爆破の熱も冷めぬ内に
俺にとってとんでもない爆弾が爆発した教室の騒ぎは、担任である榊先生が無理やり軌道修正することで、なんとか配布物などのやらなければならない事を進めていた。しかしまだ教室内の熱は下がっておらず、俺も未だに頭を抱えている。それなのに爆破した張本人である遊佐倖楓は何食わぬ顔でいる。どういうつもりなのだと文句を言いたい。
一通りやる事が落ち着いたところで、榊先生から教室の空気を一気に変える言葉が出る。
「突然ですが、席替えをします!」
「「「「おぉー!」」」」
教室内が歓声で溢れる。中には指笛を拭く男子までいる。正直、先生のファインプレーに俺もスタンディングオベーションを送りたい気持ちだ。この人が担任で良かったと心から思う。
明希と槙野が近くにいるこの席が惜しくはあるが、それ以上に遊佐倖楓の隣の席というこの状況を一刻も早く脱したい。
そうと決まってからの動きは全員早かった。座席の列の先頭がじゃんけんをして、勝った列から番号の書いてあるクジを引くという流れだ。番号は廊下側の先頭から数えた順番になっている。じゃんけんの結果、俺の列は3番目。全部で6列なので良くも悪くもない順番だ。
いよいよ俺の引く番が回ってきた。なるべく後ろの席であることを願って引く。全員引き終わるまで見てはダメということだったので、大人しく待たなければならない。
やっと全員引き終わり、くじを開ける。書いてあった数字は33。このクラスは生徒が33人なのでつまりは窓側の1番後ろということになる。我ながら最高の引きだ。今日はずっと良いことが無いと思っていたがここにきて盛り返してきたのか。
「はい、じゃあ移動してねー」
俺の新しい席は、今の席ととても近かった。具体的には左隣の席。つまり遊佐倖楓が座っていた席だ。
「あー、俺この席だから」
これだけの会話のはずなのに、ものすごく話しづらい。業務的な会話でも自己紹介の時の熱がところどころで戻りかける。
「あ、そうなんだね。はい、どうぞ」
緊張した割にあっさり会話が終わり、彼女が席を立って椅子を譲る。
「ありがとう」
短くお礼だけ言って座る。とりあえず、これでしばらくは落ち着けるだろう。と考えていたのだが席から立ったはずの彼女が一向に傍から離れない。何をしているのかと顔を見る。
「私ね、この席なんだ」
そう言って座ったのは、俺の右隣の席。つまり、さっきの席からお互いの位置が入れ替わっただけという俺にとって全く意味のない、むしろ明希と槙野から離れてしまった分、最悪の状態になってしまった。どこが我ながら最高の引きなのか、どこが盛り返してきたのか、絶賛大不調のど真ん中じゃねーか!と心の中で叫ぶ。
「私、また隣になれて嬉しいよ♪」
今度こそ教室内の熱が戻ってしまった。神様、俺が何をしたというのですか。
さすがに2度目ともなると榊先生も慣れてきたのか、すぐ切り替えさせる。
「はい、今日はこれで終わりです。明日はおやすみなので、明後日から登校となります。次のホームルームで委員会などを決めるので考えておいてください。それじゃあ、お疲れ様でした」
俺は先生の挨拶が終わると同時に、すぐ帰り支度を始める。すでに隣から話しかけてきそうな雰囲気があったが、それよりも早くクラスの数人が彼女に話しかける。俺は心の中でクラスメイトに親指を立てる。ナイスだ、自己紹介を聞いてなかったからまだ名前覚えてないけど。
その間に俺は準備を終えて、明希と槙野に合流しようとしたその時。
「私、今日は水本くんと約束があるから!」
教室内に、よく聞こえる声でとんでもない嘘が響く。それが号令だったかのように、俺を除く全員が一方向を見る。もう何度目になるのか、また俺だ。
どうするべきか、全然回っていない頭で俺は最適解を求める。そんな隙を彼女が見逃すわけもなく―――――
「ね♪」
いつのまにか目の前に来て、笑顔で俺の袖を掴んでいる。このままではまずい、せめて他にも巻き込まなくてはいけない。そんな俺が助けを求めるのはもちろん大親友の久木明希だ。――――おかしい、目があわない。おい、こっち向け。
――――仕方ない、こうなったら最終手段を使おう。なんだかんだ最後には手を貸してくれるもう1人の親友、槙野香菜だ。よし、薄情な明希と違って目が合ったぞ。さあ、NBAのアシスト王も驚くような完璧なアシストをくれ。―――――おい、なんで「ざまぁ」みたいな顔して笑ってんだ。お前いつか絶対に後悔させてやるからな。
―――――やはり信じられるのは自分だけか。覚悟を決めて丁重にお断りしよう。
そう決めた時、彼女が1歩近づいてきた。笑顔はそのままで俺にだけ聞こえる声で
「なんだか、急に向かいの家に住んでいた男の子の話を大声でしたくなってきちゃったなー」
声が笑ってない。この女、本気だ。だめだ、話せばわかるとか通じなさそうというか絶対通じないのがわかる。今更だけどこの子、本当にあのかわいらしかった幼馴染なのか疑いたくなる。
だが俺も男だ。ここまでされて黙っていられない。俺は改めて覚悟を決め、彼女だけに聞こえるように笑顔で返事をする。
「すみませんでした。煮るなり焼くなり好きにしていいので、それだけは勘弁してください」
肉を切らせて骨を断つ。プライドよりも少しでも平穏な日常を俺は守りたい。お前の平穏な日常もう残ってなくね?と思ったやつ、勘のいいガキは嫌いだよ。
「もう、うっかりしてたの?仕方ないなぁ♪」
そう言った彼女に掴んでいた袖を引っ張られて、俺はどこかに連行される。なんでこの子ずっと楽しそうなのだろう。
俺の放課後が、遊佐倖楓に強襲された。
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