エピローグ

73話 花火大会には人が多すぎる(1)

 夏休みも残すところあと数日となった8月下旬。

 おれたちシェアハウスメンバーの一同は、京都を離れて電車を乗り継ぎ、はるばる大阪の地に降り立っていた。


 こうしてまた全員で出かけられているのも、河原のシェアハウス退去が取りやめになったから。

 詳細は聞かされていないが、河原は無事に自分の意思を伝えられたらしく、eスポーツ部もシェアハウス暮らしも継続できるようになったとのことだった。



 そして今日の目的は他でもない、花火大会。

 前回の夏祭りで浴衣を着そびれた北浜さんのため、全員で行こうと前々から約束していたものだ。



 電車を降りて駅を出ると、視界いっぱいに人、人、人。

 赤、白、紺と鮮やかな和柄の波がズラズラと歩道の上を流れている。


「うわぁ、すごい人……」


 すでにぐったりしている北浜さんが、リアルに人がゴミのようだと言いたそうな顔呟いた。

 そんな北浜さんの肩をぽんと叩いて南が言う。


「浜さんは地元でこういう人混みに慣れてないと思うし、気を付けましょーね」


「ねえもしかして佐賀のことバカにしてない? してるよね?」


「あれ、違いました? もし間違ってたら謝りますよ」


「……うう、実際そうなんだけど」


 北浜さんが悔しそうに歯噛みするのを、南がよしよし背中をさすって慰める。

 なんだこれとんでもないマッチポンプだな。



 しかし、本当にすごい人の量だ。

 まだ空は明るいとはいえ時刻は17時を過ぎている。

 普通の休みの日であれば一日遊んでクタクタになった人々が徐々に帰宅を始める時間だが、今日この場所に限っては全くその逆の流れが起きている。


「すげえ込み具合だな。俺も初めてき来たから正直びびってるわ」


「関西で最大規模の花火大会だからね。今回は有料観覧エリアで見れるからそこは心配ないけど」


 河原がひらひらとチケットを取り出して見せる。

 花火大会にはもちろん無料観覧エリアもあるが、そこはかなりの人でごった返すということで、あらかじめ有料の観覧エリアのチケットを河原が手配してくれていた。


 北浜さんが南の手から逃れて河原にひしっとしがみつく。


「万智ちゃんほんとにありがとぅぅ! 取るの大変だったよね? チケットいくらだった⁇」


「あーだいじょうぶ。これ……わたしが買ったわけじゃないから」


「ふぇ、そうなの? じゃあどうやって?」


 浴衣が崩れるから離れろと北浜さんをぐいぐい引き剥がしながら河原が言う。


「うちの母さんがね。花火行くこと伝えたら知らない間にチケット送り付けられてた」


「そうなの⁉ 万智ちゃんのお母さんめっちゃ優しいね!」


「優しいと言うか余計なお節介というか……」


 なぜか河原が俺を一瞥してから苦笑した。

 シェアハウス退去騒動の一件での三者面談を終えてから、ちょくちょく河原が俺に意味深な目線を向けてくる気がするんだが……自意識過剰か。



 それからしばらくぞろぞろと人の波に乗って歩いていると、次第に屋台が立ち並んでいるエリアにやって来た。

 まだ花火の開始時間までには余裕があるし、人混みの中ではぐれても大変なので各人が食べたいものを見つけるたびに立ち寄って調達していくことにした。


 しばらく道なりに歩いて屋台を巡る。

 あれよあれよという間に北浜さんの両手いっぱいに食べ物が増えていき、南はソーセージとチョコバナナというよくわからない組み合わせをチョイス。


 俺も何か腹ごしらえしておかないとなあとは思いつつ、ピンとくるものを見つけられずに屋台を眺めていると、ふと隣を歩いていた河原が「ねえ」と肩をつついた。

 振り向くと、同じくまだ何も手にしていない河原が店先を指さしている。


「玉せん買ってくるけど鳥羽も食べる?」


「お、いいな。俺も食うわ」


 玉せんといえば、両手を超えるくらいのたこせんべいに目玉焼きや天かす、お好みソースなどが乗っけられた定番の屋台飯だ。

 せんべい自体はぺらぺらだが、目玉焼きのおかげで意外と腹持ちが良かったりするので腹ごしらえにちょうどいい。


 提案に乗っかって買いに行こうと後ろに続こうとすると、なぜだか河原が足を止めた。


「鳥羽はそこで待ってて、ひとりで買ってくるから」


「ひとりで? どうしてまた」


 さっきまで全員で屋台に付き添っていたのになぜ急に単独行動を?

 意図が分からず首を傾げると、河原は人混みでよく声が聞こえないと思ったのか、身体を寄せて内緒話をするように言う。


「だってあのふたり、もうあんな状態だから列に並ぶの危ないでしょ」


 河原が言ったのは、すでに食べ物を手一杯に持っている南と北浜さんのことか。

 この状態で人の流れを掻き分けて屋台の列に並ばせるのは確かに危ないな。

 北浜さんのたこ焼きがぺしゃんこになったり、南のバナナチョコが服にべったり付いたりするかもしれないし。


「かといってふたりだけを放っておいたら、絶対前みたいに離ればなれになるでしょ」


「たしかに。つまり俺は監視役として残れってことだな」


「そういうこと。頼んだ」


「任された」


 さすが河原、なんだかんだ一番このメンバーのことを理解してる。

 そう感心しながら河原を人波の向こうへ見送って、残るふたりの元へ戻る。

 するとなぜだか南が目を細めて何とも言えない表情で俺を見ていた。


「……なに?」


「いやあ、最近ふたりの様子がちょっと怪しいなーって。そう思いません奥様?」


「うん。ちょっと距離近いと思う」


 南が頬に手を当てて芝居じみた声で言うと、北浜さんがうんうんとうなずく。

 そう言われても、当のこちらは不安材料の君たちふたりのために連携してるだけなんだが……。


「何を疑われているのか知らんが、マジで何もないぞ?」


「あーはいはい、そうだろうねえ」


「ええ、なにその意味深な言い方……。何かあるならはっきり言ってくれよ」


「自分で察してくださーい」


 南がへんと小ばかにするように鼻で笑って、さっきからずっとジト目を向けている北浜さんにバトンを渡した。


「で、浜さんから何か言いたいことある?」


「女たらし」


「なぜ急に悪口!?」


 ついぞ女子二人の不機嫌な理由は分からないまま、河原が戻ってきたタイミングで観覧エリアに移動することになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る