第81話 コンビニの深夜バイト

 大学の時にコンビニのバイトしてたんだけど、そこで一回だけ怖いことがあったよ。


 夏休みの間だけの短期でやっててさ。

 基本的に昼間のシフトで入ってたんだけど、そん時だけ深夜のバイトに急な欠員が出たとかで店長から頼まれたんだ。

 時間は夜の十時から朝六時まで。二時までは二人体制なんだけど、それ以降は一人になる。


 市街地からも外れた場所だから、夜中なんて客来なくてホントやることないんだよ。

 夏祭りとかのイベントがあればまた別だけど、そうじゃなかったしさ。


 店長からは「暇だとは思うけど、できるだけ売り場の方ですごしてくれ」なんて言われてたけど、さすがに暇すぎて途中からバックヤードにこもってスマホいじってた。

 誰か来ればチャイム鳴るし、防犯カメラのモニタを確認しながらならまあ大丈夫だろうって思ってさ。


 午前三時を過ぎた頃かな。

 ふと変な気配を感じた気がして、モニタを見たんだ。

 そしたら四つある画面の一つに女が映ってた。


 あれ、チャイム鳴らなかったよな? って反射的に立ち上がったんだけど、そこから動けなかった。

 女の様子が普通じゃなくてさ。


 細くてやたらひょろ長い体格の女で、商品棚よりも頭一つ分は高い。何の手入れもせずに伸びるままにしてたって感じの髪は、ぼさぼさで膝まで垂れている。

 真夏日だってのに、黒の長袖で足元まである厚ぼったいワンピースを着てた。

 身体つきは太ってるってわけでもないのに、顔はぱんぱんに丸くてさ。見ようによっては二十代のようにも、四十過ぎのおばさんにも見えたな。


 そんなやつが商品を探すでもなく、防犯カメラをじっと見つめてるんだ。

 映画とかで、ドアの外から覗き穴ごしに中を確認しようとしてる映像ってあるじゃん。ちょうどあんな感じだよ。


 うっわ気持ち悪ぃ、って見てたら――目があった。画面の中の女と。


 でも、むこうは俺と視線があったなんてわかんないはずだろ?

 それなのに、そいつは“にやぁ”って笑って、いきなり歩き出したんだ。

 映ってたカメラから外れたから、あわてて他のモニタを確認したよ。


 すると、棚の向こうに頭が見えた。

 ちょうど肩から下が隠れて、まるで女の生首が商品棚の上に浮いてるみたいに移動していく。


 焦ったよ。

 だってその女、俺がいるバックヤードの戸にまっすぐ向かってんだもん。


 他に出入口はないし、戸に鍵もかけられない。

 このままだと女はここに踏み込んでくる。


 こんな逃げ場のないところにいるくらいならいっそのことって、一か八かオレはバックヤードを飛び出した。


「いらっしゃいませ!」


 なんでそう叫んだのかって?

 いや、なんでだろな。

 女は明らかに普通じゃない不審者だったんだけど、もしかしたら客かもしれないっていう気持ちがあって、予防線でもはってたのかも。


 笑うなよ。

 パニクってたんだから。あんな状況なら、誰でもおかしな行動の一つや二つくらいは絶対とるって。


 とにかく、

 タイミング的には鉢合わせることも覚悟してたんだけど、女はどこにもいなかった。

 店内をくまなく探したんだけど、あのデカい背丈がきれいさっぱりいなくなってたんだ。


 その時になって、店長が売り場にできるだけいろって言ってたのは、あの女を入れないための言葉だったんじゃないかって気づいた。


 それからはずっと売り場で過ごしたよ。

 さすがにもう一度モニタごしに女の姿を見たらって思うと、むこうに戻る気もおきなかったし。


 六時前になると店長が出勤してきてバックヤードに入っていったんだけど、すぐに名前を呼ばれた。

 行くと、監視カメラのモニタのトコにある椅子がぐっしょりと濡れてた。

 まるでびしょ濡れの誰かがそこに座ってたみたいに。


 女はいなくなったんじゃなかったんだな。

 オレと入れ替わりにバックヤードに入り込んでたんだ。


 幽霊が座ってた場所が濡れてるなんてテンプレートもいいところだけどさ――

 あの時は、バックヤードに戻らなくてよかったと、心底思ったよ。

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