62話 夏祭りには誘惑が多すぎる(4)

 露天のひしめく参道の先、朱色の映える鳥居をくぐると少し開けた広場に出た。


 ここには地域に所縁のある和菓子屋や酒屋が屋台を出店しているようで、相変わらず人の行列がそこらかしこで伸びている。

 ただ、売り物のラインナップが団子や大福、お餅といった和の趣があるものばかりだからか、先ほどまでの露店と違って列をなしているのはどちらかというとお年寄りが多い。


 そして、そんな中だと若い女子の浴衣姿はよく目立つ。


 和菓子の屋台の店頭に見覚えのある浴衣姿を見つけ、北浜さんを引き連れてふたりの元へと歩いていく。相手もこちらに気づいて手を振ってくれた。

 間違いない、やっぱり南と河原だ。


「すまん、遅くなった!」


「ん-だいじょぶだいじょぶ。私たちも自由気ままに楽しんでたから。ね?」


 南が同意を求めるが、河原はわざとらしくため息をついてみせる。


「あれを自由気ままと言うにはちょっと無理があるでしょ。南の顔の広さにはびっくりよ」


「やー、確かにいっぱい声かけられたけど。河原ちゃんだって大概じゃない? 知り合いっていうかファン?の子が多かった気がするし」


「うん、まあ……。正直あんなにエンカウントするとは思ってなかったけど」


「詳細は良く知らんが有名人も大変なんだなあ」


 ふたりの口ぶりから察するに、祭りの中で友達や知り合いと出くわす機会がかなりあったんだろう。

 それを聞くと、このふたりと別々に行動していてよかったと思う。

 俺にはお約束のシチュエーション ――の友人とばったり出会ったとき ―― に正しく対処できる経験値はこれっぽっちもないからな。


 しかもその連れが同性の友達や彼女ならともかく、もはや「ただの友達」とも言えない相手となると、なおさらどんな距離感を演じるのが正解なのか分からない。

 もっとも、河原万智クラスの人気者が一緒だと、俺が近くに立っていてもただけ、としか思われない可能性はあるが。


 なんてやや自虐的な妄想をしていると、南が「それよりも」と耳打ちしてきた。


「(北浜さんとのデートはどうだった?)」


 ニヒッと小悪魔的な笑顔を浮かべる南。

 さてはこいつ、そういう意図をもってわざと俺と北浜さんを置いてけぼりにしたのか。


 そういえば、俺と北浜さんが以前の夜中にシェアハウスの外で会っていたことも知っているようだし、それをきっかけに俺たちの関係を勘ぐっているのかもしれない。


 いろんな意味で期待通りの話じゃないぞ、と示すように冗談めかして答える。


「ひたすら食べ物の荷物持ちやってたよ。後輩としては食べすぎを心配するレベルだった」


「ちょっと待って? もしかして私のこと言ってる⁉」


 勘づいた北浜さんが口を挟んできた。目の付け所が鋭いシャープだな。

 

「3000円相当をぺろりと食べちゃう人ほかにいます?」


「全部ひとりで食べてないからっ! ポテトも食べさせてあげたじゃん!」


 朱に染まった頬をむーっと膨らませる北浜さん。

 すると南がわざとらしく手を口に当てておちょくってくる。


「もしかしてあーんしてもらったの⁉ 先輩に?」


「一口だけな⁉ あとあれは不可抗力だ」


「変に鳥羽くん遠慮するんだもんねー。でもまたしてあげる、先輩として!」


 北浜さんがやっぱり得意げになっている。

 なんであの餌付けで上下関係を示せると思ってるんだ?

