第8話 帰り道

 怖い話ないかって?


 ないよそんなもん。

 怪談話も聞いたりしないってのに。


 ああ、でも前にちょっと変なことはあったかな。

……期待するなよ?

 ただの気のせいかもしれないんだから。


 この間、飲み会があったろ。

 その帰りのことだよ。


 終電で帰ったから駅に着いた頃にはいい時間になってた。

 でも風の冷たさが酔った頭にちょうどよくってさ、少し遠回りして帰ろうと思ったんだ。


 んで、住宅街を通って行ったんだよ。

 普段は通らないようにしてるから、せっかくだと思って。

 だって下町で道がややこしいし、塀とか生垣で視界も悪くてさ、角から自転車とか人が平気で飛び出して危ないんだよ。昼間は人通りもそれなりにあるし。

 夜だからそういう心配はしなくていいだろうって思ったんだ。

 

 まあとにかく。

 その住宅街。

 予想通りというかあたりまえだけど、深夜だけあって人なんて誰もいないんだよな。

 どの家もほとんど電気が消えてて、日中の人の多さを知ってる分そのギャップが本当に新鮮だった。

 知ってる場所なのに、まるで全く知らないところに来てるみたいでさ。

 非現実感というか、異世界に来てるみたいっていうか?

 正直ちょっとワクワクしてた。


 ただ、それも最初だけだったなぁ。

 そこ、街灯がほとんどないんだよ。

 普通、四つ角とかには必ず立ってるじゃん。

 ないの。

 角……っていうか辻っていうんだっけ。

 それを三つ四つ挟んでようやく一本ってくらい。

 だから街灯と街灯の間なんて真っ暗。

 灯りの下から出たら、真っ黒な色した建物ばっかりでずっと先の方に街灯がぽつんと見える。

 でも、それもいい方で、通ったルートが悪いと街灯のある辻に当たらないし、道がカーブだったら次の灯りなんて全然見えないんだ。


 先が見えないうえに、ずっと暗い場所にいると人間、不安になるんだな。

 こっちの方向で本当に良かったんだっけ、とか、変な場所に出たりしないよな、とか知ってる場所のはずなのにだんだん自信がなくなってきてさ。

 しまいにはここからずっと抜け出せなくなるんじゃないかなんて焦ってきた。


 だから道の先に灯りが見えた時は本当にほっとしたな。

 その街灯は突き当りに立ってた。

 T字路だったんだ。


 辻まであと五十メートルもないくらいに近づいた時、いきなり角から人影が出てきた。

 まさかこんな時間に人がいるなんて思わなかったから、びっくりして立ち止まったよ。

 その人は酔っぱらってるのか、離れててもわかるほど顔が真っ赤でさ。フラフラで、足も引きずってて、それなのに急いでるのか速足で歩くもんだから転ぶんじゃないかってくらい全身揺れてるんだ。

 頭なんか本当に前見えてんのかってくらいガックンガックンしててさ。


 そいつはこっちに気づく様子もなくT字路を横切っていったけど、俺はしばらくそこに立ち止まってた。

 いや、酔っ払いが戻ってきて角で鉢合わせたら面倒くさいとか、あるじゃん。

 なんとなく、そのまま進みたくなかったんだよ。

 

 五分くらいかな、もういいだろうと思って歩き出したんだ。

 それでT字路の角のところまできて街灯に看板が立てかけてあるのに気がついた。


『○年○月○日に自動車と歩行者の交通事故がありました。目撃された方はこちらまでご連絡下さい』


 その足元には花も添えてあった。


 まあ、それだけの話だよ。

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