第70話 もう一人いる?
大学時代のとある夜。
友人と急きょ怖い映画を観ようという流れになったことがある。
彼の趣味のドライブに付き合った帰り、たまたまレンタルショップを見かけ「夏だしな」程度のノリだったと思う。
古い洋画のホラーを一本と、心霊動画系のものを一本借りた。
洋画はCGもない時代の作品だったが、フィルム特有の薄暗く荒い映像と、手作りによる生々しい質感を持った怪物の造形は秀逸で、さすがは有名作と膝を打つものだった。
続けて心霊動画ものを観たのだが……まあ、観る順番が良くなかったのかもしれない。
緊迫感がありつつも海外作品らしい派手さを備えた映画のあとでは、恐ろしげな雰囲気の『何か』が写り込んでいるとはいえ、淡々としたナレーションと共に一本調子で流される短い動画や写真の映像を観続けるのは少々刺激が足りなさすぎた。
「……ぅうん、どこだ? どっか写ってる?」
「わっかんない」
加えて、動画はともかく写真の方はどこに心霊系の写りこみがあるかが非常にわかりにくいものが多かったことも原因だろう。
「あ、見つけた」
「え、俺まだなんだけど!? ちょっと待ってちょっと待って」
『おわかりいただけただろうか……』
「おわかりいただけてない!」
だから観ている側の『姿勢』が変わっていったのもやむを得ないことなのだと思う。
「……ぜんっぜん、わからん」
「えぇ……ホントに写ってる?」
『おわかりいただけただろうか……』
「まだ探してる途中でしょうが!」
「一時停止しろ!」
「いやでもそれは、ちょっと、ズルじゃないかな!?」
いつの間にかホラー鑑賞ではなく、間違い探しをしている感覚になっていた。
「あったあったあった!」
「よっしゃ、見つけた!」
『おわかりいただけただろうか……』
「はい! 完璧です!」
「次の問題どうぞ!」
初めこそ手間取ったが、再生時間が半分を過ぎる頃には少しずつコツをつかみ、画像が出た瞬間になんとなく問題の部分がわかるようになってくる。
最終的に後半は全問正解という好成績で終え、我々は奇妙な達成感を胸にエンディングのテロップを迎えたのだった。
「うん……なんていうか……途中から趣旨変わってなかった?」
「そうね……」
「でもまあ、実際怖くなかったし」
「微妙なん多かったもんねぇ。そんなふうに見えるだけじゃね? って」
「まー、仕方ない仕方ない。こーいうのってほとんど偽物だって言うし」
「「だよねー」」
場の空気が一瞬にして凍りついた。
友人の声がダブった。
正確に言うなら、私の言葉に同意する友人の声と誰かの声が重なった。
室内にいるのは私と友人だけだ。
DVDはエンディングも終わり、メニュー画面が表示されている。不安を誘うようなBGMがかすかに流れていはいるが、音声が混じっている様子はない。
ならば隣の部屋の声が、というのも流石にありえなかった。
それは私たちのすぐ背後から聞こえたのだから。
私と友人は無言で目を合わせると、即座にDVDをレンタル用の袋に入れて部屋を出た。
車に乗り、閉店したレンタルショップの返却ボックスにDVDを放り込んで、そのままカラオケで一晩を過ごしたのだった。
さて、その翌日の事である。
徹夜明けの気怠さと軽いのどの痛みを覚えつつ買い物に出ていると、別の友人と会った。
「昨日どっか行ってたの?」
どうやらバイトの帰り、私たちの車とすれ違っていたらしい。
私はかいつまんで昨夜の事情を説明した。
当時こそ混乱し慌てたものの、ただ声が聞こえただけで実害があったわけでもなし。何事もなくカラオケでただただやけくそ気味に盛り上がった一夜が明けてみれば、ちょっとしたレアな体験談として私の中では落ち着いていた。
話を聞き終えた友人は、一つ二つ瞬きをすると「今の話を聞いたからいうわけじゃないんだけど」と前置きをしてこう言ったのだった。
「暗くて顔はわからなかったけど、後部座席にもう一人いたよ」
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