第32話 違う顔

 とあるバーのマスターから聞いた話。

 三十年以上前、写真のカメラと言えばフィルム式だった時代のことである。


 ある夜、閉店間際に二人の客がやってきた。

 一人は初めて店に来たAさん。

 もう一人は常連だったが、ここ一年ほどご無沙汰だったMさんである。


 二人は偶然知り合い、せっかくだからとMさんがこのバーへ案内してきたのだそうだ。

 閉店時間を過ぎてもしばらく盛り上がり、最後にマスターが趣味のカメラで二人を撮影した。


 後日、現像された写真を確認すると、写っているMさんの顔が違う。

 手ぶれやピンボケで違う顔に見えるのではなく、まったく別人の顔になっていた。


 それはMさんと同じ時期から店に顔を出さなくなった、常連のKさんによく似ていた。


 Kさんは愛想もよく社交的だったが、自分のことを語りたがらず、いつも同じ草臥くたびれたスーツを着ていた人だった。

 MさんとKさんはこのバーで知り合い、来店時間がかぶった時などは、羽振りのよかったMさんが彼の分までよく支払いを持っていた。

 店に来なくなった時期が二人とも同じだったため、そろって河岸かしを変えたのだろうと思っていたそうだ。


 思い返してみれば、先日やって来たMさんの仕草や話し方は、Kさんにそっくりではなかったろうか。

 結局その日以降、MさんもAさんも姿を見せていないので、確認のしようがないと言う。


「まあ、私の勘違いでしょう。たぶん、実際やって来たのはKさんで、久しぶりすぎてMさんとごっちゃになってしまったんだと思います」


 そうして話を切り上げたマスターだったが、少し間を置いて、


「こう言うのはよくないんですが、あの時来たのがMさんにしろKさんにしろ、もう来られなければいいなって思っています。だって、勘違いではなく、Mさんの顔で、Kさんそっくりの仕草や口調だったら――」


――どんな顔をして接したらいいのかわかりませんから。

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