 と訝しく思ったが、そういやいつも北浜さんは河原に餌付けされているので恐らくその影響、というか一種の刷込すりこみだろう。


 今度は河原が口を挟んでくる。


「へえ、鳥羽と浜さんっていつの間にかそんな関係になってたんだ?」


「冗談だと思いたいからガチトーンで聞くのやめて?」


「じゃあそんな関係になってる」


「断言しろって意味でもないから!!」


 俺の反応を面白がるように女子3人がクスクスと笑う。

 本当にそういう関係 ――彼氏と彼女―― ではなかったけれど、先輩後輩としてはそれなりに楽しいひと時を過ごせた気がする。

 だから、これ以上の弁明は不要だなと感じて俺もつられるように一緒にクスリと笑った。


「そういえば、1個多めに買ったんだけど食べる?」


 豆餅が1つ残っているフードパックを差し出して南が言う。

 これは北浜さんがふたつ返事で受け取るだろうな。

 と思っていたが、意外なことに彼女の手はフードパックに伸びていかない。


「食べたい、けど今はお腹いっぱいで……」


「おお。ちゃんとお腹の限界値あったんですね、ちょっと安心しました」


「鳥羽くんってほんとに私のことなんだと思ってるの……?」


 困ったような顔を向けられるが、大食いキャラが身に着いちゃったのは自業自得ですよ?

 というか、食べても食べても太らない(ただし局部を除く)体質なのは純粋に羨ましい。


 ともあれ、北浜さんが食べないなら俺がご厚意にあずかりたい。


 ふたばの豆餅といえば、お店は平日でも行列必至で昼には売り切れてしまうほどの人気。

 全国区で有名な京都のお菓子というと、やっぱり八つ橋、次いで阿闍梨餅の名前が挙がるだろうが、それなりに地元に詳しい人ならふたばの豆餅こそお奨めするだろう。


「じゃあ俺が貰っていいか?」


「おけおけーはいどーぞ」


 白いお餅に豆が埋め込まれパンダを思わせる豆餅を受け取って、優しい力加減でかぶりつく。

 溶けそうなほどやわらかい羽二重餅がぐーんと伸び、その奥に隠れていた舌触りの良いこしあんの甘さが口の中に広がる。

 餅と一緒にやってきた大粒の豆をほっくり噛むと香ばしさが加えられ、餅の塩味、こしあんの甘みと合わさってすべての味覚が調和する。

 非の打ち所がない、まさに幸せの味だ。


 脳内食レポをしながら豆餅を堪能していると、その様子をガン見していた北浜さんが悔しそうに口を開く。


「うぅ、やっぱり食べたい! 川に入って腹ごなししたら絶対食べる!」


 北浜さんの瞳がやる気に燃えている。

 このお祭りのメインイベント「足つけ神事」の目的は厄払いのはずだが、明らかにそれとは違う目的で神聖な川に浸かろうとしてる人がここにいますね?


 早くもじっとしていられなくなったのか、北浜さんがそわそわした様子で本殿の方に目をやっている。

 これは誰かが付き添わないと勝手にひとりで行っちゃうやつだ。

 そんでもって絶対迷子になるやつだ……。


 そんな心配をしていると、3人の中で先に豆餅を食べ終えた南が北浜さんに声をかけた。


「そしたら先にふたりで行きましょっか?」


「うん! そんでさっと戻ってきて豆餅たべる!」


 よっしと拳を握って北浜さんが歩き出す。

 どんだけ食い意地張ってるんだこの人……。


 南は北浜さんの背を追おうとして、そのまえに振り返って言う。


「ということで先に行ってくるね、おふたりは後からごゆっくり~」


 最後にひらひらーと手を振って、南は北浜さんと肩を並べて歩いて行った。

 もうひとり残された河原を見ると、食べかけの豆餅はあと少し。

 一番最後に食べ始めたこともあって、俺の方はまだ半分残っている。


「何か待たせて悪いな」


「気にしてないから大丈夫」


 河原はそういうものの、あまりゆっくりもしていられないだろう。

 南が付き添っているので北浜さんのことは……たぶん大丈夫だが、いつの間にか太陽は山際まで落ちている。

 足つけ神事は夜までやっているが、そうは言っても暗くなると足元がおぼつかなくなるかもしれない。


 餅をのどに詰まらせないように注意しながら、俺は残りの豆餅をぱくっと口に放り込んだ。

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