27話 閑話|私みたいなよそ者は浮きすぎる
もう目が覚めてしまった。
カーテンの隙間から見える景色はまだ薄暗い。
太陽はもう顔を出しているけど、いつもよりずっと早い時間だ。
起き上がってぐっと身体を伸ばし、鏡に映った自分の姿を見る。
そこには、いつもに増してだらしない私の姿。
寝ぼけ眼の女子高生――
ああ、やっぱり寝不足じゃん。
自分でもわかるくらいだから、きっとシェアハウスのみんなにも心配されちゃうだろうな。
だけど、二度寝するにはちょっと中途半端な時間。
それに昨日の夜から、ずっと選書会のあれこれが頭の中をぐるぐると回っていて、ベッドに潜ったところできっと寝付けない。
だったらもう登校の準備をしちゃった方がいいよね。
みんなを起こさないように静かに洗面所で顔を洗い、私はリビングに降りた。
リビングダイニングにも、キッチンにも、やっぱり誰の姿もなくて、ただひっそりとした朝の静寂に包まれている。
そりゃそうだよね。
昨日の夜は、みんな12時を超えるまで選書会の準備を手伝ってくれてたから、まだまだぐっすり寝ているはずだ。
いつも夜遅くまで起きてる南ちゃんはともかく、普段は10時くらいに寝てしまう万智ちゃんも、選書会で使う看板や飾り作りを手伝ってくれた。
鳥羽くんは途中から自分の部屋に籠って作業をしていたけど、私が寝る前に廊下を通ったらまだ部屋から光が漏れていた。
きっと夜遅くまで準備をしてくれていたんだと思う。
私は朝ごはんのグラノーラを箱から出してザラザラとお皿に盛る。
お手軽なのにフルーツも一緒に食べられて、牛乳や豆乳をかければタンパク質だって取れちゃう。
朝食を抜きがちでズボラな私だから、すっごく助かる食べ物。
これを教えてくれたのも、後輩の河原万智ちゃんだ。
万智ちゃんは本当にしっかりしてる。
ひとりっ子の私には初めてお姉ちゃんができたみたいな感じ。
本当は私の方が年上なんだけどね……。
万智ちゃんは、ちょっと厳しかったり偉そうなところはあるけど、言ってることはいつも正しいから納得できてしまう。
些細なことでも相談に乗ってくれたり、夜ご飯を用意してくれたりして、本当に優しい女の子だ。
そもそも半年前の2年生の夏に佐賀から引っ越してきた私が、こんなに早くシェアハウスに馴染めたのは万智ちゃんのおかげだった。
シェアハウスへの入居自体は、先生と管理人の親戚の南ちゃんの厚意があってこそだけど、この家や京都の空気に馴染めたのは万智ちゃんがいろいろ案内をしてくれたからだ。
京都の空気は、地元の佐賀とはやっぱり違う。
総じて違うなって感じるのは、人と人との距離感。
私の地元は、学校の生徒もご近所さんも、いろんなコミュニティがぎゅっと小さくまとまっていてみんな仲良し。
帰り道でたまたま通りかかった近所のおじちゃんの車に乗っけてもらって家に帰ったことがよくあったけど、それを話したら万智ちゃんが目を白黒させて「ありえないっ!」って騒いでた。
そういう感覚のズレは、クラスのみんなと馴染むときも苦労した。
うちの高校が進学校だから特殊なところもあるかもしれないけど、2年生の途中からやって来た私が最初に感じたのは、よそ者に向けられる視線だった。
2年生の夏にもなると、ほとんど友達グループが出来上がっていて、私はそのどこに入ればいいのかも、入り方もわからなかった。
だって、地元では小学校から高校までだいたいどこかに知り合いがいたから、私はゼロから「友だちづくり」をした経験がない。
せめて、同じ趣味――ライトノベルが好きな人となら仲良くなりやすいかって思ったけど、それも上手くいかなかった。
はじめて学校に好きなラノベを持って行ったあの日のこと、今でもたまに夢に見る。
『あ、そういうの好きなんだね』
『あんまり知らないけど、気が向いたら読んでみるねー』
『趣味は人それぞれだもんね』
勇気をもって初めて趣味を打ち明けたとき、返ってきたのはそんな反応だった。
最初は話を聞いてくれたけど、なぜか話題にあがるのはそれっきり。
最初はその真意が分かってなくて、なんでだろう?って思ってた。
だけどそれが、京都の人たちの「本音と建て前」っていうもので、本当は誰も私の趣味に共感してなかったんだって、しばらく経ってから知った。
ライトノベルは、私が物心ついた頃からそばにあったもの。とっても身近な存在だし、言わばライトノベルに育てられたと言っても嘘じゃない環境で生活してきた。
「ライトノベルはイラストありきだ」って言われていることも知ってる。けれど、逆に言えば、小説家とイラストレーターのふたりが力を合わせて初めて完成する本ってことだ。
身近にライトノベルに関わる大人を見てきたからこそ、私はみんなにライトノベルの魅力が正しく伝わってほしいとずっと願ってきた。
けれど、メンタルが弱い私には、引っ越してきた土地に慣れながらライトノベルも布教するなんて器用なことは到底できなかった。
