29話 ライトノベルには偏見が多すぎる(2)

「選書会の場所ってここかな?」

「そうっぽいね。なんかいろいろ飾ってて面白そうじゃん!」


 ついに選書会の会場に人がやってきた。

 記念すべき最初のお客さん?は1年生の女の子ふたり組だ。

 図書室での見覚えはないから、きっと誰かに誘われて来たんだと思う。


「えーすごい! 図書室ってけっこう話題の本も置いてあるんだー!」


 彼女たちはぶらぶらとブースを歩きながら、気になった本を手に取ってあれやこれやと楽しそうに話している。

 今回の選書会は、図書室の利用促進も兼ねたプチイベントだって司書さんが言っていた。

 たしかにその狙いは大当たりだったみたいだ。

 実のところ、私もライトノベル以外の本にはあまり詳しくないから、この機会に他のジャンルの本を読んでみるのもいいかもしれない。


「これ前にお店で見て気になってたやつだ!」

「え、それよかったじゃん! これが推薦書籍ってことは、人気ありそうなら図書室に置いてくれるってことじゃない?」

「そうっぽいね、じゃあ私この本に投票しよ!」

「私も便乗~。今度よんでみたいし」


 女の子たちは手に持っていたアンケート用紙に鉛筆でさらさら書き込んで、投票箱の方へ歩いて行った。

 やっぱり本屋さんでも話題になっている本は人気が高い。これは強敵だなぁ……。


 女の子たちが投票する様子が目立ったからなのか、徐々に特設コーナーに人が集まり始めた。

 いろんなブースを人が行ったり来たりするけれど、ビジネス書や小説のブースには絶えず人の姿がある。

 ちょっとくらいこっちにも来て~!

 って心の中で願うけど、声に出して人を呼ぶのはマナー違反。

 ……まあ、それ以前にそんな勇気もないけど。


 もどかしい気分で眺めていると、ようやくライトノベルコーナーも人がやって来た。

 大人しそうな男子だ。

 図書室で見たことがないこともない……ような感じの子。

 なんとなくラノベが好きそうだなーって感じはする。


 期待した通り、その男の子は『涼宮ハレノヒ』の最新刊を手に取って嬉しそうな顔をした。


 そう、そちらが目玉商品です!

 君の清き一票でその本がなんと図書室に!

 今なら実質0円でお買い得だよ‼


 心の中でひとりテレビショッピングしていると、他にも男子たちがやって来た。

 『涼宮ハレノヒ』だけじゃなくて、図書室に置いてある他のラノベも指さしながら興奮気味に語っている。

 なに話してるのかめちゃめちゃ気になる……!

 私がもし男子だったら絶対あの輪の中に混じってる。

 


 だんだんと私のラノベブースにも人がやってくるようになった。

 お祭りでも人が並んでる屋台ほど行列が出来やすくなるから、それと同じ効果なのかもしれない。

 来てるよビッグウェーブが! この波に乗るしかないよ!

 


