第21話 配信中に
雑談配信って知ってる?
配信サイトでさ、生放送でゲームの実況をしたり、歌をうたったりってあるだろ。
その雑談版だと思ってくれればいいんだけど。
配信者が自分の姿をカメラに映して、時事ネタだったり、何でもない最近あったことなんかを話すっていう配信があるんだよ。んで、配信を見ているリスナーが相槌や質問をコメントで打つから、それと会話するって感じかな。
友達――とりあえずSって名前にしとく――がそれやってるんだ。
登録者なんて二桁で、配信で食っていくなんてとてもできない小さなチャンネルだけど、平日の夜にゲームの実況、土曜日の夜にお酒片手に雑談配信って、結構まめにやってるんだよね。そのおかげか、常に十人くらいは時間を合わせて観てくれる人もいるんだって。
その雑談配信の時にあったことなんだけど――
ちょうどその日は、仕事終わってからSの家で宅飲みしてた。
しばらくしてSが突然「ごめん、これからちょっと配信するから」なんて言い出すんだ。
何だと思えば、土曜の配信の開始はいつも夜の十時かららしくって、もうすぐ時間になる。
一時間くらいで終わるって言うから、俺は物珍しいこともあって、見物させてもらうことにした。
パソコンの前に座って配信を開始したSは、すでに酒が入ってたせいか、それともいつもこうなのかはわからないけど、結構テンション高くてさ。
さっきまでダラダラと飲んでどうでもいい会話をしてたヤツとは思えないくらい話のテンポもよくって、俺は感心しながら眺めてた。
三十分くらいたったころかな、いきなりSがパッて振り向いてこっちを見てきたんだ。
俺の姿が配信画面に映っちゃってんのかな、って慌てて横にずれたら、S、ホッとした顔になってさ。
だから「悪い」って手だけ動かして謝ったら、今度は変な表情するんだよ。
そうだなぁ……何て言うか……驚いたとか、信じられないとか、不安だとかいろいろ混ざったような、複雑な顔。
だけどそれも一瞬で、すぐに画面に向き直るとこれまでと変わらない調子で話し始めた。
でも、それから五分もしないうちに「ごめん、今日は短いけれどこれくらいで終わりにするね」っていきなり配信を打ち切っちゃったんだ。
もしかして、俺が配信に見切れたせいで盛り下がりでもしたのかと焦ったけど、Sは上機嫌で「酒とつまみの追加買いに行こうぜ」なんて、配信のテンションを引きずっているのかやたらでかい声で言い出した。
返事をする暇もなく部屋を出て行くから、慌てて財布とスマホを掴んで追いかけたよ。
玄関を出て、Sが鍵を閉めるんだけど、それからの行動がまあ変でさ。ドアノブを掴んで扉が開かないのをしつこいくらい確認したり、さっきと打って変わって不機嫌そうにいきなり速足で歩き始めたと思えば、数歩進んですぐに立ち止まったり。
さすがにちょっとイラついて文句を言おうとしたら、真顔で「気づいてたか?」なんて聞いてくるんだ。
俺に向けた表情は、夏でアルコールも入っているっていうのに真っ青だった。
何のことかわからず首を振ると、Sは誰かが部屋の中にいたとか言い出すんだ。
気のせいだろって言うと、Sはスマホでさっきの配信を再生しだした。
けど、見た感じ画面の中央に大きくSの姿が映ってるだけで特に変わった様子もないし、俺は「ごちゃごちゃした部屋だなぁ」なんて思ってた。
Sは結構多趣味で収集癖まであってさ。そのせいで部屋にはポスターやら、どこからか買い集めた奇妙な置物やお面やらが壁一面にびっしり飾られてんだ。
すると「右端」ってSが呟いた。
Sの言う場所には、白い戸が見切れてる。
これ、収納の戸で、それが少し開いて、そこから丸い形の何かがひょっこり出てた。
まわりに飾られているポスターやお面に紛れてて指摘されるまで気づかなかったけど、人の顔に見える。
一度意識しちゃうと、その“顔”がこっちを――つまりSをじぃっと見てるみたいで気持ち悪い。
だから「しまってある人形の頭が、はみ出しただけじゃないのか?」なんて誤魔化そうとしたけど、Sにあっさりと否定された。
立ち止まってからSはずっと自分ちの扉を見張ってて、声もすごく抑えてるんだ。まるで部屋にいる誰かに気づかれないようにしてるみたいに。
Sはこの”顔”が、見間違いとか人形とかじゃなく、人間だって確信してるみたいだった。
確かに、立ったまま身体と首をかたむけて顔を出すような体勢にならないとこうは見えない。人形にとらせるには複雑な形だし、偶然こうなるのも難しいと思う。
それでも半信半疑で画面を見ていたら、
「う」
思わず声が出た。
顔がさ、瞬きしたんだ。
パチ、って一回だけ。
Sが映像の時間を進める。
次に再生したのは、配信を終了しようとしているタイミングだった。
Sがあいさつをして、画面が切れる瞬間、顔がスッと収納の中に引っ込んだ。
ぞっとしたよ。
あの部屋に俺たち以外の誰かがいて、今も収納の中に隠れてるんだって。
そこで、Sが途中で俺を振り返ったのも、配信を切り上げたのも、この“顔”に気がついたからなんだってわかった。
Sがホッとした表情になったのは「一人じゃない」って安心したからで、そのあとすぐ、もし俺が“顔”に気がついたり、逆に“顔”にSが気づいたことがバレたらどうなるかわからないって怖くなったんだって。
Sは振り向いた時、視界の端にSをじぃっと見つめる“顔”が見えてたっていうんだ。それからはずっと視線も感じてたらしい。
俺たちはすぐに警察を呼んだ。
Sは部屋に声が聞こえないように階段の方へ移動して電話をかけて、俺は扉から離れたところで誰かが出てこないか見張ってた。
警察が来て部屋の中を確認してもらったけど、何も見つからなかった。
ワンルームだから隠れられそうなところなんてないし、収納も人一人が立ったままならギリギリ入れるスペースがあるけど、ここにずっといるのは無理だろって感じだった。入り口は俺たちが見張ってたし、窓は全部鍵が閉まってるし、この部屋四階なんだ。だからそこから逃げるのもできない。
正直わけわかんなかったよ。
警察からは悪ふざけじゃないかって疑われるし。
まあ、生配信の映像もあったから、そこは晴れたんだけど。
結局、念のため部屋の中をもう一度確認してもらって、外を見回ってもらって、ソレで終了。
Sは数日俺の部屋に泊まって、早々に引っ越したよ。
後になって知ったんだけど、生配信中に人影が映る、とかって動画、結構あるみたいだな。
これもそのネタの一つだと思ってくれていいよ。
……まあ、実際その場にいた身としては、こうやってネタででもいいから人に話さないと気持ち悪くってさ。
Sはまだ配信続けてるよ。
さすがに部屋が映る自撮り配信はやめたみたいだけどね。
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