第89話 忘れ物
大学の時の話です。
友人たちととある廃旅館へと肝試しに行きました。
荒れ果てつつも当時の面影を残したままの建物の中を歩いていると、ふとFがこんなことを言いだしました。
「心霊スポットの物を持ち帰るとよくないんだっけ?」
心霊スポットの備品を持って帰った人の所へ幽霊がついて来たとか、「返してくれ」と電話がかかってきたとか、そんな怪談は私も聞いたことがあります。
「なら、逆に置いていったらどうなるんだろうな?」
そう言ってFはカバンから小型のカメラを取り出すと、客室のテーブルの上に置いたのでした。
カメラには録画中を示すランプが点灯しています。
「これ置いてってみようぜ。一時間くらいして何もなけりゃ、また回収するってことにしてさ。もしかしたら何か映るかもしんないし」
私たちはFの提案に賛成して、カメラをそのままにして旅館を後にしました。
車を走らせながらどこで時間を潰すかと話をしていた時です。
突然Fのスマホが鳴りました。
着信画面には知らない番号が表示されています。
今は深夜〇時すぎ。
こんな時間に電話をかけるなど常識ではありえません。
しかしどうしてか、あの廃旅館が私の頭をよぎりました。
Fや他の友人たちも同じだったのか、スピーカーにして電話に出てみようということになりました。
「……もしもし?」
Fが緊張でわずかに上ずった声で問いかけます。
するとほんの少しの沈黙の後、反応がありました。
――〇〇旅館です。
それは血の気の失せた、生気のない声でした。
生きている人間のそれではない。
そう感じられるほど淡々としたゾッとする声音に、その場の皆が言葉を失いました。
――お客様の忘れ物をお預かりしております。取りに戻られますか?
――それとも、
――こちらからお持ちいたしましょうか?
「行きます!」
Fが叫びました。
大急ぎで旅館に引き返すと、客室に置いていったはずのカメラは受付のカウンターに置かれていました。
私たちはそれを回収し、逃げるように撤収したのです。
カメラはバッテーリーが切れて、私たちが部屋から出ていく後ろ姿を映した直後に録画は終わっていました。
充電はしていたはずだとFは首を傾げますが原因はわかりません。
電話とカメラの件は、彼の電話番号を知っている誰かの悪戯だろうということになっています。
けれどその犯人はいくら探しても見つかりませんでした。
もしあの時、「持ってきてくれ」と答えていたら、はたしてどうなっていたのでしょうか……。
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