 ――なんて、そう喜べたのも束の間だった。

 私のブースを見ていた男子たちが、急に気まずそうな顔をして去っていく。

 見ると、近くにキラキラした女の子のグループがやってきていて、どうやら彼女たちと鉢合わせるのを嫌がったみたいだ。


 その女の子グループの中に、ひとり見覚えのある顔があった。


「せんぱーい、お疲れさまでーす!」


 眩しいくらいキラキラしたオーラを振りまいて歩いてきたのは、本屋さんで会った女の子、神橋さんだった。

 後ろには友達らしき女の子を4人連れて、みんな神橋さんに劣らず「クラスで人気者やってまーす!」って感じの垢抜けた雰囲気。

 あっという間に図書室中の注目を集めてしまった。


 神橋さんはお目当てらしい千林さんの方へ駆け寄っていく。


「選書会ってこんな感じなんですね〜。もっと地味かと思ってました」

「神橋さん、本当に来たんですね」

「もちろん来るにきまってるじゃないですか~!」


 前に会った時も思ったけど、神橋さんは飛びぬけて美人だ。

 身近で言うと万智ちゃんも女優さんみたいに綺麗だと思うけど、神橋さんはそれとは違ったタイプ。

 アイドルグループのセンター張ってる子って感じで、男子からは絶対に人気あるし、他の女子から嫌われる感じでもない清純派アイドルって雰囲気だ。

 同じはずなのに制服までもめっちゃ輝いて見える。オーラがすごい。


「うしろにいる皆さんは?」

「クラスの友達です! 選書会の投票するなら多い方がいいかなーって思って誘ってきちゃいました」

「私はそんな組織票を頼んだつもりは無いんですが……」

「またまたお堅いことを~。それよりも先輩のブースどこですか?」


 千林さんに連れられて、神橋さん率いる現役JKグループたちがぞろぞろと移動する。

 それはもう嫌でも目に入っちゃうくらい目立っている。

 すると当然、彼女たちの行先である千林さんのブースにも人が集まり始めた。



 その光景を、私は歯がゆい思いで傍観するしかなかった。

 

 この選書会は、いつも図書室を利用している人に自然な流れで投票してもらうために、学校で大々的な告知はされていない。


 それは裏を返せば、顔が広い人ほど有利に票を集められるルールってことだ。


 たくさんの知り合いや友達を選書会に誘うことができれば、自分の推薦ブースの票を多く集めることができる。

 私は友達が少ないから、そういう票稼ぎはなかなかできない。

 ズルいっていうのは筋違いだけど、やっぱりこういう形で差がつくのは悔しい。


 とはいっても、知り合いを誘うこと自体はルール違反でもなんでもない。それに、そんな有利不利を勝敗の言い訳にしたらダメってことも自覚してる。

 だって、私の人としての魅力と、私が推薦する作品の魅力には何の関係もないから。


 『涼宮ハレノヒ』は本当に面白くて魅力的なライトノベル。

 それがもし、注目してもらえなかったのなら。

 それはきっと、私が正しくその魅力を表現できていないだけだ。


 

 神橋さんの一行は、千林さんのブースを一旦離れていろんなところを巡っている。

 そして、ついに私のところにもやって来た。


「へえ、これがライトノベルってやつね」

「クラスの男子が言ってたやつどれかな? なんか同じに見えるけど」

「それわかる~。ぜんぶ似たような女の子じゃん。これって漫画じゃないの?」

「いや、さすがに漫画ではないでしょ」


 チーム神橋の女の子たちが本をべたべた触りながら、ケタケタと笑う。

 なんかこういうのは苦手だ。

 いつもなら見なかったことにしてその場を離れるけど、今はそういうわけにはいかない。

 このブースの管理者は私なんだから。


「てかこの横のブース、マジ凄くない⁉ 前にドラマでやってたやつじゃん!」

「ほんとだ! こっちは映画化したやつだよ」


 案の定、彼女たちの興味はすぐ隣のブースに移った。

 やっぱり青春小説とか、映像化したミステリ作品とかって話題になるもんね。

 ライトノベルは一般小説とは知名度が違うから、反応に温度差があるのは仕方がないこと。


「てかさー、投票で新しい本を決めるなら、さっきの本を減らして、こっちの本ふやしたほうが良くない?」

「まじそれだわ。天才!」

「ていうかライトノベルとか借りてるやついるの?」


 これはちょっと……しんどいな。胸が痛い。

 興味も好みも人それぞれだし、ライトノベルよりも普通の小説の方が好きっていうの気持ちは理解できる。

 だけど、だからといってライトノベルは要らない本だって言われるのはおかしいと思う。


 ――そうやって、私は頭の中で考えるばっかりだ。

 言いたいことはあるのに、何も口に出せない。

 

 鳥羽くんだったらなんて言うのかな。

 もしここに鳥羽くんがいてくれたら。


「いっそ不人気投票もすればいいのにね〜」

「たしかに! つまんないライトノベル?の代わりに、流行ってる小説の冊数ふやしてほしい〜」


 ……ううん、そうじゃない。

 私は、また誰かに気持ちを代弁してもらうのを待つだけの人間でいるの?


「それって、違うと思います」


 その瞬間、気づいたら私は声を出していた。

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