第53話 存在しないシーン

 DVDを借りた。

 友人からすごく怖いからと薦められたものだ。


 プレーヤに入れて再生を押すと、途端に部屋の電気が消えた。

 停電かと思ったが、プレーヤーは動いている。


 突然、テレビ画面いっぱいに薄汚れた布をかぶった人物が映し出された。

 顔は隠れてわからず、低い声でブツブツと呪文ともお経ともつかない何かをずっと呟いている。

 声は途切れることなく続き、少しずつ大きくなっていくが、一向にその内容は聞き取れない。


 やがて布がずるずるとずれだし、隠れていた顔がだんだんと露わになってくる。

 青白い肌、ひび割れて血の気のない唇。

 私は画面から目が離せなくなっていた。


 スマホの着信音で我に返り、慌ててDVDを止める。

 同時に部屋の照明がついた。


 電話をかけてきたのは友人だった。

 近くに来たので、寄っていいかという確認だ。


 友人が来て早々私がDVDの導入部の感想を言うと、彼はそんなシーンはないと首を傾げた。

 そんなはずはないと二人で確認したが、友人の言う通りどこにもそんなシーンは存在しなかった。


 茫然とする私に、友人が「そういえば」と思い出したように告げた。


「あくまで噂なんだけどこの映画、お蔵入りになったシーンがあるらしいんだよ。なんでも撮ったはいいけど編集しようとしたらそのシーンのところでだけ機材トラブルが頻発したとか。他にもその場面のためだけに出てた役者さんから出演料もいらないしテロップに名前も出さなくていいからあのシーンはカットしてくれって連絡が来て、それ以降その役者さんとは音信不通になったとか。そんな問題がいろいろと起こったせいで、まるまる没になったところがあるんだってさ」


――お前が観たのは、その没になったシーンだったのかもな。

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