第14話 首吊り桜 <蛇足>
実家から戻った後、しばらくして私は今回の体験を友人の一人に話すことにした。
この友人は怖い話や不思議な話を収集しているという変わり者だ。
本人曰く霊感はないそうなのだが、自分の身に起こったことを少しでもこういった物事に明るい人物に聞いてほしかった。
連絡を取ってから二週間後、我々は喫茶店で落ち合うことになった。
個人的には居酒屋を推したのだが、取材だからと断られてしまった。
顔を合わせるなり彼は私の体験を語るよう促してきた。
事前にメールであらましは送っていたのだが、直接口頭でも聞いておきたいらしい。
始めこそ同じ話をする手間から渋々だったのだが、さすがに取材慣れしていると言うべきだろうか。なんとも気持ちのいいところで相槌をうち、急かすでもなく程よい加減で先を促してくれる。
彼にのせられるままに、私は「首吊り桜の幽霊が、死んだ我が子を探すあまり似た人物を連れて行こうとする悲しくも恐ろしい地縛霊なのではないか」という持論まで披露してしまった。
うんうんと頷いていた友人はしかし、持論に対してはわずかに迷ったそぶりを見せると「それは違う」と一蹴してきた。
あまりにバッサリと否定されて、さすがに私もムッとして問いただす。
すると彼はカバンの中から二枚の印刷紙を出して私に向けた。
どうやら新聞のコピーのようだ。
ざっと目を通すと、とある主婦が学校の敷地内で自殺をした記事、小学生が交通事故にあった記事がそれぞれに書かれている。
どちらも私の地元での事件で、起きた時期も近い。
これらが事故死した息子と自殺した母親の記事であろうことは疑いようがない。
この件に関して下調べをしてきたのだろう。
しかしこれが何だというのだ。
事件の事実が確かにあったのなら私の考えが証明されただけではないか。
「違う違う。息子は死んでないよ」
友人がテーブルに放られたコピー用紙をトントンと叩く。
慌てて記事をじっくり読み直す。
たしかに『死亡』の文字はどこにもなく、足の骨を折る重傷という記述だけだ。
「いやでも、実は頭を打ってて後日容体が悪化したとか」
「そんな簡単に殺さないでよ」
「そんなつもりじゃない」
睨みつけると、友人は「わかったわかった」と手を振る。
「生きてるよ。ちゃんと足取りも確認した」
「じゃあなんだって母親が自殺なんてするんだ」
そこで私はひらめいた。
「そうか、母親は事故にあって気を失った息子を見て、取り乱して死んでしまったと思い込んだんだ。勘違いしたまま自殺した彼女は死んだはずの息子を探している。でも息子は生きているから当然見つかるはずがない。だから彼女はずっとあの場所にとどまったままになってるんだよ」
なら、息子が生きていることさえわかれば彼女の霊は成仏するんじゃないだろうか。
しかし友人は「何だその安いホラーみたいな推理」と渋い顔をした。
「どこの世界に息子の容体を最後まで確認せずに自殺する母親がいるんだよ。いいか、自殺の原因は離婚したからだ」
息子は結婚してかなりの時間をかけてようやく授かった子供だったらしい。それだけに夫やその両親らの事故に対する驚きと怒りは相当なもので、母親は激しい非難と叱責を受け絶縁まで言い渡されたのだという。
事故当時、母親が話に夢中になり目を離していたこともあり、責任は逃れられない。それに彼女に親族はおらず、育児の面で親権を得られないのは目に見えていた。
だから彼女は自殺した。
長年求めてようやく腹を痛めて授かった我が子が、自分のミスにより引き離されるという絶望に耐え切れず。
「だったら」私は声を絞り出す「だったらどうだっていうんだ」
「この場合、母親は息子の代わりを探してるんだ。息子本人じゃなくね」
「それは――同じじゃないか」
「息子本人を探してるんなら、お前が言ったみたいに彼が生きていることを知らせれば成仏するだろう。霊能者なんかだったら息子の代わりとなる形代のようなものをつかうこともあるかもしれない」
「だから、代わりで解決するんなら俺の推理と大して変わらないだろうが」
「大違いだって。お前の考え通りだと、偽物でもそいつが納得すれば解決だ。でもな、この場合は初めから求めてるのが『息子の代わり』ってとこが問題なんだよ」
代わり。
母親はもう二度と息子が自分のもとに戻らないことはわかっている。
だから代わりを探す。
思い出の中に存在する息子の代替えとしての相手を。
「でも手放しで自分の息子よりもいい奴なんて見つかるかねぇ」
そんなわけがない。
曲がりなりにも自分の子供だ。
さらに思い出は時間が経てば経つほど深くなり美化されて、手の届かないほどの理想へ変わっていく。
「そうなると代わりなんて絶対に見つからない。しかし母親は求め続ける」
