第23話 事故物件とインカメラ

 幽霊を視たことがありません。

 だから心霊スポットで肝試しをしても、リアクションが薄いせいで最近友達からハブられ気味です。


 ホラー映画なんかは「怖いなぁ」って思うんですよ。

 だってそういう風に作ってるんだもの。

 でも実際には見たことも、気配や雰囲気すら感じたこともないんです。

 だから夜の廃墟に行ってもただ「暗いなぁ」って。


 そうそう、カメラ回したりもしましたよ。

 心霊スポットで。怪談番組みたいに。

 真っ白い光の玉みたいなものが画面いっぱいに映っていましてね。

 やっと僕にも心霊現象が起こったんだ、と勢い込んで映像関係のお仕事をしている親戚に見せました。


「これはオーブですか?」

「いいえ、ホコリです」


 英語の例文のような問答で終わりました。


 今はやたら出ると評判の事故物件に住んでいます。

 何でって?

 ここまで何も起こらないと、ちょっと意地になるじゃないですか。

 あと家賃安いし。


 でも、ラップ音も鳴らないし、物がいつの間にか動いてるなんてこともありません。

 スマホで部屋の隅々を撮りました。

 光る玉がいっぱい。


「これはオーブですか?」

「いいえ、ホコリです」


 掃除をしろと怒られました。

 何てこと。


 ならば最後の手段と、同じサークルで“視える”と評判の紙魚しみさんに、部屋に来てもらうことにしました。

 小さな座卓を挟んで、彼女は僕の話をフムフムと聞くと、


「ちょっとスマホ貸して」

「何も映んないよ?」


 と言いつつもスマホを渡します。

 もしかしたら紙魚さんになら撮ることができるのかもしれません。

 けれど彼女は、数回画面を触るとすぐにスマホを返してきました。


「撮らないの?」

「私が映しても意味がないでしょ。どこでもいいから撮ってみてよ。あ、あんまりスマホ、顔の近くで持たないで。両手伸ばして……うん、それくらい離せば十分かな」


 わけがわかりませんでしたが、言われるがままに顔の真正面に両手を突き出した格好でカメラを起動します。

 と、画面には僕の姿が映りました。どうやらインカメラに設定されていたようです。


 一瞬目を疑いました。

 そこには僕以外にもう一人映っていたのです。

 色白の女の人が、僕の背中におぶさるようにしてもたれかかっています。

 女の人はカメラに気がつくと、しゅるん、と僕の背後に隠れるように姿を消しました。


「わあっ!?」


 思わずスマホを放り投げてしまいました。

 ガン、と机の角にでもあたったのか嫌な音が響きましたが、構わず後ろを確認します。

 誰もいません。


「あ、映った?」


 紙魚さんが気楽な調子で聞いてきますが、それどころではありません。


「まあ、あれだよね。あからさまにカメラで撮るぞーって来られたら、そりゃ映らない死角に隠れるよねぇ……って何、すごい怖がるじゃん」


 当たり前です。

 これまで“いない”と思ってたから何ともなかったのです。

 ホラー映画でも「作り物だからな」で済んでいたのです。

 でも本当にいました。

 もしかしたら映画にあったことも本当なのかもしれません。

 紙魚さんの言った通りなら、僕は「カメラに映らないようにしていた幽霊を、わざわざ不意打ちで激写した」ことになります。

 これはアレですか、怒られますか。

 そして祟られて死ぬのでしょうか。

 何てこと。


 もうこんなところにはいられません。

 一刻も早く引っ越さなければ。

 とりあえずは、今日泊まる場所を考えなければいけませんが、そこまで仲のいい友人に心当たりが――


「今夜泊めてくれませんか?」

だ」


 ダメでした。

 食い気味に断られました。


「まあまあ。祟るとかそんなのはないから。多分」


 そこの“多分”めっちゃ怖い。


「だぁいじょうぶだって。どうせ今までの入居者も、キミみたいにうっかり見かけてパニクって出てったヘタレただけだよ」


 そうなんでしょうか?


「そうそう。ここ家賃安いんでしょ? 引っ越すのももったいないと思うけどなぁ。視た感じ、内気だけど人懐っこくてかわいらしい女の子だし」


 それは。


「あ、でも、ちゃんと毎日適度な運動しないとやたらヒドイ肩こりになったり、精神的に落ち込みすぎるとベランダから飛び出したくなるかもだから、そこだけは気をつけてね」


 それは――

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