第61話 古団地のエレベーター
ちょっと怖い体験したから聞いてほしい。
俺、新聞配達のバイトをしてるんだけど、配達先のひとつに団地があるんだ。
同じ形をした六階建ての古い建物が何棟も並んでるところでさ。
ウチの販売店だと、朝刊は一階の集合ポストじゃなくて、それぞれの部屋の郵便受けに直接入れる決まりなんだ。
まあ、全部じゃなくてせいぜい一棟あたり十部屋程度だけど、それでも一階から六階までまんべんなく回らなきゃいけないからけっこうめんどくさい。
配達の順序としては、まず一階の部屋を回る。それからエレベーターで六階まで上がって順に配達していくんだ。
下りる時は階段使ってる。
エレベーターの方が体力使わないけど、建物の中央に一台しかないからいちいちそこに戻るのってちょっと手間なんだよね。
階段なら建物の左右と中央にそれぞれついてるから、ルートを決めればそっちを使った方がずっとスムーズに終わるし。
前振りが長くなったな。
そんな団地の中にある一棟でのことだ。
そこは配達する部屋の都合上、五階と三階は建物の端から端まで移動する必要があって、割とめんどうな棟だった。
で、その二つのフロアを回る時は当然エレベーターホールを通りすぎるんだけど、どういうわけか俺がそこに差し掛かるタイミングでエレベーターがやってくるんだよ。
毎回見計らったように、前を通過するかどうかのところで、チンって扉が開くんだ。
こっちとしては配達の後がつかえてるし、使わないから無視して通り過ぎてた。
どうせここに住んでる人の夜勤明けの帰宅とか早朝の出勤時間とかぶってるんだろうなって思ってたし。
だから、誰が乗ってるかはずっと見たことなかったんだよね。
それで昨日の話になるんだけど、たまたま契約の更新時期で新聞とるのを止めたところが俺の担当のコースでいくつか重なったんだ。
前の日に友達とうっかり飲み過ぎて二日酔い起こして具合悪かったから、時間に余裕ができたことだしゆっくり配達することにした。
五階を回ってると、エレベーターが来た。
のんびり歩いてたからちょうど前を通りがかったタイミングで扉が開いたんだけど、中には誰もいない。
変だなとは思ったけど、そのまま奥の部屋の郵便受けに朝刊を入れて階段を下りた。
四階を終わらせて三階に着いた頃には、普段より十分くらいオーバーしてた。
さすがにゆっくりし過ぎかと思いながら新聞を配っていると、廊下の少し先からウィーンって機械の駆動音がほんのり聞こえてきたんだ。
エレベーターが下りてきてるんだなって、すぐにわかった。古いせいかちょっと音が響くんだよ。
同時に「えっ?」って思わず声が出た。
だって、普段配達してるときにドンピシャでかちあってるエレベーターが、遅れてるこのタイミングであうのはさすがにおかしいだろ。
だからついつい小走りで様子を見に行ったんだ。
すると、ちょうど扉が開くところだった。
けどな、誰も乗ってないんだよ。
驚いたけど、すぐに悪戯かもって思い直した。
俺が六階で降りた後、誰かが下の階のボタンを全部押してそれぞれの階に止まるように細工してるのかもしれない。
まあ、そんなことして何の意味があるんだって話だけど。
その時はそれしかないと思ったし、ちょっとした好奇心もあって確かめてみようと、エレベーターに入ったんだ。
扉が閉まんないように『開』のボタンを押して。
四角い透明なプラスチックのカバーが少し突き出たタイプの古臭いボタンは、どの階層も暗いままだった。
一階と二階のボタンは押されてないってことだろうか?
俺は首を傾げる。
それとも、自動で一階まで下りる設定のエレベーターがあるって聞いたことがあるし、ここのも一定時間が経つとワンフロアずつ下りていくようになっているのかもしれない。
そんな風に納得してエレベーターを出ようとした時――
カチ、と
ボタンが押された。
『B1』と書かれた文字が点灯する。
俺は混乱した。
だって、エレベーターの中には俺以外誰も乗ってないんだよ。
それに、このマンションには地下階なんて存在しないし、
茫然としてると、カチカチカチって音が響いた。
誰も触ってないのに『閉』のボタンが押されている。
何度も何度も何度も。
驚いた拍子に、抑えてた『開』ボタンから手を離してしまった。
扉が閉まり始める。
俺は慌てて隙間に身体を差し込むようにしてエレベーターから転がり出た。
振り返ると、扉の間からいなかったはずの真っ黒な人影が見えた。
精神的にはグチャグチャだったけど、何とか配達は終わらせたよ。
販売店に戻って同僚に聞いてみたんだけど、誰もあそこの団地については特に知らないって言うし、同じ体験したヤツはいなかった。
支店長は六階に行く分には問題なかったんだから今まで通りの回り方すればいいだろ、なんて気楽に言うけどさ。
気づいちゃったせいで事態が悪化するってよく聞くじゃんか。
あー……明日からの配達、行きたくねぇ……。
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