第5話 未来アプリ

 実家を出て一人暮らしを始めた。

 築年数がそこそこ経っている安めのアパートだ。


 女の一人暮らしなので、せめて扉の所に監視カメラなりの防犯対策でも取れないものかと調べていると、変わったアプリを見つけた。


「未来アプリ」


 なんともSFチックな名前だけれど、その内容もSFだった。

 このアプリをスマホにダウンロードして専用のカメラとリンクさせれば、そのカメラに映している場所の少し未来の映像が見られるというのだ。


 眉唾も眉唾、むしろ詐欺じゃないかと思った。

 けれどアプリは無料だったし、カメラも市販のモノにくらべて驚くほど安い。しかも代引きの郵送らしい。

 だったらダメもとの話題作りという感じで、私はそのアプリをダウンロードした。

 当然、届け先は近くの運送会社の営業所止めにしたけれど。


 数日後、届いたカメラは手のひらに収まるくらいの小さなものだった。

 動力は乾電池。

 さっそく取り付けることにした。

 場所は扉の前、外廊下の天井。

 ここならカメラの小ささもあって目立たないだろう。

 強めの両面テープで天井にくっつける。

 あとで取り外せるか不安になったけど、それはその時に考えよう。


 アプリを設定してみる。

 決められるのは『時間』と『お知らせ機能』の二つ。

『時間』は、映したいの時間――最大二四時間後まで――の設定。

『お知らせ機能』はカメラに誰か――または何か――が映った時に知らせてくれる機能の設定らしい。


 とりあえず時間を一〇分後、お知らせ機能をONにする。

 カメラの映像をスマホで確認してみる。

 まあ、どうせ今の私の姿が映っているだけなんだろうけど。それならそれで監視カメラの役割は果たしてくれるのだし、外れじゃあないかな。

 そう考えながらスマホの画面に目を向けると、


「あれ?」


 思わず声が出た。

 映ってない。

 いや、カメラの映像は映っている。私の部屋番号が書かれた扉と廊下が真上から。

 けれど、私の姿が映っていない。

 見上げてみる。カメラのレンズにはしっかりと私の姿が反射している。

 一瞬、映る範囲の外に出ているのかと思ったけれど、そんなはずはない。

 カメラに映しだされている扉の前に私は立っているのだから。


 混乱していると、突然スマホが震えて思わず放り出してしまった。

 慌てて受け止めて画面を見ると、私じゃない誰かが映っている。

 段ボールを抱えた、どうやら宅配の人のようだ。


 今度はスマホが着信音を発した。

 お母さんからの電話だった。

 私は部屋の中に戻って、通話にする。

 どうやら先だって実家から仕送りを送ってくれたらしい。早ければ今日中に届くとのことだった。

 私は礼を言ったあと、軽くお互いに近況報告をして電話を切った。


 と、見計らったようにインターフォンが鳴った。

 出てみると実家からの宅配便だ。

 立て続けのことに若干どぎまぎしながらサインを書いて荷物を受け取る。


 私は去っていく宅配の人の背中をじっと眺めていた。

 カメラに映っていたのは、あんな感じの人だった。

 真上からだったからさすがに顔はわからないけれど、同じ服装で抱えていた段ボールの大きさも同じくらい。

 時間は、実家からの着信履歴を見るにカメラにあの姿が映ったのが大体一〇分前。

 アプリの『時間』を設定したのも一〇分。


……まじ


 結果を言えば、このアプリは本物だった。

 指定した時間、一時間なら一時間後の映像をこのカメラは映していた。

 これはとても役に立った。

 友人や配達が突然来ても事前にわかるから外出していてもそれまでにアパートに戻れるし、部屋にいたらいたで来るまでに着替えたり準備ができる。セールスや勧誘も難なくスルーし放題。


 カメラが安い分画質が悪いのと、真上からの撮影だから顔が見えないのが難点だけれど、髪形や服装でなんとなく判断ができるから大した問題じゃない。

 ダメもとで落としたアプリだったけれど大当たりだ。


 当然、お知らせ機能は私の外出と帰宅時にも反応する。

 いつしか、帰宅した時にスマホの時計を見て『お知らせ』された時間と合ってるか確認するのが日課になった。

 今のところ外れたことなんてないんだけど。


 日曜日。

 私は映画を観に行った。

 座席に座って、電源を切る前に『未来アプリ』の時間を二時間先にしてみる。

 予想通り、私がアパートに入っていく姿が映し出された。

 時間は一三時一五分。

 私は電源を落とした。


 帰宅。

 扉の前で私はスマホを取り出す。

 画面は真っ暗だった。

 映画館を出た後、電源をONにするのをうっかり忘れていた。


 鍵を開けながら電源を点ける。

 中に入って、鍵を閉めて、チェーンロックをかける。

 スマホの時間は一三時二〇分。


…………あれ?


 時間がずれている。

 アプリを起動する。

 数時間分なら映像を巻き戻すことができる。

 そこには、スマホの電源を入れながら部屋に入る私が映っていた。

 時間は一三時二〇分。今の時間だ。


 おかしいな、映画館で見た時は一三時一五分だったはずなんだけど……。

 そこで気がついた。


 その時に映った私は、スマホを持っていただろうか?


 持ってなかった。

 扉の前に立ったらすぐさまカギを開けて中に入っていた。


 震える手で更に録画された映像を巻き戻す。

 一三時一五分。

 映画館で見たとおりの映像がそこにはあった。


 真上からの映像。顔は見えない。

 私と同じセミロングの黒髪。

 私と同じ白を基調にした服装。でもよく見ればデザインが少し違う。


 これ、誰?


 息遣いが聞こえる。

 私のすぐ後ろに立っている。


 これは、誰?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る