第94話 効くといいな

 ふう――ようやく座れる。

 いやあ、年取るとこの距離歩くのも結構しんどいな。


 悪い、こんなとこまで。

 俺んならゆっくりできるんだけど、いま人を中に入れられる状況じゃないからさ。


 散らかってるのかって?

 まあ、そんなとこ。


 そういやしばらく外で待っててもらったけど、俺が出るまでに誰か来てたか?


 扉の前に誰か立ってるのは見かけた?

 どんな奴?


……いや、心当たりはないよ。勧誘だったのかもな。


 ちょっと目を離したらいなくなってたんだろ?

 んじゃ気にすることもないよ。 


 ええっと……お前って、怖い話とか人から聞いて集めてたよな。

 いまでもやってんのか?


 そっか。

 けど、そんなことしてて、変なこと起こったりしないのか?

 怖い話してると向こうから寄ってくるとかって言うだろ。

 あとほら、なんか大勢で怪談やって、最後まで話しきるとよくないことが起こるってのなかったっけ。


 そうそう、百物語だ。

 あ、そうだ。聞いたら呪われる、ってのもあったよな。


 実際どうよ。


 なんにもない?

 お祓いなんかもしたことない?

 ふうん、そうか。


 あー、とりあえず乾杯するか。うん。

 ほい、お疲れ様。


……ふう。


 実はさ、俺もあるんだ。怖い話。

 今日来てもらったのは、お前から久しぶりに連絡があったからってのは、まあもちろんそうなんだけど、もしまだ怪談集めなんてやってるんだったら、この話を聞いてもらおうと思ってさ。


 聞いてくれるか?

 ああ、よかった。


 廃墟巡り、してたんだ。趣味で。

 心霊目的じゃないぞ。

 なんていうのかな、当時はにぎわってただろうなって大きな施設が寂れた感じとか……詫び寂びかどうかはわかんないけど、あの雰囲気が好きなんだよ。


 だから休日とか時間を見つけて、いろんなところの廃墟に行ってたんだ。

 中に入れそうな建物は少し中を見たりするけど、ほとんどは私有地で立ち入り禁止だから遠目に観察するくらいだな。

 老朽化で危ないし。

 それだけでもけっこう楽しいんだぜ?


 で、こういう趣味のヤツって意外といて、たまに現地でも出くわしたりするんだよ。

 中にはその場所に詳しいのもいたりするから、そういう人たちに話を聞けるとめちゃくちゃ面白いんだ。


 まあ、眉唾な怪談話みたいなものも、やっぱあったりするけどさ。


 断っとくけど、そこで聞いた話じゃないからな。

 あと、廃墟を巡ってた時に体験したってわけでもないんだ。


 たぶん、原因はそれだと思うんだけど。

 正直、よくわかんないんだ。


 ひと月近く前に秩父の方の廃村とか廃墟を五か所くらいかな、 連休の二日間を使ってぐるっと回ったんだ。

 俺と同じで廃墟巡りしてる人とかたまたま会った現地の人に、そこの建物の話を聞いたりしてさ。


 楽しかったなぁ。


 巡ってる最中は本当に何もなかったんだよ。

 けど帰ってから、ちょっとおかしなことがずっと続いてて……。


――たぶん、ついて来たんだと思う。


 廃墟巡りから戻った次の日、仕事の同僚とか知り合いの何人かが、顔を合わせた拍子に一瞬だけ「おやっ」って反応をするんだ。

 どうした、って聞いても「見間違い」とか「気のせい」って曖昧な返事でさ。

 自分でも何に気を引かれたのかわかってない様子だった。

 まあそんな感じだったから、俺も気にはしなかった。


 けど、それから一週間が過ぎるころになると「いま誰かと一緒にいなかった」って言われるようになった。

「誰かが後ろにいた気がするんだけど」とかさ。


 レストランで一人分多くコップを置かれたりもしたよ。


……ああ。さっきも店員の兄ちゃんが余分に一つ置きかけてたな。


 でも俺は、変なことが重なってるな、ってくらいにしか思ってなかった。

 まさかテレビの心霊体験みたいなのが自分に起こるなんて発想がそもそもなかったしさ。


 でもな……。


……これ、うちのインターホンのカメラの録画画像。

 先週、留守にしてた時に撮れたんだ。

 真正面に写ってるのは宅配の人な。


 で……その斜め後ろのヤツ、誰だと思う?


 普通ならこの宅配の人が新人で、その指導役でついて来てる人だろうって思うよな。

 けど、それだと制服着てるもんじゃないか? どうみても私服だろ、これ。


 それにコイツ、他の宅配業者が来た時の画像にも写り込んでるんだ。

……ほら、これ。顔ははっきりしないけど、全部同じ服装で似たような背丈だろ。


 近所の人じゃないかって?


 はっ。


 聞いたんだよ。宅配の人に。

 こいつ知りませんかって。


 みんな「知らない」ってよ。

 隣近所の住人じゃなさそうだし、この辺りの配達中にも見たことないってさ。


……なあ。


 お前がさっき見たの、コイツじゃなかったか?


………………まあ、わかんないか。


 とにかく、人の悪戯にしちゃどうにも変な感じがするし、思い返せば廃墟巡りから帰ってずっと変なことが起こってるのに気がついたんだ。

 しかも初めは気にもならない程度だったのが少しずつはっきりしてきてるって思ったら、ホントに気味が悪くて、同僚に相談したらお祓いをすすめられたよ。


 ああ、行った。 

 半信半疑だったけどさ。


……どうなったと思う?


 収まらなかった。

 むしろ悪化した。


 街中でふとガラスを見ると、反射した俺の後ろにソイツが立ってるんだ。

 けど、振り向いたら、いない。

 お払いに入った翌日から、外にいる間はずっとソイツの姿が鏡やガラス越しに見えるようになった。


 いつでも、どこにでも、ついてくるんだ。


 顔はぼんやりしてわかんない。

 ただ俺の一歩後ろに立って、こっちをじっと見てやがる。


 お祓いしたのにな。

 一回だけじゃない。

 何度も何度も、

 いくつも、いくつも、いくつも、

 寺や神社をまわって、うさん臭い霊能者にも相談した。


 けど、ぜんっぜん解決しねぇ。

 いなくならねぇ。


 最近は足音まで聞こえるんだ。

 俺の歩く音に混じって、ジャッ、ジャッ、って靴をする音が。後ろから。


 霊能者の一人が「気にしない方がいい」って言ったよ。

「気にすればするほど霊の存在が濃くなっていくから」って。


 そんなことできるわけねぇだろ……!

 こんな状態で気にしないって、どうやったらできるんだよ!


 俺の部屋、人あげらんないって言ったろ?

 お札とか魔除けだらけなんだよ。

 だってそうだろ。もう自分ちしか逃げ場がないんだよ。


 あ、アイツ、家の中までは、は、入って来ないんだ。


 たぶん、な。

 俺が思うに、アイツは家には入れないんだよ。


 ほら、吸血鬼って、住人に招かれないと家や部屋に入って来れないらしいじゃんか。


 へへ、へ、調べたんだ。


 たぶん、アイツも同じなんだ。

 お、俺が「入っていい」って言わないと中に入れない。


 じゃないと、俺が家に帰ったときとか宅配便受け取ってるときに、とっくに入ってるはずだろ?


 うん、うん、そうなんだ。

 だから、誰も家には、入れないんだ。


 俺が、例えばお前を部屋に入れたら、後ろにピッタリくっついて入ってくるかもしれないじゃないか。

 お前に「どうぞ」とか「いらっしゃい」って言った言葉を自分に対してだと解釈されるかもしれない。 


 だ、だ、だから。

 絶対、入れない。

 入れてやるもんか。


 お守り?

 き、効いてるかわかんないじゃんか。

 お祓いはダメだったし。

 それでも、ないよりは、マシかなって、置いてるだけだよ。


 とにかく、これが、俺が体験してる、話、だ。


 なあ、なあ、なあ、お前が知ってる中で、似たような話、ないか?


 あるなら、その結末ってどんなだ?

 解決できそうな方法とかないかな?


……そ、そうか。

 知らないか。


 い、いいよ、いいよ。

 気にすんな。

 うん。


 気にすんな。


…………。


……そろそろお開きにしようか。

 悪い。久しぶりに会ったのに変な雰囲気になっちゃって。


 そ、そうだ。

 これ、やるよ。お守り。


 お前にこの話するから、霊験あらたかだっていう神社で買ってきたんだ。


 だって、俺、この話、誰にもしてなかったから。

 もし、な、もしかしたら、話してそっちにうつっちゃったりしたら大変だと思ってさ。


 念のためだよ。


 ううん、いいんだ、いいんだ。

 もらってくれよ。


『お化け除け』なんかじゃなくても、普通のお守りとしてもいいと思うから。


 俺も同じのは持ってるし。

 もしかしたら、アイツが家に入って来ないのも、見てる以外何もしてこないのもこのお守りの効果かもしれないしな。


 うん、うん。そうしてくれ。


 効果があるといいな。


 本当に――


 

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