第93話 山奥の廃車置き場

 中学最後の夏でした。

 近所の――と言っても山奥ですけれど、私と幼馴染のIを含む四人で廃車置き場に遊びにいったんです。


 一学期の最終日、私が友人たちと夏休みのことを話し合っていると、Iが面白い場所を見つけたって言い出したのがきっかけでした。

 そこは山の頂上に近い拓けた場所で、大量の車が捨てられていました。


 最近の型は一つもなく、どれも昔の映像で見たような、丸っこくて少し野暮ったい感じのするものばかりです。

 それらが並べられるでもなく無造作に放置され、さながら迷路のようでした。


「うっわ、めっちゃくちゃ古い車ばっかじゃん」

「トランクとか調べてったら、大金とか入ってないかな」

「ねーよ」


 少し日常とは離れた光景にテンションの上がった私たちは、はしゃぎながら奥へ奥へと進んでいきました。

 すると、迷路の突き当りにバスが止まっているではありませんか。

 窓から見える座席はコの字型に並んですべて車の中央へ向いており、天井からはシャンデリアがぶら下がっていてます。


「サロンバスだな」とIが言いました。


 錆びついた車体をぐるりと確認すると、運転席のドアから入ることができました。

 中は埃とカビの匂いが鼻を突きましたが、目立った汚れもなく、錆びついた外装に比べれば随分と綺麗です。


「テレビあるじゃん」

「でっか」

「マイクあんだけど、もしかしてカラオケできんの?」

「スイッチ多いなー。ソフト入れたら映画とかもみれるっぽいぞ」

「どこに?」

「これ? 入れる場所デカすぎね? ブルーレイとか無理だろ」

「いや、VHSだから」

「なにそれ?」


 豪華な内装。動かないけれど様々な機械類。

 気恥ずかしくて口には出しませんでしたが、その場の全員が同じことを考えていたことはお互いの目を見れば明らかでした。


 ここはまさに『秘密基地』だ、と。


 私たちは日を改めて集まろうと話し合いました。

 掃除をして、食べ物やいろんなものを持ち込んで、自分たちの好みに改造するのです。


 次の土曜日、私は家の用事で一時間ばかり遅れて廃車置き場にやってきました。

 両手にはコンビニで買ってきた飲み物とお菓子が詰まった袋をぶら下げて。

 他のみんなが先に掃除しておくかわりに、私は食べ物をまとめて買ってくる役割になったのです。


 うきうきと手の重みも感じないほどに軽やかだった私の脚はしかし、バスが見えた瞬間にピタリと止まってしまいました。


 窓から見える車内には、Iたちがいました。

 掃除はすでに終えたのか、三人で座席に腰掛け中央のテーブルをはさんで談笑しています。


 それだけなら私が足を止める必要はありません。

 むしろすぐにでも乾杯をしようと駆け出していたでしょう。


 ですが、彼らだけではなかったのです。


 まるで通勤バスのように、性別も年齢も服装もバラバラな人たちが車内にひしめいていました。

 Iたちは何事もないかのように笑い合っています。

 そんな彼らを囲むようにして、大勢の人がただただじっと見つめているのです。


 あまりに異様な光景に、私はどうすることもできずに立ち尽くしていました。


 すると、突然Iが驚いた様子で椅子から跳びあがり、他のみんなもそれに倣うようにしてバスから転がり出て一目散にこちらへと走ってくるではありませんか。


 Iがすれ違いざまに私の手を取り「逃げるぞ!」と叫んで引っぱります。

 バスの窓から注がれる無表情で気味の悪いおびただしい量の視線を背中に感じながら、私たちは廃車置き場から逃げ出したのでした。


 山を下り、車通りの多い場所にたどり着いてようやく人心地ついた私は、どうしてあんな状況になったのかを尋ねました。


 Iたちは三十分程度で掃除を終わらせたあとはずっとで私を待っていたのだそうです。

 あれやこれやと話しているうちに「宝探しでもしてみよう」と盛り上がり、その流れでIが「死体とか見つかったりしてな」と冗談めかして言いました。


「いやいや、ねーよ!」と他の二人が笑って突っ込みを入れる中、



――あるよ



 はっきりと、Iたち以外の誰かの声が、聞こえたのだそうです。


 Iは年配の男性の声だったと言い、他の二人はおばあさんだった、いや、若い男性だったと主張します。

 そして三人とも、自分の背後から声を聞いたと口をそろえたのです。


 私たちはこの体験を誰にも話しませんでしたし、できるだけ忘れるようにしていたので、あそこで何か事件などがあったのかはわからないままです。


 けれどあの場所が撤去されたという噂は聞かないので、もしかしたらあそこには多くの廃車と、それ以外の何かがいまだに眠っているのかもしれませんね。

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