第95話 こたつの話

 勘違いかもしれないちょっと不思議な出来事。


 十一月になり、こたつを出した。

 クローゼットの奥のこたつ布団を日干ししてカバーを洗濯してなどの手間が面倒でなかなか思い立つことができなかったが、このところの冷え込みに負けてようやく重い腰を上げのだった。

 しかし用意こそ散々渋ったものの、一たびセッティングされてしまえばもうこたつのない生活などありえない。

 休日ともなれば、こたつに足を突っ込み動画サイトの怖い話をBGMに読書をするスタイルが基本になりつつあった。


 先日のことである。


 夕飯をすませ、いつものごとく横になって怪談を垂れ流しつつ本を読んでいるうちに、いつの間にか眠ってしまったらしい。

 はっきりとは覚えていないが、むかし家族や親せき一同で旅行に行った時の夢を見ていた気がする。


 ぼんやりとした意識のままもぞもぞと足を動かしていると、つま先が何かに触れた。


 どうやら膝のようだ。

 両親か兄姉の誰かが私の対面に座っているのだろう。

 そう考えたのも束の間、違和感が脳裏をよぎった。


(あれ、ここって実家じゃなくて、一人暮らしのアパートじゃなかったっけ……?)


 しかし、足先にはたしかに何者かの脚が当たっている。

 夢うつつの状態から一気に現実に意識が引き戻され、私は焦りのあまり飛び起きた。


 だがその拍子に、こたつの天井に膝を思い切りぶつけてしまった。

 ゴンッ と鈍い音がして、卓上のノートパソコンや小物が跳ねる。


 大小さまざまな音に混じって、驚いたような男の声がこたつを挟んだ向かいから小さく響いた。


 痛みに顔をしかながらも私はこたつから大急ぎで這い出て、距離を取りつつ声の方を確認する。

 だが、そこには誰の姿もなかった。


 ワンルームの狭い室内には私一人。

 パソコンから怖い話を淡々と語る女性の声以外、物音も人の気配もない。

 念のため物が押し込まれたクローゼットや浴室なども調べてみたが、誰かが隠れていることもなく、玄関や窓の鍵もしっかり閉まっていた。


 寝ぼけてこたつの脚を人のものだと勘違いしてしまった可能性は大いにある。


 けれどどうにも釈然としないのは、私がこたつに足をぶつけた瞬間、たしかに男性の「うわ」という声を聞いたのだ。

 もしかしたら流していた動画にそんな音声が入っていたのかもしれないと確かめたが、それらしいものはみつけられなかった。


 怖い話を読むのも聞くのもやめようとは思わない。


 しかし、寝ながら聞くのはやめておこうかな、と少しだけ迷っている。

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