だから、私は学校でライトノベルの布教は諦めた。
心から好きなことを語り合える友達をつくることは無理だけど、話しかけてきてくれる相手の趣味に合わせて、なんとか最低限の関係を維持する。それが私にできる最大限のことだった。
朝ごはんのグラノーラを食べ終えて、お皿をキッチンのシンクに置こうとしたら、昨日の夕飯の食器が水に浸かったまま残ってた。
昨日はみんなにお世話になったから、食器洗いくらいは私がしないと。
オレンジジュースの水滴が残ったグラスを洗っていると、いつもジュースをおすそ分けしてくれる南ちゃんの顔が頭に浮かんできた。
南ちゃんが紹介してくれたこのシェアハウスがあって本当に良かった。
京都で唯一、私が素の自分でいられる場所はここだけだから。
いまは卒業しちゃった先輩も、いま住んでいるみんなも、本当にオタクな私に寛容でいてくれる。
このシェアハウスに住んでいるのは、それぞれ分野は違うけれど、人一倍に好きな趣味をもっている人たちばかりだ。
だから私の趣味もあっさり受け入れられちゃった。
こんなに居心地のいい場所は他には絶対にない。
いまの住人といえば、最近になって引っ越してきた鳥羽くんは、まだ何が好きなのかはよく知らない。
本人は「俺はオタクじゃないです」って言ってるけれど、絶対にそんなわけない。
だって本当にそうなら南ちゃんが誘ってくるわけないから。
それに、鳥羽くんは私でもびっくりするくらいに博識だ。
『涼宮ハレノヒ』の選書会プレゼンを予行演習したとき、鳥羽くんが書いてきた原稿は、ラノベ好きを自称する私がお粗末に思えるくらいにマニアックで充実した内容だった。
好きでもないのにあんなに調べられるのだとしたら、それこそ変態級の知識オタクだ。
そして昨日の夕方。
気分転換に屋上に出ようとして、偶然鳥羽くんと南ちゃんが話しているのを聞いてしまった。
『良いも悪いも、好きも嫌いも、ちゃんと自分の目で見て、感じて、自分のものさしで測ってから判断するべきだろ』
鳥羽くんのあの言葉を聞いてから、胸の奥がずっと熱い。
その言葉は彼のもののはずなのに。
それはそのまま私が探していた私の想いだった。
だからパニックになった私は自分の部屋に駆け込んでいた。
あの言葉は鳥羽くんの本音なんだ。
そして、それを堂々と言えてしまう彼が羨ましい。
彼はいつも自分のものさしを持っている。
私がライトノベル好きだと打ち明けたときの反応も、プレゼンの予行演習で作ってきた原稿も、彼は世の中に
そんな彼が、選書会を諦めていた私に、「リベンジしましょう」って背中を押してくれた。
これ以上に心強い味方が他にいる? ううん、いない。
確かに万智ちゃんや南ちゃんに比べたら、鳥羽くんはまだ知り合って間もない年下の同居人。
けれど、ライトノベルの理解者として彼より信頼のおける人は、私の周りには他にいない。
正直、昨日の夜に鳥羽くんから「選書会に参加しましょう」って言われたときは、まだ心の中に迷いがあった。
やる気とか勇気とかの問題じゃないもん。
当たって砕けるのはもう嫌なんだもん。
そんな風に弱音を吐きそうになった。
けれど、これ以上にないってくらいお手本みたいな不敵な笑みで「作戦ならあります」だなんて言われたら、誰だって信用しちゃうじゃん。
自分でもびっくりしたけど、この人が言うなら大丈夫って自然にそう思えてしまった。
私はひととおりの洗い物を水切りラックに並べ終えて時計を見る。
まだまだ登校時間には早いけど、ゆっくり向かえば学校に着くころには教室にも入れるはずだ。
部屋に戻って制服に着替え、スクールバッグとみんなに作ってもらった選書会用の備品を詰めたトートバッグを確かに手に取って玄関に向かう。
今日の放課後、私は鳥羽くんを信じて選書会に臨む。
けれど、彼におんぶにだっこになるつもりはない。
鳥羽くんは「ブースの3分の1を使わせてください」って言ってたから、彼なりに何か準備をするみたいだけど、それを当てにするわけじゃない。
だって、彼には胸に収まりきらないくらいの勇気をもらったから。
涼宮ハレノヒを勧めたいのも、ライトノベルの魅力を伝えて友達を作りたいのも、それのせいでトラブルが起きちゃったのも、ぜんぶ私の事情で私の問題だから。
だから、私ひとりで選書会を成功させてみせる。
その覚悟で挑むんだ。
「ライトノベルって面白いね」「涼宮ハレノヒの最新刊を置いてほしい」って図書室に来た人みんなに言わせちゃうくらいの目標で。
当たって砕けるんじゃない。
私はもう砕けたりしない。
砕ける前に当たって、当たって、当たって壁のほうを砕いてみせるんだ。
鳥羽くん。きっとびっくりさせてみせるよ。
私のラノベ愛は、君に負けるくらいのやわなものじゃないからね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます