第64話 不動産屋(台本)

   マンションの廊下。

   男1が電話をかけている。


男1   あれー、あいつの部屋どこだっけ?(電話を耳から離して)くっそ全然出ねぇ。

     えぇ……ホントどこだっけ?

     階はここであってんだよな……四階……四階の……

     410、411、412……



   不動産屋が廊下を歩いてくる。慌てて道を譲る男1。

   不動産屋、男1を通り過ぎ、そばにあるドアを開けて部屋の中に入る。



男1   いや、これだと不審者に思われるな。

     くそ、出ろよ……えー、確かちょっと特徴のある部屋番号だったんだよな

     ……41……(部屋番号を数えていく)411、412、413……413?



   不動産屋がドアを開けて顔を出す。

   目が合う二人。



不動産  どうも。


男1   ……どうも。


不動産  どうかされました?


男1   え! あ、いや別に。何でもないですよ。


不動産  でも、部屋の前うろうろされてましたし。


男1   ああ、ごめんさい。怪しかったですよね。

     いや、でも違うんですよ。不審者とかじゃなくてですね。


不動産  はい。


男1   友達を迎えに来たんですよ。


不動産  友達?


男1   ええ、ええ。

     このマンションに住んでて、この階だってとこまでは覚えてたんですけど。


不動産  あー、部屋忘れちゃったんだ。


男1   はい。


不動産  電話は?


男1   いや、したけど出ないんですよね。まだ寝てんのかな?


不動産  あーそう、大変ですね。


男1   いやまあ、そんな。ごめんなさい。怪しかったでしょ。


不動産  大丈夫ですよ。あがっていきます?


男1   はい?


不動産  いや、連絡つくまで。


男1   あー、いや、そんな。


不動産  でもずっと廊下うろうろしてるのもねえ。


男1   あー、そうですよね。でも人様のウチで休ませてもらうのも。


不動産  大丈夫ですよ。ここ家じゃなくて店なので。


男1   あ、そうなんですか。あー……じゃあ、お言葉に甘えて。


不動産  どうぞ。



   二人、中に入る。



男1   お店って言っても、なんか、普通の家ですね。


不動産  あ、喫茶店みたいの想像しちゃってました? どうぞ座って。


男1   失礼します。


不動産  飲食店じゃないんですよー。


男1   え、じゃあ何なんです?



   不動産、奥に引っ込んで分厚いバインダーを持ってくる。



不動産  不動産やってまして。何か引っ越しとか考えてないです?


男1   ものすごく自然に持ってきた。いやー……


不動産  別に無理矢理セールスしようっていうんじゃないですよ。

     時間つぶしです、時間つぶし。

     ほら、不動産屋に行って、ちょっと無茶な条件言ったらバッサリ

     断られるんじゃないかって、しり込みしちゃったこととかないです?


男1   あー、あります。今住んでるとこも、悪いところじゃないんですけど、

     ちょっと遠慮しちゃって。


不動産  もっと安くて条件のいいところがあったかもしれない?


男1   思っちゃいますよねぇ。


不動産  じゃあ、ここで聞いちゃってください。

     この条件なら通る、とか、通らないとか、ゲームみたいな感覚で。

     それで、じゃあ契約しましょうって、話にはなりませんから。

     もし、本当にいいのがあったらいったんキープ、くらいので。


男1   そうですか?

     じゃあ、ワンルーム風呂トイレ別で築十年以内で三万円ってないですかね?


不動産  さらっと出してきましたね。


男1   いやあ、今、ウチの家賃が同じ条件で5万なんですよ。


不動産  場所は?


男1   板橋です。


不動産  あー、じゃあだいぶ安いほうですねぇ。


男1   やっぱりそうなんですか。


不動産  風呂がないとかなら3万以下も結構ありますけどね。


男1   そうなんですよね。じゃあ、やっぱりこれ以上のはないんですかね。


不動産  ありますよ。


男1   あるんだ!?


不動産  ワンルームで風呂トイレ別。築二年。


男1   ほとんど新築じゃないですか!? え、え、どこです。


不動産  これ。


男1   あ、駅からも近い。ロフトもついてる。ホントにこれ三万円ですか?


不動産  ええ、まあちょっと問題というか条件がありまして。


男1   え、この内容ならちょっとくらい全然問題ないですよ。

     すぐに決めてもいいくらいですもん。


不動産  ここに住んでた人がですね。


男1   あ、もしかして事故物件てやつですか?


不動産  いえ、そういうわけではないんです。ただここに住んでた人が、


男1   はい。


不動産  ここにですね、


男1   はい。


不動産  まだ住んでるんです。


男1   うん?


不動産  ルームシェアになりますけどいいですか?


男1   待って待って待って。

     ルームシェアでいいですかって、え、おかしくない?

     なんでまだ人がいるところ貸し出してるんですか。しかもワンルームで。


不動産  いやあ、住んでるの四十代で無職の男性なんですけどね。


男1   もうその時点であんまり聞きたくないんですけど、はい。


不動産  なんでもご両親の仕送りが打ち切られたとかで、誰かと家賃を折半したいと。


男1   何言ってんの!?


不動産  ここ家賃七万なんですけどね。

    「四万はこっちが持ってあげる、せめて三万は払ってくれ」って。


男1   なんで若干上からなの?


不動産 「家賃払うためにバイトしなきゃだけど、

     七万円払えるほど働くのもめんどくさい」って。


男1   追い出しちまえ、ソイツ!

     やですよ、四十代のニートとワンルームで同居でしょ。


不動産  まあ、ロフトあるんで、ロフトと下で住み分けるって手も。


男1   ないから。

     だって自分が夜寝てるとき、上か下に四十代のおっさんがいるんでしょ。

     やですよ。


不動産  まあ、押し入れ収納があるんで、最悪そこで生活させてもらえればいいって

     言ってました。


男1   いきなり卑屈になったな!

     やですよ、ずっとおっさんが押し入れにいるんでしょ?


不動産  まあ、夜な夜なトイレやシャワーくらいは使うとは思いますよ。


男1   やですよ。気が付いたらおっさんがシャワー浴びてるんでしょ。


不動産  はい。


男1   タイミング悪かったらトイレに残り香が残ってるんでしょ。


不動産  まあ、運悪く使った後だったりしたら、ねえ。


男1   やですよ。


不動産  押し入れにある布団の出し入れくらいは手伝ってくれると思いますよ。


男1   その布団、絶対おっさんも使ってるやつじゃん。


不動産  布団シェアになりますけど、よろしいですか?


男1   よろしくない。布団シェアってなんだよ。

     すぐに決めたいって言ったの忘れてください。

     これなら幽霊が出るほうがまだましですよ。


不動産  ありますよー。事故物件。


男1   見たいとは言ってない!

     いや、さっきのもある意味かなりの事故物件でしたけどね。

     でも、やっぱりあるんですね、そういうの。


不動産  まあ、事故物件っていうのも、気にする人のために便宜上つけてるって

     だけのものですけどね。


男1   あー、気にしない人はまったく気にしないみたいですしね。


不動産  むしろ安くなってイイみたいな。


男1   じゃあ、やっぱ幽霊が出るとかってないんですか?


不動産  話は聞きますけどねー。

     ただまあ、気にしすぎただけなんじゃないかって気もしますよ。


男1   あー、事故物件って聞いたから。


不動産  そうそう。同じ部屋でも、見たって言って一か月で出ちゃう人と、

     何のトラブルもなく何年も暮らす人がいますしねえ。


男1   じゃあ、その物件もそんな感じのですか。


不動産  女の子の幽霊が出ますね。


男1   出るんじゃん。いや、でも気のせいなんでしょ?


不動産  今のところ十人中八人が見てます。


男1   八割!? いやでも、二人見てないんだし。


不動産  そのお二人は建物見ただけで逃げ出しました。


男1   ガチじゃん。


不動産  2DKで三万円ですけど、どうです?


男1   ないよ。何そのあからさまな数字。こわぁ。


不動産  あ、そうだ、飲み物でもいかがですか。


男1   あ、いいですよ、休ませてもらってるのにそんな。


不動産  いや、私、のどが渇いたんで、せっかくなら。


男1   そうですか? じゃあ。


不動産  作り置きなんですけど、アイスコーヒーとアイスウーロン茶みた――


男1  (不動産屋の言葉を遮って)アイスウーロン茶で。


不動産  はいはい。



   不動産、引っ込んですぐ戻ってくる。



不動産  どうぞ。


男1   早い!

     いただきます……(吹き出す)何これ!?

     え、これ、ウーロン茶!?


不動産  はい。ウーロン茶みたいな色にしたコーヒーです。


男1   コーヒー!


不動産  いやあ、なかなか難しいんですよ。

     コーヒーと水の割合を6:4くらいにしてようやくこんな色が出せましてね。


男1   半分水で薄めたコーヒー! なんでこんなん出そうと思ったんだよ!


不動産  いや、面白いなーって。私が。


男1   ただのイタズラか!


不動産  いやあ、みんなこれ飲んだら微妙な顔するんですよね。


男1   そうでしょうよ。


不動産  お代わりいります?


男1   いらない。


不動産  次の物件なんですけどね。


男1   まだあるんだ。いやもういいですよ。


不動産  一軒家で二千円なんですよ。


男1   なにそれ!?


不動産  気になります?


男1   完全に地雷ですけど。そんだけ安かったら気になりますよ。

     一軒家でしょ?


不動産  庭つき。


男1   どんな曰くつきですか、それ。


不動産  いや、そんなのは全然ないんですよ。

     ただまあ、雰囲気がすごいんです。


男1   雰囲気がすごい。


不動産  雰囲気がすごい。


男1   どれ。


不動産  これ。


男1   ……雰囲気がすごい。


不動産  でしょう。


男1   これ、完全に廃屋ですよね。


不動産  まあ、長いこと誰も住んでませんしねぇ。


男1   どれくらい?


不動産  五十年くらい。


男1   長い!


不動産  昔の日本家屋って結構頑丈ですからねえ。


男1   でもこれだけボロボロじゃあ、二千円でも住めないでしょ。


不動産  いやあ、ここは原状復帰とかしなくていいんで、

     今はやりの(癖のあるアクセントで)リノベィションすればいいんですよ。


男1   ん?


不動産  リノベィション。知りません? リノベィション。


男1   いや、知ってます。リノベーションね。


不動産  そうそう、リノベィションしてきれいにすれば、


男1   リノベーション。


不動産  はい?


男1   いや、そのイントネーションすごく気になる。リノベーション。


不動産  リノベィ……


男1   違う違う。リノベーション。


不動産  ルィノベィ……


男1   り、りー。


不動産  りー。


男1   りー


不動産  りー


男1   ノ


不動産  ノ


男1   ベーション。


不動産  ベーション。


男1   うん。リノベーション。


不動産  りのべーしょん。


男1   なんか田舎のおじいちゃんみたいなアクセントだな。まあいいや。


不動産  りのべーしょんすれば月々二千円なんで、

     ほとんど一軒家持ってるみたいなもんですよ。


男1   でもさ、これ、絶対なんかあるでしょ。五十年だよ?

     五十年誰も借りようとしなかったんですよね?


不動産  はい。


男1   いや、絶対なんかあるって。ヤバいのが。

     この写真もよく見たら心霊写真なんじゃない?


不動産  何か飲みます?


男1   (写真を見ながら)はい。


不動産  (手元にコップを置く)はい。


男1   はい(飲む)……(吹き出す)薄いコーヒー!


不動産  (笑う)


男1   なに笑ってんですか。もう、床ビッチャビチャだよ。


不動産  そうそう、ここね、見に行ったんですよ。


男1   この廃屋に?


不動産  はい。私、廃墟とか廃屋マニアなんで。


男1   そこはせめて仕事で行ったって言おう?

     で、どうでした?


不動産  いやー……なんていうか、


二人   雰囲気がすごい。


男1   うん、それは知ってるから。それ以外で。


不動産  でも、そんなものでしたよ。

     ボロボロだからそれっぽい雰囲気があるっていうだけで。


男1   あー、まあそんなもんなんですかね。


不動産  あ、でも変なもの見つけましたよ。


男1   なんです?


不動産  真っ黒なカバンなんですけどね、玄関開けて入ったら、

     正面の廊下の真ん中にドンって。


男1   置かれてたんですか?


