第22話 霧中
…………いつの間にか眠っていたようだ。
ガタンゴトンと一定のリズムに紛れて、車内アナウンスが聞いたことのない駅名を告げている。
乗り込んだ時にはそれなりに埋まっていた車両も、今では私の貸し切り状態だった。
窓の外は生い茂った緑の斜面がゆっくりと流れていく。
見たことのない景色。
いつの間にか、かなり田舎の方まで乗り過ごしてしまったらしい。
法律に抵触しそうな連勤がようやく明け、何年ぶりかも思い出せないほど久しぶりの二日間の休日。
ふと思いたち、
結局この電車は何処行きなのだろうと辺りを見渡すも、路線図も何も見当たらない。
ああ、頭がふわふわする。
まだ眠気が取れきっていないらしい。
ぐうっと背筋をのばしてみても、頭に
やはり疲れている。
心身ともに
なんとも
覚えているのに思い出せないとは、なんともモヤモヤと座りの悪いものだが、仕方ない、夢とはそういうものだ。
気晴らしと言う意味では、こんな何処とも知れない山奥に来たのは偶然とはいえ正解だったかもしれない。
再び駅名のアナウンスが流れないものかと待っていたが、車内スピーカーは沈黙したまま次の駅に到着してしまった。
とにかく、どのあたりの駅なのかを確認するために一度電車を降りる。
駅舎は、屋根付きのバス停とでも言った方がいいような小さく古ぼけた無人駅だった。
『■ヾ●━駅』
読めない。
年季の入った駅舎の柱に書かれた駅名は、かすれて記号のようにしか見えず、路線図も日光に漂白されて、これではただの汚れた板である。
読めないものを判読しようと徒労を繰り返しているうちに、電車は私を置いて走り去ってしまった。
一両だけの、芋虫のような車両が遠ざかっていく。
はて、あんな形だったろうか?
まあ、アレから降りたのだからそうなのだろう。
次の便を待とうにも、時間がわからない。
いずれやっては来るのだろうが、まだ陽も高いことだ。少しばかり辺りを散策してもいいだろうと、私は木製の改札を抜けて駅舎を出た。
道は一本だけ。改札口からまっすぐ山の奥へとのびている。
道の左右には草木がみっしりと隙間なく生え、壁のようだ。
登山道だろうか?
ならば山頂に行けば何かしらの施設があるのかもしれない。
私は歩き出した。
どれくらい歩いたのだろう。
振り返ると駅舎はもう見えない。
気がつけば霧が出始めている。
しかしもう少しで山頂にたどり着くかもしれない。
私は歩を進める。
霧が濃い。
いつの間にか足元に道がなくなっている。
左右に立ち並んでいたはずの濃緑の壁も消え失せていた。
あと少し、あと少しとしているうちに、道を見失ってしまったようだ。
薄灰色の
ギ、ギィ、と木の軋む音がして、私は目を凝らした。
獣かと警戒したが、霧の向こうでフラフラと揺れるそれは人の形をしている。
私は息せき切って駆け寄った。
人だった。
ああ、正しく、人だったものだ。
両脚は地面から大きく離れ、頭上には荒縄が天へとのびている。
風もないのにソレはユラユラと振れて、その度に木が泣き声をあげる。
ギィ、ギィ――
私はかつての縁日の金魚を思い出した。
小さな小さな袋に入れられ、紐でぶら下げられた金魚。
いつの間にか白い腹を見せて浮かんでいた。
プラプラと、ユラユラと、揺れていた、金魚。
ギィ、ギィ――
見渡せば、あちらこちらにソレがぶら下がっていた。
ギギギギギギギギギギィィ――
私が気づいたことに反応したように、一斉に山が鳴り始める。
私は走り出した。
霧でろくに前が見えない。
登っているのか下っているのか、地面の起伏すらわからない。
それでも山を一時でも早く抜けようと足を動かした。
巨人の脚のような幹の脇を駆け抜けるたびに、垂れ下がったヒト型の何かがビクリと震える。
走って、走って、走って――
突然眼前に現れた一本の木を
ここにもアレがぶら下がっている。
ああ、違う、これは違う。
なんてことだろう。
私の眼前で揺れている、何よりも見覚えのあるこれは――
……
…………
…………いつの間にか眠っていたようだ。
ガタンゴトンと一定のリズムに紛れて、車内アナウンスが聞いたことのない駅名を告げている。
ああ、頭がふわふわする。
頭にかかった霧を晴らすように、私は背伸びをする。
とりあえず、次の駅に降りてみよう――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます