


「本の感想を話し合うのはいいですが、ここは公共の場です。周りに迷惑にならない声量で話してください」

「あー千林さん、うるさくしちゃってすみません……」


 千林さんが近くまでやってくると、神橋さんがとっさに女の子たちとの間に割って入った。

 揉めていた女の子たちは神橋さんの背に隠れるように縮こまっている。

 その様子を見て、千林さんはため息をついた。


「次からは気をつけてください」


 そして、千林さんの鋭い視線が今度は私に向く。


「それで北浜さん。あなたも口を出すのはルール違反ですよ」

「ご、ごめんなさい……。つい――」

「自分の推薦本を擁護したくなる気持ちは分かりますが、こんな反応がくる覚悟はしてなかったんですか?」

「してた、つもりでした……」


 推薦書籍がまた批判される。そんな反応があることは分かっているつもりだった。

 けれどやっぱり耐えられないものは耐えられない。

 だって、今度こそ受け入れてもらえるかも。って希望があったから。

 最初から諦めていたのなら、こうやってリベンジに挑んだりはしなかった。


「だったらこれで分かったでしょう? ライトノベルは今のこの学校には相応しくないんです」


 断言する千林さんの言葉に、私の胸の内側がギュッと締め付けられる。

 今のこの状況でそんなことを言われてしまったら、もう反論する気なんて起こせない。


 すぐ横の小説ブースには、映画化した小説やドラマ化した小説をたくさん置いていて、ずっと人だかりができている。

 なのに私のブースでは閑古鳥がリサイタルを開いてる。


 せっかく南ちゃんに作ってもらった「ライトノベルコーナー」の看板も、今はまるで人を寄せ付けない孤高の女王様のティアラみたいだ。


 ライトノベルも同じ小説なのに。

 ライトノベルだけが、私だけが、誰からも見向きもされない。

 「あれは違うもの」ってレッテルを貼られて分別されている。

 

 なんで。なんで。なんで?

 なんで私たちだけ見向きもしてくれないの?



「あー、ちょっとすみませーん」


 ふと、人混みの向こう側から呑気な男の子の声が聞こえた。

 人の波を掻き分けて、トロトロした足取りでこっちにやってくる彼。両腕いっぱいに本を抱えていて、前方不注意で周りの生徒にぶつかりそう。

 本当に、頼りにするのが心配なくらいフラフラとした足取りだ。


「北浜さん、お待たせしました。それで、えっと……」


 その男の子――鳥羽快斗くんは、私のブースまでやってくると、抱えていた本をテーブルにドサリと置いた。

 そして、私と千林さんが向かい合っている様子を見て、気まずそうな顔をする。


「もしかしてお取り込み中でした?」

「うん……まあちょっと」


 今の状況をどう説明しようか困っていたら、先に千林さんが口を開いた。


「あなたは、先日書店で北浜さんたちといっしょにいましたよね?」

「はい、はじめまして。鳥羽といいます」


 そのとき一瞬、千林さんは小さな声で「鳥羽……」と口にした。

 けれど、すぐにまたいつもの調子に戻って鳥羽くんを煽る。


「そういえば、前回の選書会でもずっと北浜さんのこと見てましたよね?」

「あー、まぁたしかにいましたけど……」

「ストーカーですか?」

「違いますからっ!」


 珍しく千林さんが言った冗談に、鳥羽くんが慌てた様子で言い返す。

 千林さんは淡々としたトーンで冗談を言うから、彼はきっとそれがジョークだって気づいてないと思う。


「それで、あなたはここに何しに来たんですか?」

「北浜さんのブース設営のお手伝いです」

「ブース設営? もう終わってるじゃないですか」

「終わってないです、まだですよ」


 鳥羽くんの答えに千林さんが訝しげな顔をする。たぶん私も同じ顔をしているはずだ。

 鳥羽くんの意図がさっぱりわからない。


 けれど彼は、そんなのお構いなしにひとり黙々と本をブースに並べ始めた。


 ……よく見ると、彼が持ってきた本はライトノベルだけじゃない。

 ここはライトノベル特集コーナーだって知ってるはずなのに、何をするつもり?

 彼が考えていることが何もわからなくて、分からないことが不安を掻き立てる。


「んー、あとこれ邪魔だからどけちゃいますね」

「えっちょっと何をっ!?」


 そして、あろうことか。

 ――鳥羽くんは、「ライトノベル特集!」の看板をブースから撤去してしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る