不動産  はい。


男1   うっわ、何それ。気持ちワル。


不動産  (傍らからカバンを出す)これなんですけどね。


男1   出すなよ! え、何、持ってきたの!?


不動産  はい。


男1   いや、ハイじゃなくて。


不動産  中、見ます?


男1   やですよ。見たんですか?


不動産  見てませんよ。気持ち悪いじゃないですか。


男1   じゃ、持って帰らないで下さいよ。


不動産  でも、じつは札束がぎっしりとか。


男1   …………いやいやいやいや、それはそれで結構危ないから。


不動産  そっかぁ。


男1   あ、そうだ、ちょっと気になってたんだけど、ここって不動産屋にしても、

     店舗っぽくないじゃないですか。


不動産  ああ、モデルルームも兼ねてるんですよ。


男1   だから人が生活してるっぽいんだ。

     じゃあ、このマンションも空き部屋とかあるんですか?


不動産  ありますよ。(バインダーを開く)


男1   やっぱり高いなー……ちなみにこのマンションで事故物件とか……?


不動産  ……ありますよ。


男1   いくら……?


不動産  三万。


男1   やっすい! え、どの部屋ですか!?


不動産  ちょっと待ってくださいね(笑いながら奥に引っ込む)


男1   え?



   男1、置かれていったカバンが気になる。

   あまりに不気味なので、触るのをためらうが、取っ手をつまんで持ち上げる。



男1   ちょっと、せめてこの気持ち悪いカバン持ってってよ。



   奥に向かう。



男2   (声)うわぁっ!?


男1   (声)え!?



   男1逃げるように奥から飛び出してくる。

   続いて男2出てくる。

   男2は明らかに寝起きの格好で、手近にあったらしいハンガーを振り回しながら

  男1を追いかける。

   両者とも混乱したまま机の周りをぐるぐる回る。

  (男2は男1の待ち合わせ相手。男2は寝起きに枕元に誰かが立っていたので、

   強盗か何かだと思って男1を追いかけています。

   お互いが友人同士だとは気づいていません)



男2   うわわわわわっ!


男1   なになになになに!?


男2   え、何、なに?


男1   え、え? ええ!?


男2   え、ん?(男1に気づく)


男1   ん? あれ……(男2に気づく)


男2   ……おう。


男1   ……おう。


男2   ……おはよう。


男1   ……いや、おはようじゃないよ。


男2   え、今何時?


男1   もう、待ち合わせ時間とっくに過ぎてるよ。てか、電話出ろよ。


男2   あ、ごめん寝てて気づかなかった。で、何でいるの?


男1   いや、こっちのセリフだよ。


男2   いや、こっちのセリフだろ。何勝手に人んちに入ってるんだよ。

     え、合鍵とかいつ作ったの?


男1   ないよそんなの。なに、お前ここで働いてんの?


男2   いや、意味わかんない。ここ俺んちだよ。


男1   あ? いや、ここ不動産屋だろ。


男2   違うよ。


男1   モデルルームで。


男2   してないよ。


男1   変なおっさん奥にいなかった?


男2   いないよ。何だよ変なおっさんて、気持ち悪いな。


男1   え?


男2   ん?


男1   ちょっと入るぞ。(奥の部屋に行く男1)


男2   (慌てて追いかける)いや、何だよ勝手に!


男1   (声)おっさんがこっちに行ったんだって!


男2   (声) だからおっさんて何だよ!?


男1   (声)ぬぼっとした感じの不動産屋のおっさんだよ!


男2   (声)誰だよ!  いねーよ、そんな奴! ああ、もう、勝手に開けんな!


男1   (戻ってくる)あれ……?


男2   (戻ってくる)だから言ってるだろ。


男1   …………。


男2   あれ、お前、そのカバン。


男1   え? あ、いや、これはそのおっさんが持ってきて。別に盗んだとかじゃ……


男2   それ前に廃屋探索した時に見つけたやつじゃん。

     でも気持ち悪いからそのままほっといたんだけどさ。なんで持ってんの?



   男1、カバンを放り投げる。



男1   ……ここの家賃、いくら?


男2   三万。


男1   え。


男2   え?



   暗転。



男1・2  (声)え?



   幕。

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