つまり――首吊り桜のおこす事故には終わりがない。
導き出された結論に私は言葉を失った。
どれくらい時間が経っただろう。やがて友人がため息とともに「まあ」と吐き出した。
「あくまで想像だしな。ホラーなら救いのない方が面白いから調子に乗ったけど、全然違う可能性なんて十分ある。それにどうして――」
私と友人の視線がぶつかった。
「…………なんだよ?」
「ああ、いや。どうせ数か月後にはその木も伐られるんだろ? だったらそれで解決だよ」
「伐られないかもしれないだろ」
「学校は取り壊し。しかもつい最近人が自殺した木なんて、きっと伐られるよ」
――伐れるのかなぁ。
そうつぶやいたキヨヒコの姿が脳裏に浮かんだ。
「……もしかしたらキヨヒコは首吊り桜の真相も、そしてこうなることも見越したうえで自らを犠牲にしたのかもしれない」
「なるほど。それは一理ある」
あからさまなお為ごかしに舌打ちをして、私は手をつき出す。
それだけで友人は意図を察して懐から封筒を取り出した。
私はそれをひったくるように取り上げる。
「ガキ大将気質は相変わらずか。もういい歳なんだから少しは丸くなったらどうだ?」
私は友人の言葉を無視して封筒に入っていた紙幣を数える。
予想よりもある。
取材費の相場がわからないから多寡の判断はできないが十分だ。
さっさと出口へ向かう。
「なあ」と背後から友人の声がかかる。
「一度こういうコトを体験すると、次も遭いやすくなるって聞くけど、実際どうだ? 身の回りで不思議なことが起こったりとかしてないのか?」
私は何も言わず喫茶店を後にした。
* * *
マンションに帰り扉を開ける。
部屋の暗さに、思わず買ったばかりのお守りを握りしめた。
大丈夫だ。
別にお盆以降妙なことが起こったりなんてしていない。これからも起こるはずがない。
今更ながらあんな奴に話なんてするんじゃなかった。
いい小遣い稼ぎにはなったが、こんな胡散臭いお守りなんて買うハメになってしまった。
手の中のお守りを放ろうとしたが、結局そのまま握りしめてソファへと沈みこむ。
「あくまで想像だしな。ホラーなら救いのない方がいいから調子に乗ったけど、全然違う可能性なんて十分ある。それにどうして――」
喫茶店でのアイツの言葉がリフレインする。
「それにどうして」のあとの言葉は大方予想がつく。
――どうしてキヨヒコはわざわざ私に首吊り桜の話をしたのか。
それは自分を犠牲にして首吊り桜の因縁を断とうとしたキヨヒコが、友人である私には真相を知ってほしかったから。
そう――我々が喫茶店で出した結論で言えば、そういう事になるはずだ。
だが違う。
違うとわかってしまう。
私とキヨヒコはそこまで仲良くない。
長らく連絡も取っていなかったのだ。
彼の葬儀にすら面倒くさいからという理由だけで行かなかった。
少なくとも彼の“友人”に私は入らない。
だから、キヨヒコがあえて親しくもない私を選んだのだとしたら――
きっとアイツはそこに気づいた。
だから言葉を濁した。
しかし私も同時に悟ってしまった。
キヨヒコが私に首吊り桜の話をした場合、どういう意味を持つのか。
首吊り桜を知る人間はほとんどいない。
事件当時を知る年寄りたちか、首吊り桜によって事故にあった者しか。
まるで緘口令をしいているみたいじゃないか。
そりゃあ、小学校に咲いている桜だ。無用な悪評や不安は広まらないに越したことはない。
でも、それだけじゃないとしたら?
もし、首吊り桜が“聞いてしまったら
ギチリ
突然耳の奥で響いた音に身をすくめる。
数秒を置いてそれが自分の歯ぎしりの音だと気づき、目の奥が燃えるように熱くなった。
気を紛らわせるためにテレビをつけようとしたが、リモコンを押せども電源がはいらない。
私は感情のままにリモコンを壁に投げつける。
パキャンと何とも安っぽい音がした。
――身の回りで不思議なことが起こったりとかしないのか?
うるさい、うるさい。
目の前のテーブルを蹴り飛ばす。
――ガキ大将気質は相変わらずか。もういい歳なんだから少しは丸くなったらどうだ?
くそが、くそがくそが、俺は何してないぞ。
キヨヒコと疎遠になった原因はなんだったろう。
まったく思い出せない。
どうせくだらない事だ。
そうに決まってる。
今はとにかく、
あの桜が一日でも早く伐られるのを待つばかりだ。
だから、
ああ、だから、
何かあった時のために、これを書き残しておく。
そうだ
俺だけがこんな目にあうなんてなっとくいかない
だから
みんなみんな
おれとおんなじめにあえばいい
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