第66話 猫の鳴き声

 昔、実家でのこと。


 にゃあにゃあと家の外で声がする。

 黒猫を外飼いしていたのでその子かと思い庭を見た。


 田舎の夜は街灯がなく暗い。

 月が出ている日は驚くほど明るいが、残念ながらこの日は曇っていた。

 家の窓から漏れ出る明かりは庭の半ばほどしか照らしていない。


 にゃあにゃあという鳴き声は暗闇の先、どうやら庭に隣接している畑の方からだ。

 畑といっても家庭菜園程度に全体の一部分しか使っておらず、慣れた敷地内ということもあって明かりも持たずに私は縁側から庭に下りた。


 鳴き声はすれども、黒の毛並みは闇に溶け込んで何も見えない。

 声を頼りに屈んで手を伸ばすと、指先が毛に触れた。

 猫の名前を呼びそのまま撫でつける。


 しかし、すぐに違和感を覚え私は凍り付いた。

 指に絡みつくほど長い毛、触れた皮膚から下は骨のように硬い。


 これ、人の頭だ。


 そう悟った瞬間、か細い猫の鳴き声が肉食獣のような野太いものに変わった。

 私は悲鳴をあげて家に逃げ込む。

 すぐに両親を伴って戻るが、懐中電灯が照らす先には何もいない。


 猫の名前を呼ぶと、家のそばにたてていた猫小屋から顔を出して、「何かあった?」と言わんばかりに怪訝な様子で寄ってきた。

 今さらながら飼っている猫の声とずっと畑から響いていた鳴き声は似ても似つかないことに気がついた。

 どうしてこんな勘違いをしてしまったのか。

 ありえない聞き間違いと体験に青ざめていると、周囲を確認してきた両親が戻ってきた。

 周りにそれらしい人影はなく、畑にも荒らされた様子や誰かが入り込んだ様子はなかったらしい。


「う、ウソやないよ」


 思わずそう抗議した私に、両親は笑って答えた。


「ま、盆やし、ほんなこともあるやろ」


 聞けば何年かに一度くらいは不思議なことが起こるのだとか。


「近所の人のほとんど、一つくらいは変な体験談持ってるんやない?」


 山奥にある古い古い田舎町。

 両親が子供の頃には山の林からときおり狸囃子が聞こえたような、そんな土地での話である。

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