第1章 強襲開始

カウント.0「爆弾投下」

 疎遠になった幼馴染である遊佐倖楓が目の前に現れた。同じ高校でしかも同じクラスで再会するなんていう出来過ぎた展開に、俺の頭は全くついていけない。


 俺と遊佐倖楓の関係は。家が向かいで親同士も仲が良く、幼稚園から小学校6年生まで何をするにも一緒だった。俺は彼女とは違う中学へ進学した。家は変わらず向かいだったけど、俺は何かと理由をつけて外に用事を作り休日は家にほとんどいないようにした。初めの方は彼女もうちに来ていたみたいだけど、半年も経たずそういったこともなくなって疎遠になった。


 ―――――――いや、俺は自分から避けて疎遠になるようにした。それがあの時の俺にとっての最善の選択であり、唯一の選択肢だった。確かに失うものはあった、でもその痛みも3年という時間が少しずつマシにしていった。


 3年の間に考えないようになっていた思いが次々出てくる。

 俺の事を覚えているのか。どう思っているのか。今までどう過ごしてたのか。あのことを、どこまで―――――


「水本!あんたの番だってば!」


「…え?」


 目の前に槙野の怒った顔。おでこにチョップのおまけつき。


「え?じゃない!自己紹介!もうあんたの番!」


 さっきまで体育館にいたはずなのに、いつの間にか教室で自己紹介まで始まっていたらしい。俺は今まで無意識で動いていたということだろうか。我ながら呆れてしまう。


「えっと、水本君?もしかして体調悪い?集会とか式典の後って不調になる子がよくいるから無理せずに言ってね?」


 教壇に立っている女の人から心配そうに聞かれた。今朝、整列を呼びかけに来た教員だ。かなり若く見えるために一瞬考えてしまったが、恐らくこのクラスの担任だ。背後の黒板に榊紗江さかき さえと書かれている。


「あの、もう大丈夫です。流れを止めてしまってすみません。槙野もごめん」

「そう?ならよかった、改めて自己紹介してもらっていい?」


 榊先生は厳しい担任ではないようで安心した。これが厳しい男性教師だった時には初日から説教は免れなかったのではないかと思う。とはいえ明らかにボケッとしていた俺が悪い。いきなり嫌な目立ち方をしてしまった。自己紹介でなんとかカバーしなきゃいけない。


「はい」


 さて、無難に終わらせようと思っていたのに、参考になるはずだった自分より前の20パターン以上の自己紹介は全く聞いていなかった。話す内容も黒板に書いてないし完全にアドリブということになる。悪い印象をなんとかしなきゃいけない。切り替えよう。


「改めて、ボケッとして槙野に怒られた水本悠斗です」


 クラスの大半が笑った。掴みは大丈夫そうだ。槙野、目が怖い。

 あとは愛想よくしてればさっきの悪目立ちはカバーできるだろう。


「前の席の槙野と右隣の久木とは同じ中学でした。趣味は、ベタですけどバンド系の音楽聴くのが好きです。部活はまだ何するか決めていません。普段はボケッとしてないんで、気軽に話しかけてもらって大丈夫です!よろしくお願いします」


 教室に大きくも小さくもない拍手が響く。なんとかやり過ごせたみたいでよかった。あとは大人しくしてよう。


 俺が着席すると、槙野が不満そうな顔でこっちを見ている。


「ほんと、そういう切り替えが上手いわよね…」

「どーも」


 俺は他人のことを信頼していない。だから信頼していない人間から裏切られないために、信頼させるために、少しでも愛想よく無難な立ち位置で過ごすようにしている。まともに友人と呼べるのは明希と槙野くらいで、2人にしか素で話さない。2人とも理解した上で友人として付き合ってくれている。槙野は少し不満そうだけど。実際、こうやって中学時代もうまくやってこられたのだから、これからもこのスタンスを変えるつもりはない。


 俺の自己紹介後、誰も流れを止めるような生徒はいなかったのでスムーズに進む。そしてついに―――。


「じゃあ次。遊佐さん」

「はい」


 彼女の番だ。順番が回ってくる前からクラスの意識が集まっていた。今、この場の全員が遊佐倖楓という生徒を見ている。


 俺を除いて。


「遊佐倖楓といいます。趣味は散歩や海外ドラマなんかを見たりすることです。部活はまだ決めていません。中学は―――」


 中学という言葉が俺の胸を荒らす。本当に今日はずっとかき回されてばっかりだ。早く終わって欲しい。そして、一刻も早く彼女が同じクラスでいることに慣れないといけない。同じ空間にいるのはこの際もう仕方がないけど、必要以上に近づかなければ1年なんてすぐ終わる。


 そう思っていた俺を嘲笑うかのように、遊佐倖楓という少女はいきなり爆弾を投下する。


「残念ながらこのクラスに同じ中学の人はいませんが、隣の水本くんとは幼稚園から小学校までずっと一緒だったので安心しました!」

「はっ!?」


 不意打ち過ぎた。

 ずっと顔を見ないようにしていたのに、思わず声を出して顔を向けてしまった。眩しいほどの笑顔を俺に向ける彼女の顔がそこにあった。


 俺がこんなに動揺したのだから、クラスの連中なんて騒ぎまくっている。数人の男子が敵視するような視線を俺に向け、面白い話題が出来たと楽しそうに周囲と話す女子。騒がしくなった教室に慌てる先生。明希と槙野なんて俺を見て固まっている。口は塞いだ方がいいぞ。


「よろしくお願いします♪」


 彼女はやりきった満足そうな顔で自己紹介を閉める。

 クラスのざわめきはまだまだ収まりそうにない。どうしてこうなってしまったのか、俺は頭を抱える。


 俺の日常に、幼馴染の遊佐倖楓が強襲してきた。

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