第114話 センサーライト
センサーライトを買った。
電池式の、数百円程度の安物である。
私が住んでいるアパートでは洗濯機の置き場がベランダにある。
休日を除けば洗濯をするタイミングがどうしても仕事から帰ってきた夕方以降になってしまうのだが、夏はともかく冬場となれば五時を過ぎれば外は真っ暗で、しかも置き場は室内の明かりから陰になる場所にあるため洗濯機を操作することもままならず、ほとほと困っていた。
センサーライトを物干し竿の端に固定し、洗濯機を上から照らせる位置になるよう調節する。
試しに暗くなってから洗濯機の前に立つと、ぱっと明かりが降り注いだ。
ライトの範囲は意外と広く、洗濯機を置いてあるところから掃き出し窓の辺りまで、ちょうどベランダの半分を照らしている。
点灯時間は二十秒程度で、スイッチの操作と洗濯物の出し入れだけなら十分だ。
安かった分まともに動くのか少し不安だったが、実際に使ってみると性能は申し分なく、これはよい買い物をしたと胸をなでおろした。
が、一つだけ気になることがあった。
ちょくちょく誤作動で勝手にライトがつくのである。
帰宅してふとアパートの自分の部屋を見上げると、誰もいないベランダが明るくなっている。あるいは、カーテンを開けばぽつねんと洗濯機が照らされている。そんなことが何度となく起こっていた。
とはいえそもそもが安物だし、よその部屋で飼われている猫が手すりを伝ってベランダに入り込んでいたこともあるので、その辺りが原因だろうと納得していた。
センサーライトを購入してから数か月が過ぎ、夏が近くなったある日である。
その日は妙に蒸し暑く、私は初めて窓とカーテンを開けて眠っていたのだが、夜が更けていくうちに気温が下がったのか、肌寒さに目を覚ました。
常夜灯の明かりが、沈む直前の夕日のように薄ぼんやりと室内を照らしている。
窓を締めなきゃ、と思いつつもあまりの眠さに布団から出るのを躊躇っていると、ふっとベランダの方がかすかに明るくなった。
どうやらまたセンサーライトが勝手についたらしい。
なんだよ、やっぱり猫でもいるのか――と、眠気で今にも潰れそうになる目をベランダへと向けた時である。
網戸をたてた掃き出し窓の向こうに、人が立っていた。
私は驚きのあまり、布団の中で全身をこわばらせた。
少し遅れて恐ろしさと緊張がやってきて、声も出せず、不審者の様子をうかがう。
そいつはまるでベランダのライトと室内の常夜灯との狭間にある暗闇から浮き出てきたような、影の塊だった。
男なのか女なのか、外を向いているのかこちらを見ているのかもわからない。
ただただじっとその場に佇んでいる。
永遠とも思える時が過ぎ、唐突にベランダの明かりが消えた。
センサーライトが点灯時間を終えたのだ。
「えっ……?」
私の口から思わず声が漏れた。
ライトが消えたと同時に、そこに立っていた人影も消えてしまったのだ。
暗闇に溶け込んで見えなくなったのではない。
その証拠に室内の常夜灯はうっすらとではあるが、今の今まで何者かが立っていたはずのベランダの床を照らしている。
私は思い切って、壁に立てかけていた布団叩きをひっつかみ、掃き出し窓を開け放った。
狭いベランダには晩春には少々そぐわない、生温く湿った風が吹き抜けるだけで、何者の姿もない。
足をおろすと、裸足にもかかわらず、トン、と想像以上に大きな音が響いた。
きっと見間違いだったのだろう。
一歩踏み込むたびにキシキシと鳴るベランダの床に私はそう納得する。
この建物は猫がベランダに飛び降りた程度の音でも、閉じた窓越しにわかるほど響くのだ。誰かがいたとして、今の一瞬で音もなく逃げるのは不可能だろう。
念のため警察にも調べてもらい、しばらくのあいだ防犯カメラも置いてみたが、何かが見つかることはなかった。
やはり寝ぼけて見間違えたのだろう。
その証拠にあれから人影は見ていない。
センサーライトは安物だったこともあってか、あの出来事の後ほどなくして壊れてしまい、改めて違うメーカーの商品を買った。
もしかしたらこれで誤作動はなくなるかもしれない――とは思ったものの、今でもセンサーライトはときおり誰もいないベランダをひっそりと照らしている。
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