第7話 おはらい

 私のクラスにAちゃんという子がいた。


 Aちゃんは、自分には霊感があると言ってはばからない女の子だった。

「あなたには○○の霊がついているわ」

 そうクラスメイトをおどかしては、怯えた子に「でも大丈夫」と押しつけがましく『おはらい』をする。

 それがいつもの流れだった。


 当然そんなアピールは煙たがられる。

 早々にAちゃんは孤立するだろう。

 そうクラスの誰もが思ったはずだ。

 けれど『おはらい』をされた子たちが口々に「なんだか体が軽くなった」とか「気分が楽になった」なんて言い出した。

 そんな評判が次第に広がっていって、Aちゃんはクラスどころか学校内の有名人になった。


 放課後になれば『おはらい』や心霊相談を頼みに、いろんな子がAちゃんの机に列を作る。

 クラスも学年もごちゃまぜになった教室は学祭とかのイベントみたいで、私は教室の端から見ているだけだったけれど、なんだかそわそわと浮かれた気分になったものだ。


 ある放課後。

 この日は珍しく静かだった。

 教室の中にはAちゃんと私しかいない。

――まあ、アレだけひっきりなしに『おはらい』してたらねぇ。

 毎日毎日誰も彼もが“幽霊”を引っ付けてるわけじゃあない。

 需要が一段落したっていうことだろう。

 

 横目でAちゃんの様子をうかがう。

 彼女は自分の席でまっすぐ黒板を見つめたまま微動だにしない。


 このまま閉門までいるつもりだろうか。

 いささかうんざりしていると、扉が開いた。

 入ってきたのは背の高いスラリとした女の子だ。


 たしか、陸上部の三年生だったろうか?

 教室から部活の様子を見ただけだから自信はないけれど、部員に指示を出していたからキャプテンだと思う。


 その子は教室の中をきょろきょろと見渡す。

 Aちゃんの姿を確認すると、彼女の席までそそくさと足早に近づいて行った。

 陸上部の子――Bさん――は、他に誰もいない教室にもかかわらず、誰かに聞かれたら困るとばかりにボソボソと話し出した。


 どうも最近脚が重いらしい。

 どこか悪いのかと病院に行ってみたが何も問題はなし。

 しかし一向に脚はよくなるどころか“何か”がしがみついてギリギリと締つけているような鈍い痛みすらしだした。

 そこで噂になっているAちゃんへ相談に来たらしい。


(私なら「疲れがたまってるんじゃない? せいぜいよく休んで怪我しないように気をつけてね」って追い返すなぁ。Aちゃんはどうせ『おはらい』するんだろうけど)


『おはらい』なんていっても、頭や肩をサッサと手で払ったあと、背中から何かを摘まんで放り投げるような動作をして「はい、おしまい」っていう簡単なものだ。

 これで体に憑いてる“何か”を祓っているらしい。


 この流れにもいい加減飽きてきたなぁ、なんて思いながら二人を眺めていると、Aちゃんが口を開いた。


「これは厄介なモノがついてるわね。これじゃあ『おはらい』ができないわ」


 私は思わずAちゃんを凝視してしまった。

 Aちゃんはそんな私の視線には気づかず、席を離れてBさんのそばにかがみこむ。

 困惑するBさんのスラリとした脚に上から下へと手を這わせると、今度は自分の脚に下から上へと手を這わせ脛の辺りで何かを結ぶ仕草をする。

 まるでブーツでも履いているようだ。


「これでもう大丈夫。あなたの脚には悪いモノが憑いていたの。力が強くってここでは『おはらい』ができないから、いったん私の方へ移したわ」


 Aちゃんは、そんなことをして大丈夫かと心配するBさんに「家に帰れば対処できるから」と微笑む。

 目を潤ませて繰り返し感謝するBさんを見送ると、Aちゃんも満足げに教室を出て行った。

 茫然と立ちすくんだままの私を残して。


 その日、Aちゃんは死んだ。

 帰る途中にある溜池に落ちて溺れたらしい。


――あーあ。


 結局、彼女の“霊感”は嘘だったらしい。

 昨日、もしかしたら本当に幽霊が視えるんじゃないかと思ったんだけれど、やっぱり違ったようだ。


 Bさんにやってみせたは、単にマンネリ気味だった『おはらい』に変化を持たせてみようというAちゃんの試みだったのだろう。


(そりゃ、まともに視えてたら“あんなモノ”を自分の脚に移そうなんて思わないよねぇ)

 その上、水場に近づくなんて――。


 Bさんの脚には確かによくないものがとり憑いていた。

 それは全身がふやけてグズグズに溶けた上半身だった。

 Aちゃんは、皮膚も肉もベチョベチョにはがれかけているソイツを自分の脚に抱きつかせて、あまつさえ縛りつけたのだ。

 先輩であるBさんに恩を売って満足げだったAちゃんをじぃぃっと見上げる白く濁った眼球を思い出し、私は顔をしかめる。


 助けてあげればよかっただろうか?

 いいや、Aちゃんはそもそものだから、結局はどうすることもできなかったのだ。


 不愉快な光景を頭の中から締め出して、授業に耳を傾ける。

 何度も何度も聞いた内容。

 顔ぶれは違っても似たような風景。

 整然と並んだ生徒の中にぽつんと浮いた空席。

 そこに座っていた人物はもうココにはいない。


「変な見栄をはるからこんなことになるんだよぅ?」


 そう声に出してみるが、誰も反応しない。

 私はため息をついて教室を出た。


 当然、扉は開けずに。

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